あなたを想うだけで傷だらけです | ナノ パロディノベル



  カエルの王子様 02



どういうことだ・・?
やっぱりディアッカの言ったことは法螺だったのだろうか。

「はい。おまたせ。カプチーノよ」
「ありがとうございます」

カガリの家兼喫茶店アークの常連客になっていた。
カガリが店内にいたら相席、いない場合はキラさんの前のカウンター席に座るのが常だった。

「キラさん、カガリのあれっていつからなんですか?」
「あれって・・、蛙のこと?」

ああ、やっぱり本当なんだ。
背中を向けて作業をするキラさんの表情
は見えなかったが、硬い声がそれを真実だと教えてくれていた。

「そうです」

釣られたのかこちらの声も強張る。
聞いてしまってもいいのだろうか。
聞いたらもう戻れない。
けれど聞かないと進めもしないことに俺は気づいていた。

「あそこのソファにね」

キラさんはこちらを振り向いて窓際の席を指差した。

「カガリはよく座ってたわ。カガリは本当に手がかからない子でね。
あそこでいつも絵本を読んでいてくれた。
いつも目と鼻の先に居てくれたから安心して私も仕事をしていたわ」

俺は窓際のソファに座る幼いカガリを思い浮かべた。

「そしたら気がついたらあの子はいなくなってて、
読みかけの親指姫の絵本が残されてるだけだった。
知らない男の人に連れていかれたみたい」
「え・・」
「見つかったのは3つ先の駅前。
服も髪もボロボロで大泣きしている子がいるって、
お医者さんに診て貰ったら異常はなし。けれど」

キラさんは一度マグカップを吹いていた手を止めてアスランを見た。
キラのアメジスト色の瞳は射抜く様だった。

「異常がないわけないわよね。
その日からよ。・・カガリは大人の男の人に怯えるようになったのは。
蛙に見えるって言って」

そのとき読んでいた絵本が親指姫だったのは偶然だったのだろうか。
昔読んだであろう親指姫の話を思い出す。
親指姫はヒキガエルに誘拐されて逃げ出すけれど、
ゲンゴロウに誘拐されて逃げ出して、
金持ちのモグラに求婚され、閉じ込められるが家にいた重症のツバメの介抱をしてあげて結婚式の当日にツバメとともに逃げ出して花の国に行くのだ。
そこで花の国の王子様と結ばれるのだ。

けれどカガリは誘拐の後に訪れるであろう幸せすらを拒絶して、
その王子様すら誘拐犯に見える呪いを自らにかけてしまったのだろう。

「キラさんは?その」

同じように娘に蛙に見られるのだろうか。

「私はその日からカガリの父じゃなくて母になることにしたの」

嗚呼、そうか。
キラさんのフリルのついたピンクのカーディガンに、
おかま口調はそのためだったのだ。

「必死でね、どうしたらカガリが私を見てくれるか。
死んだ妻の服を着て、妻の真似をして、
お陰でカガリはちゃんと人間に見られたみたい」

つまりそれは。

「そうなんですか」
「・・仕方ないわ、アスラン君は男の子なんだから、
好きな女の子をそんな風に見るなって言う方が無理。
でもあの子にはそれが全部分かるの」

なら、俺は。
俺はカガリにどう見えているのだろうか。
俺はキラさんが入れてくれたカプチーノを飲み干した。

「ありがとうございました。おいしかったです」

荷物を持ち、財布をズボンのポケットから取り出して、席を立つ。
お会計を終えて鈴の鳴る扉を開ける。

「アスラン」

え。

「・・カガリ?」

扉のすぐ横に現在熱烈アタック中のカガリが膝を抱えて上目遣いで自分の名前を呼んだ。
どうやらお目当ては俺だったようでカガリはスクリと立ち上がった。

「どうしたんだ?」
「アスランを待ってたんだ」
「?」

ますます分からない。
ここで俺を待つ意味も分からないがわざわざここで待つ必要性も見出だせない。
ここはカガリの家であって、喫茶店だ。
中に入って自分に声を掛ければいいのではないだろうか。

「あのな、今度の週末空いてるか?」

アスランは宙で自分のスケジュールを思い浮かべた。

「空いてるけど、どうした?」

確か月曜日に提出のレポートがあって、
週末に纏めてやってしまおうと思っていたがそんなに多い量ではないし、
何よりカガリからのお誘いなのだ。
例え予定が入っていようとも俺は首を縦に振っただろう。

「来週末父の日だろう」
「ああ」

確かに今デパートを歩くと至るところに父の日用のレイアウトがされていたことを思い出す。

「お父さんにプレゼント買おうと・・」
「へぇ、いいじゃないか」
「ほんとか!?じゃあ付き合ってくれないか?」
「いいよ」

・・*・・

待ち合わせはキャンパス内の食堂だ。
まだ時間があるからと掲示板を見に行く。

既に来週の時間割りが貼ってあって自分が取っている講義が休講になってないかを確認する。
今日、カガリは休講になった講義の代講で休日に学校に来ていた。

午前中に2時間だけだったから待ち合わせ時間を少しずらして、場所を此所にした。
あれから何度も考えた。
カガリに俺はどう見えているのかと。
周の異性が蛙に見える世界を考えてみる、ディアッカじゃないが気持ちのいいものじゃない。
外に出るのも億劫だ。
蛙と恋なんて冗談じゃない。カガリの最初の態度に納得がいった。なら、今は?
今日だって目的はキラさんへのプレゼント選びだがふたりで出掛けるのだからデートと呼べるだろう。
蛙をわざわざ誘って出掛けようと思うだろうか・・。

