背中に縋って引き留められたなら | ナノ アナザー・企画



  黄昏またね/ムゥマリュ前提ムゥナタ


ぼんやりと宙を舞っていた。
何だ、ここ?
視界の端に自らの金髪が見えた。
髪の焦げた匂いが鼻を付く。

「フラガ少佐」
「―――え」

フラガ少佐、つまり俺はその声に口を開けた。
それは、なぜか動く自分の体に。
そして、その自らの名を呼んだその人に。

「バジルール中尉」

困った様に、それでいてまるで女神の様に顔を和らげる彼女は、
かつては同じ戦艦に乗り、同時に離艦をしたのを切欠に何の因果か敵同士になってしまったナタル・バジルールだった。

「おいおい、何であなたがここにいるのよ?」

おちゃらけにムゥは言うが、内心はパニックだった。
だって、彼女は今ドミニオンに乗艦しており、しかも艦長と来ている。
そんな彼女が目の前にいるということは、俺は囚われでもしてしまったのだろうか。

「・・・皮肉ですね」
「あ?」

彼女の頭にはいつもの軍帽はなかった。
馴染みに地球軍の制服には赤い血が滲む。
よく見ると、自分のパイロットスーツにも血がこびり付いていた。
戦場であれば死んでいる量だ。
けれど、不思議な程痛みは無い。
ここ暫くずっと続いていた、緊張からくる体のだるさも無い。

ヒヤリと背筋を恐怖が襲う。

まさか。

「あのとき、軍に必要とされた私たちが死んで今こんな場所で再会しているのですから」

寂しそうに微笑んだ、ナタルにムゥは呆然とした。
そして、理解した途端、瞳から温かい何かが零れた。

―――俺は、死んだんだ。

ドミニオンの主砲がアークエンジェルに向けられて、俺はストライクを必死に駆った。
髪の焦げるどころじゃない、この身から肉が焦げた匂いがする程のことを仕出かして、
俺は死んだんだ。

「まじ、かよぉ・・・」

ぼろぼろと瞳が零れ落ちる。
痛みが無い癖に、こうやって泣ける癖に、受けた筈の痛みは全く無くて、
俺は死んだのだということが分かった。
悔しい。
小さな灯を胸に抱いて立ち上がったのに、
その結果すらどうなったのかすら俺は知らない。
俺は負けたのだ。
死んだのだ。
あの世界のその後知る術がない。
それでも、たった一つだけ分かることはあった。
マリュー、今絶対泣いてる。
戻ってくるって約束したのに。
また、あいつモビルアーマー乗りだった、恋人を亡くしたのだ。
傍に寄り添いたい。
その零れる涙を拭って上げたい。
けど、俺にはそれが出来ない。

「そのかっこ悪いおじさんだぁれ?」
「・・・誰が、おっさんだ・・・」

涙声では迫力も何もあったもんじゃない。
その台詞に隣で泣いている俺の背を撫でてくれていた彼女は少し笑った気がした。
そういえば、こういう人だった。
お堅いし、真面目な癖に、優しくて可愛い人だった。
だから、きっと戦場でさえ無ければマリューともっと仲が良かっただろう。

「フラガ少佐。
彼はドミニオンの乗組員だ。
シャニ・アンドラス」
「よろしく〜」

気の抜けた挨拶にムゥは毒気を抜かれる。

「ムゥ・ラ・フラガ。
ストライクの現パイロットだ」
「げー、まじ!?」

いつの間にいたのか、傍にはオレンジ色の髪の男の子―クロトと言うらしい―がいて、
続いてオルガという少年が声を発した。
彼らは地球軍のモビルスーツのパイロットらしい。
そして乗っていた機体名を聞いて再び驚いた。
だって、あんな乗り方普通のナチュラルに出来る訳がない。
三隻の主要メンバーで話したことがある。
あれ程の力を出して戦えるということは、何らかの薬投与、それとも人体改造が施されているのでは無いかという。

「普通の子達だ」
「え?」
「普通のやんちゃな男の子達だよ」
「・・・そっか、そうだな。
しかし、ナタルは急に子沢山だな」
「はぁっ!!??
それに、ナタルとは!!??」
「だって、今のナタル優しいお母さんに見える。
俺達死んだんだ。
もう、役職とかどうでもよくねぇ?」
「そうですね」

ナタルがくすくすと微笑んだ。
ナタルの子供と称された彼らも不思議そうにその様子を見ている。
つい先ほどまであれ程、刃を交えていたというのに不思議なものだ。
やはり、戦争は悪だということがはっきりと理解出来た。
戦う理由がなければ、人はこうも穏やかでいられるのだ。

