あなたを想うだけで傷だらけです | ナノ パロディノベル



  カエルの王子様 01


大学に進学したのを期に親元を離れ、
一人暮らしをはじめた俺はキャンパスで恋をした。

「付き合ってください」
「いやです」

キラキラ輝く金の髪に今にも零れ落ちそうなくらい大きな琥珀の瞳。
細い身体に少し日に焼けた肌の色。
それは一瞬で俺を惹き付けた。
所謂一目惚れというものだ、気が付いたときには体が、口が動いてた。
あまりにも真っ直ぐに下された拒絶はぐさりと胸を刺す。

彼女はそれだけ告げると回れ右をして、スタスタと歩き出す。
揺るぎなく進む様は澱みなかった。
果たして恋愛に興味がないのか単に告白なんてされ慣れているのか。

簡単にいつもの日常に戻ってしまった彼女の背中を見詰めた。

「そういえばお前カガリちゃんに告白したんだろう?」

講義の最中にトントンと肩を叩かれ振り向いた先にいたディアッカが面白そうに笑う。

「カガリちゃん・・?」

聞き慣れないその名に首を傾ける。

「えっとほら、金髪で肩ぐらいの長さで」

ジェスチャーでディアッカはそれを伝えて俺は心得たように頷いた。

「(カガリ・・)」

初めて聞く彼女の名前を音には出さず唇で紡ぐ。

「おいおい、名前も知らないで告ったのかよ!?」
「一目惚れだったんだよ」

黒板に書かれた文字をノートに写しながらアスランは頷いた。

「まぁ、お前ぐらい顔が良ければそれでも今まで通用しただろうけどカガリちゃんはな〜?」
「彼女は?」
「カガリちゃんは特別だから」
「特別?」

鸚鵡返しに聞くとディアッカは言う。
どういう意味だろうか。

「俺は地元がここだからな」

地元がここだと彼女は特別なのだろうか。
納得がいかない俺はさらにディアッカに詰め寄るが
さらりとディアッカはさらりと交わす。

「そのうちお前にも分かるさ」

それ以上何も言えなくてアスランは押し黙った。

・・*・・

その日の夕方、全ての講義を終えた俺は大学から家に帰る道を歩いていた。

まだ通い慣れない大学から住宅地を結ぶ道には大学生が興味を惹きそうな店舗が立ち並んでいた。
いかにも女子が好きそうな雑貨屋、学生向けのボリューム満点の定食屋、価格設定が低めのイタリアンレストラン、お洒落な喫茶店。

「――あっ」

ガラス張りの店内に見知った影。
つまりは俺が今日告白した相手であり、振られた所謂カガリという少女の横顔がそこにあった。
どうやら好きになった一直線らしい俺は例によって身体が動いていた。

カラン

と扉に取り付けられた鈴が鳴る。
カウンターにいるギャルソンからいらっしゃいませと声をかけられる。

人が特別多いわけでも少ないわけでもなく他に席が空いているは見てとれたが、
迷うことなく彼女の向かい側に腰を下ろした。
机の上にノートを広げていた彼女は顔を上げて俺を見るがすぐに視線をノートに戻す。

さらさらと淀みなく走らされるペンに窓から差し込む太陽に照らされた彼女の髪にノートに落とされた瞳は絵になる。

アスランはほぅと見惚れる。
けれど。

「無視は酷くないか?」
「・・誰だ?」

そこでようやく彼女は顔を上げて、余りにも酷い言葉を俺に投げつけた。

「アスラン・ザラ。
自分が振った男の顔ぐらい覚えておいてくれないか・・?」
「それは無理だ」

自分に告白してきた男の顔なんて一々覚えていられないとでも言ったように彼女はノートに視線を戻した。

「いらっしゃい、アスラン君」
「え?」

一方的に遮られた会話に割り込んできたのは先ほどのギャルソンだった。
茶色の髪に紫の瞳、ピンクのブラウスに黒いエプロンを着ている。
自分たちと同い年ぐらいだろうか。

「お父さん・・、何?」

え。

「あら、やだやだー。
アスラン君の注文取りにきただけじゃない。
それともカガリちゃんが注文取ってくれるの?」

彼女はムスっとして立て掛けられたメニューをアスランの前に広げた。
どうやら注文をということらしい。

「えっとじゃ、レギュラーコーヒーを」
「はい。
ありがとうございます」

嬉しそうに彼はカウンターに戻っていく。
俺は思わず彼女に声をかける。

「お父さん若いね・・」

同世代しかも年下だと思っていた。
正直に話すと彼女は破顔して、「よく言われる」と笑った。
初めて見る彼女の笑顔に見惚れる。
可愛い。

「あの!」

思わず声を張り上げる。

「カガリって君の名前、だよね」
「?・・自分が告白した女の名前を知らないのか?」
「一目惚れだったから」
「・・」
「名前、カガリって呼んでいい?」

メニューを片付けるカガリを見つめながら言う。
振られたけれど諦めるつもりない。
カガリに振り向いてもらえるまで根気よくアプローチを続ける気だ。

「いいけど、付き合わないから」
「は?」

まだ何も言っていない。

とはいえ一度告白されたのだから下心なんて見え見えなのだろう。
けれどどうして考える間もなく否定の言葉を口にするのだろうか。
一目惚れをした瞬間に気持ちを伝えた自分が言えた義理ではないが俺たちは互いのことなんて何も知らない。