いや、思わない。
カガリも最初はきっと俺を蛙だと認識していたそれは間違えない、

手を差し出したときの震えや、完全な拒絶はそれが理由だろう。
恋なんてしたくもないだろうし、事実できないのだ。当たり前だ。
カガリの行動は納得が行く。そう思うと俺は何て浅はかだったのだろうか。
カガリの気持ちなんて考えもせず。けれど今はきっとキラさんと同じように人間に見えてるのだろう。
それは俺がカガリと仲良くしたいという思いが起こした奇跡なのか、下心丸出しの優しさが親切だと受け取られたのか分からない。
でなければ俺に触れられて笑ってくれることや、デートのお誘いに声を掛けてくれることなどないだろう。
カガリが気持ち悪い思いをせず人間に見える男が出来たのはいいことではないかと思う反面、

ある意味父親と同じ、男ではなく、

――友達程度に見られているという何とも理不尽な気持ちもあってアスランは溜め息を吐いた。

「アスラン・・だよな」
「あっ」

待ち合わせより少し早い時間、カガリはそこに立っていた。

「教授が休みの日に講義は偲びなかったみたいで10分早く終わらせてくれたんだ」

走ってきたのだろうか息を弾ませてカガリは言う。
そのまま手を繋いで歩き出すのは簡単だ、約束していたデートの始まり。
なのに確かめたくてしょうがなかった。
『アスラン・・だよな』とカガリは告げた。
それはつまり・・。

「俺、アスランって人じゃないよ」

少し声色を変えて何でもない他人のように、

安に人間違いだと笑って。

「えっ、やっ、嘘。ごめんなさい。
だよな、待ち合わせ食堂だったし。
そっち行って見る」

簡単にお辞儀して消える背中。
最低な自分に吐き気を覚えながらも。

「待って!」
「?」
「君は蛙が嫌い?」
「・・・嫌い」

「(もう、なんか頭の中ぐちゃぐちゃだ)」

カガリの背中を見送る。
ポケットの携帯が震えていたが取る気も起きなかった。
最初から今もずっとカガリには俺が蛙に見えていたんだ。
ずっと気付いてた俺の抱える劣情を。
大人の男を蛙に見えるカガリを可哀想だと思っているのに、

だからキラさんみたいに彼女への想いを変化させればいいのに、

蛙に見られている俺の気持ちはやはり恋で、

何もかも見透かされた上でこの気持ちを守りたいと思う。

「ひでぇ話だな」

コールの鳴らない携帯を取って、

カガリにメールを入れる。

『件名:ごめん
今日行けなくなった。
悪いけどキラさんへのプレゼントひとりで選んで。            
                          アスラン』

パチンと携帯を閉じる。

もう会わない方がいい。

カガリの世界には見分けの付かないほどたくさんの蛙がいる。
結論、同情で蛙を好きにならない。
だけど俺はカガリが好きでその気持ちを捨ててあげられることも出来ない。

・・*・・

「あれ、アスラン。今日も学食?
アークは?」
「んーー」

おざなりに返事を返す。
学食の食べ飽きたメニューを注文する。

「最近、お前、カガリちゃんの話しねぇけど何かあった?」
「別に、何もないよ」

そう元々何もない。
俺は親指姫を幸せにしてあげる花の国の王子じゃない、

好きになって誘拐するしか出来ない蛙だったんだ。
親指姫は同情で蛙を好きにならない。
逃げ出すんだ。

「―――――あれ?」

――同情…?

『アスラン・・だよな』

休みとは言え、疎らにいる人。
カガリと同じ講義を受けていた人や、研究院生もちらほら見えた。
それでも真っ直ぐに俺に向かってきてくれた。

逆だ。

蛙にしか見えない筈なのに、見分けなんかつかない筈なのに、気持ち悪い筈なのに、

それでもデートして手を繋いで、俺を見つけて、笑い掛けてくれる。

それは、そのカガリの言動は――恋と呼ぶのではないだろうか?

「最近、アスラン君来ないわね」
「ん」

窓際でカガリの指が本のページを捲る。
あまり進まない本を机の上に置いて、窓の外を見る。
カガリはふと目に入ったものを眺めて、椅子から立ち上がった。

「――お父さん、」
「?」
「前から思ってたけど、ピンク全然似合ってないぞ。
今度青いの買ってあげる」

確かめたい。
今度はあんな卑怯なことをしないでちゃんと。
アークの前まで走る。
扉の近くに来れば開かれる扉。
そして、

「カガリ」
「嘘つき」
「え」
「アスランなのにアスランじゃないとか訳の分からないこと行って。
父の日終わったじゃないか」
「ごめん」

カガリが不機嫌そうに言う。

「・・俺のこと蛙に見えるんだよな?」

コクリと頷く。

「どうして見分けがついたんだ?」
「・・・・・・蛙にしか見えない人を好きになるなんて思わなかった。
アスランが私を変えたんだぞ?
私、アスランの変に強引な癖に今みたいに変に私に気を使って消極的になるアスランが――」
「でも、俺!」

カガリの言葉を遮る。
嬉しくて嬉しくてどうにかなりそうだ。
けれども溢れ出るのはやはり劣情だ。

「カガリのこと汚すよ?
カガリが思い出したくないこと思い出させるかもしれないよ」
「うん」
「俺のこと今も蛙に見えるんだろう?」
「うん、でも仕方ない。
好きだからそれが嬉しい」

カガリが顔をあげて真っ直ぐに俺を見る。
蛙にしか見えない俺を愛しそうに。

「アスランになら攫われてもいい」


・・*・・

ちょっと中途半端ですが今回はここまで
メールが最大文字超えてしまったので(また)。
たぶん次で終わります。
ちょっとその後の話も考えてます。

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