「行こうか」
「そうですね」

俺たちはそれを訴え続けてきた。
本当は、戦争が終わってもそれを訴え続ける筈であったけれど、
それはどうやら叶わない様だ。
けれど、不思議と心配はしていなかった。
だって、もうとっくにそんなことを知っている彼らがいるのだ。
ここにいないということはきっと彼らは生きている。
キラが、ディアッカが、カガリが、アスランが、ラクスが、バルドフェルドが、
ノイマンが、トノムラがチャンドラが、パルがマードックがミリアリアがサイが。
そしてマリューが。
本当は出来るのなら、最期に彼女の姿をこの目に焼き付けて置きたかったけれど。
彼女が生きていてくれるのならそれでいい。
一緒に死んで欲しいなんてことはないのだから。

「しかし、疲れたなー」
「相変わらずですね」
「まぁな」

時間だっていうのは何となく分かる。
死んだ者共通にあるものらしい。
周りも立ち上がって足を進めていた。
それは、どこに、果てに。
少なくとも今までいたところではないどこかへ、俺たちは行かなくてはならないのだ。
俺は死んだんだ。
未練が無い訳ではないけれど、死んだものは去らなければいけない。
それはきっと絶対で決まりだ。

『ムゥ』

「え?」

声がどこかから、聞こえた。
空耳?

「ムゥ、どうかしましたか?」
「いや、何でも」

ナタルが俺を呼んだのだろうか。

『嫌よ、ムゥ!
お願い』
「!?」

その声は、胸に喪失感を呼び覚まし、同時に胸を締め付け、揺さぶる。
声の主が誰か何て、考えるまでもない。
マリューだ。
マリューが俺を呼んでいる。
でも、もう駄目なんだ。
マリュー、俺は死んじまったんだ。退場しなきゃいけないんだ。
泣くな。
今の俺にはお前の涙を拭ってやれないんだから。

「っ」
『戻って来て』
「”フラガ少佐”」
「え?」
「誰かの声が聞こえるのですか?」
「あっ・・・ああ」
「そう、ですか。
だったら、行かないと行けませんね」
「行かないとって、どこに」
「艦長の元へ、でしょう?」

ナタルは清々しい程の笑みを浮かべた。

「何を言って、俺はっ」

死んだんだぞ。
そう続く筈の言葉はあまりにも切なくて、音にならなかった。

「けれど、あなたには現世の呼び戻す声が聞こえる。
それはまだ、あなたには現世ですべきことがあるから、なのでは」
「すべきこと?」
「ええ。
例えば、不可能を可能にとか?」

ナタルはそう言って、片目を閉じた。

「・・・君、少し変わった?」

そのお茶目な程の仕草は生前の彼女には無かったものだ。

「そうかも知れません」
「そうか、俺。
本当は死にたくなんかないんだ。
まだ、生きていたい。
生きてしたいことがいっぱいあるんだ。
アイツにどうだ、言った通りだろう?って安心させて抱き締めてやりたい。
幸せにしてやりたい。
アイツと結婚して、セックスして、子供作って」
「・・・呆れた人だ。
だったら、それを実現してこればいいのでは?
・・・艦長に」
「?」
「ありがとうと、伝えて貰えませんか?」

今にも泣きだしそうなぐらい顔を歪めたナタルは、それでも精一杯笑みを作って、
そう言った。

「それと、幸せにと」

あなたが伝えるのだから、そのとき彼女はきっと幸せになるのでしょうしとナタルはまた笑みを深くした。
真っ赤なルージュがその笑みを彩った。

「必ず」

ムゥは強く頷いた。

「おっさん!」
「何だ?」
「・・・あっちにはまだ、
俺達みたいな奴がいっぱいいるんだ」

声を掛けたのはクロトで、そう言ったのはシャニ。

「え・・・」
「そいつらを頼む」

頭を下げたのはオルガだった。
立場が違えば、彼もキラやディアッカやアスランの様に恋をして、
どうしたら相手の気を惹けるだろうかと悩んだりしたのだろうか。
そうした彼らには叶わなかった日常。
何をどう頼むのか、ひとつの情報もないのに、
彼らなりの精一杯がその言葉には含まれていて、
それが伝わったから「ああ」とムゥは力強く頷いた。
彼らが、泣き笑い、何の変哲もない彼らと同じく何の違いもない平和の日常を過ごせる様に。
それが死したものが生き残った俺に課せたお題というのなら。
必ず。

「またな」
「・・・ええ、また」

彼らに背中を向けた。

そして、俺は目を覚ました。

ふよふよと宇宙空間に浮かび、全身が痛みを訴え、
生きていると実感したと同時に意識を失った。
視界の隅に白い光を感じた。
それは必死に俺が手繰り寄せた、君への道しるべ。

マリュー、俺は不可能を可能にする男なんだ。
だから、泣くな。


・・*・・
途中で力尽きてしまいましたが、
ナタルとネオは立場が似てるなと思って書いてみました。
気が向いたら運命後にナタルの話をするムゥマリュを書いてみたいです。


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