「俺は論外?」
「は?」

カガリはポカンと口を開ける。

「顔が嫌いとか?」

俺は所謂女顔だ。
母親譲りの顔はどうやら女受けするらしく昔から女に事欠かなかった。
けれどそんな女顔を苦手にする人もいるだろう。

「いや、外見はあんま関係ない・・と、いうか・・、
アスラン、カッコ悪いのか?」
「カッコ悪いと言われたことはないけれど、
どうだろうか」
「だよなー。さっきから店の客お前チラチラ見てるもん」

何だろうさっきから彼女と話していると違和感がある。
まるで俺が見えていないみたいな。

「レギュラーコーヒーお待たせしました」

先程のカガリの父親が湯気のあがるコーヒーをテーブルに置く。
運ばれてきたカップに手を伸ばして一口。口の中に広がる苦さと風味。

「おいしい」

親子のそっくりな視線に微笑むと親子は嬉しそうに笑った。

「カガリちゃん、おいしいって!!」
「うん。よかったな。
しかしアスラン、レギュラーなんてよく飲めるな」

私には無理だ。カガリはまた笑った。
よく笑う子だと思った。
表情が豊かだ。
もっとこの子の色々な表情が見たい。

「カガリ」

とりあえずとは言え許可は貰ったのだからと彼女の名を呼ぶ。

「?」
「デートしよう」
「は?」
「やっぱり初デートの王道は映画かな、
水族館とかでもいいし。
その後はショッピングをして、
一緒に食事をしよう。
きっと楽しい!」

ポカンと口を開けたカガリに捲し立てるように頭に浮かんだデートプランを並べてみる。
カガリは冷たい。
付き合ってと告げたときも名前を呼んでいいかと聞いたときも帰ってきたのは感情が見えない拒絶だった。
その癖、聞かれたことにはちゃんと答えてくれるし、笑ったり怒ったりとカガリの表情はコロコロ変わる。
俺がカガリを好きなことを差し引いても、カガリと話すのは楽しいし、それはきっとカガリが優しいからだ。
カガリはたぶん人が嫌いなわけじゃない。拒絶はしても心を閉ざしているわけではない。

だから聞いては駄目だ。

カガリに悩む隙を作ってはいけない。

自分からカガリの懐に入っていかなければ。

「ぶっ、はっ。
お前、人の話聞いてたのか?付き合う気ないんだぞ?」

耐えられないと言った様にカガリが吹き出す。

「うん」

それでもいいと、俺はカガリに手を差し出す。

「・・変な奴」

諦めたのか大きな溜め息を吐いて、
カガリは差し出した手に躊躇いながらも自らの手を重ねてくれた。


・・*・・


「おいおい、
お前カガリちゃんとデートしたってほんとかよ・・」
「うん?したけど」

先週の週末、約束通り俺とカガリはデートをした。
街に出て、今話題のアクション映画を見て、お約束の洒落た雑貨屋などを見て回った。

夕食はファミリーレストランのチェーン店で俺はチキンステーキをカガリはドリアを食べた。
デートと呼ぶにはあまりにもお粗末だったが。
何より楽しかった。
カガリも少しでも楽しいと思ってくれていたらいい。
デートの終わりに次のデートも取り付けた。今週末は美術館に行く予定だ。

正直絵に興味なんてないがカガリと一緒に行くと言うだけで楽しみで仕方がない。

「さすが・・」
「というか、
何でディアッカがそんなこと知ってるんだ?」
「そりゃ知らない奴はいないだろう?
言っただろうカガリちゃんは特別だって・・、
しっかし、周りの男が蛙に見えるとかえげつねぇよな」

ぐったりとした様子でディアッカは言う。
俺なら絶対嫌だな。
女の子が蛙に見えるなんて、恋愛なんて出来ねーよ。

「カ、エル・・?」
「まさかお前、知らないのか?」

クラリと視界が揺れた。

・・*・・

その週末俺はカガリとデートをした。
カガリは水色のギンガムチェックのワンピースに白のカーディガンを羽織り、
ヒールの低い靴を履いていた。

「ヒール高いと音が館内に響くから集中出来ないんだ」

俺は思わず靴を確認してスニーカーだったことに安心した。

「いこっ」

今日はどうやらカガリがリードしてくれるらしい。
どこか上機嫌に前を歩くカガリを眺めた。
歴史的にも価値のある絵画よりもカガリの方が綺麗だと思った。

「わっ、」

前を歩くカガリが女の人とぶつかって、よろめく。
互いが絵画に目を向けているから回りにまで目が行かなかったのだろう。
咄嗟にカガリの身体を支えた。
互いに頭を下げて謝りあって女の人を見送る。

「平気?」
「ん」

後ろから覗き込むように話かけるとカガリはコクリと頷く。

『男が蛙に見えるとかえげつねぇよな』

はっとして慌ててカガリから手を離す。

「アスラン?」
「ごめん、触って」
「?今さら?散々触ってきた癖に?」
「カガリ何かそれ語弊がある」
「平気だって言っただろう?」

カガリはあろうことか柔らかく微笑んだ。


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