アラシの寝顔を見ながら、俺の頭は混乱に渦巻いて落ちていった。
睫毛に触れるとくすぐったそうに寝返りをうつ。
規則的な小さな吐息。
手に届く、この距離にアラシがいる。アラシの体も心も俺のもの。
なのに何故か虚しくて堪らなかった。
すぐそこにあって温もりも呼気も感じられるのに、前よりももっとずっと遠くにあるような気がした。
「アラシ」
揺さぶるとアラシはすぐに目を覚ました。
まだ微睡みの狭間にいて、寝ぼけ眼で俺を見上げる。そうして俺を視界に捉えるとふにゃりと微笑む。
笑わないでくれ。
心が軋みをあげた。
「アラシ」
「どうしたん?」
「ちょっと来い」
両腕を広げれば、目を擦りながらも素直に体を預けてきた。首に手を回して、頼みもしないのにぎゅっと俺を抱き締める。儚い儚い力。
アラシを抱き締め返した。強く、擦り抜けてしまうほど。
「いたたた。痛いよ」
「好きだって言ってくれ」
「うん? 好き」
「もう一回」
「好きだよ」
「まだ」
「ノイトラ、大好きだよ」
鼓膜が震える。
唇が震える。手指も肩も。
息が熱く大きくなって、アラシはその異変に気付いたようだった。
「泣いてるの?」
アラシの肩に顔を埋めて、暗闇の中に意識を落とした。
温もりも、声も言葉も香りも全てアラシで埋め尽くされてしまえばいい。
そしてもう二度と這い上がれないほどどん底まで突き落としてほしい。
そこで殺してくれ。
頼むから。
「もうひとつ、頼みがある」
「何でも言ってみーよ」
「愛してるって言ってくれ」
今のアラシはグリムジョーと俺に対する気持ちが丸切り入れ替わった状態。
今までの全ての行動、言葉が俺に向けられているのに本当はグリムジョーに宛てられたものだとわかっている。
それでも聞きたかった。
一度でいい。
たった一度きりでいいから。
「愛してるよ、ノイトラ」
アラシの小さな手が俺の頭を宥めるように滑る。
鼓膜と心と肌と肉に染み込んでいくその言葉が迷い犬のように右往左往していた俺の心を奮わせた。
もう決まった。
アラシを抱いたまま立ち上がり、部屋を出る。
「ノイトラ様!?」
「るせえ!」
「どこ行くん?」
「お前の本当の居場所だ」
驚愕したテスラを足蹴にして、宮の外に出る。
するとそこには、分かれてからずっと待ちぼうけていたらしいグリムジョーが少し離れたところに立ちすくんでいた。
膝を折って、アラシを離してやると不思議そうに俺とグリムジョーを見比べた。
俺の背後にいるテスラを見て、不安げに瞳の色を変える。
俺はようやく言った。
「行け」
「…え?」
「お前の居場所はあの野郎の隣だ」
「何で? どうしたの、ノイトラ今日変だよ」
「お前の頭がおかしくなってんだよ」
「なってないよ。いらないなら棄てるってちゃんと言って。そしたら、もう我儘言わないでどっか行く。何でこんなことするの」
尚も俺を抱き締めようとするアラシを涙にまみれた手で引き剥がした。
アラシもまた泣き始めていた。
ああそうか。こいつにとって棄てられることは二度目だった。いや三度目なのかもしれない。
失敗作だと藍染に棄てられ、戦いに行くとグリムジョーに棄てられ、そして俺に棄てられる。
それが心のどこかにあるのだろう。いつも明るい表情が苦悶に歪んでいた。
アラシの頭を撫でる。
「今、思い出させてやるからな」
そして俺は虚閃を放った。
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