あなたを想うだけで傷だらけです | ナノ パロディノベル



  藤の花 09




その日から俺の世界の色が変わった。

世界の色が変わるだなんて、使い古された言葉だ。
それこそ、イケメンと称される男性俳優と清純派アイドルのラブストーリー。
何番煎じか分からないお決まりのシナリオに、お決まりの告白シーン。

――君に出会ってから、灰色だった世界が色を変えたんだ。

男性俳優がそう告げて、アイドルが嬉しそうに微笑む。
何番煎じの使い古されたラブストーリーと同じように、
俺も恋をした。

そして俺の世界に色がついた・・・・、
筈だった。

今日という日が来るまでは。


「・・・・・・・・・・」


声も出せなかった。

今、目に映るものが信じられなかった。

―――え・・・・・・?

渇いた唇が小さく呻く。
それは声にならず、息が吐き出されるだけ。

俺は、ドアノブに乗せていた手を下ろした。

部室の扉には小さなガラス窓がついている。
それは部室によってさまざまだが、
そこには見知ったデコレーションが施されているけれども、
原則として中を覗ける範囲に留められている。

それは部室での飲酒や外泊が禁止されていることが要因にある。
部活動可能時間を過ぎて、鍵が返却されていない事務員が様子を見に来ることがあるらしく、
そのため中の様子が伺えるように規則がある。
そんなだから、ドアを開けずともおおよそ中が見られるようになっている。

そして、それが結果的にありがたく俺は部室の扉を開けることなく
彼女であるミーア・キャンベルが見知らぬ男と口づけを交わしている姿を目に入れたのだ。

ドアノブから手を離して、後ろの壁にぶつかるまで数歩下がった。
壁に凭れ掛かかる形でかろうじで上体を保って、
俺の頭は今の現状を理解しようとフル回転する。

「・・・ミーア・・」

そして、単純にその答えは出た。

・・・・浮気だ。

感じにすれば、2字。
平仮名にすれば3字。
誰でも知っている単純な単語は俺には理解できなかった。

カチャ

鈍い頭で音に反応して、
そちらに顔を向けると見知った顔。

「あれ、アスラン先輩どうされたんですか?」
「ニコル・・?」
「はい、ニコルですけど・・」

ニコルは同じ高校生出身で、
同じ生徒会で俺が生徒会長だったときの書記だったひとつ下の後輩だ。
第三者の介入で少し頭が冷えた俺は、
なるべく部室でまだラブシーンを繰り広げているであろう中のふたりに気づかれないように
声を抑えてなんでもないと告げた後逃げるようにその場を去った。

ニコルは不思議そうに首を傾けたが、それを気に掛ける余裕もなく
俺は後ろを振り返ることなく一目散に逃げかえった。

・・*・・

「アスラン・・・・?」
「っはぁ、・・はっ・・」

意味もなく早足になって、部室棟を出れば声をかけられる。
そうだ、俺は彼女にカガリに待っててと告げて部室棟に行ったんだ。

「えっと、傘は・・?」
「あっ」

俺は思わず何も握っていない自分の手を見つめる。
何度見てもそこに傘はない。
当たり前だ、俺は部室に入ってすらいないんだから。

「アスラン?」

無邪気に見上げてくる、カガリ。
目元は少し赤いままだが、涙は止まったみたいだ。

「いや、・・忘れた」
「は?」
「いや、だから、忘れた・・・・・・」
「忘れたって、アスラン。
じゃあ何しに部室に・・?」

若いのにもう物忘れかとおどけたようにカガリが笑う。
俺も釣られて少し笑った。
カガリと話していると、荒立っていて余裕がなかった気持ちが収まっていくのが分かる。

「ミーアが・・」

ぴくりと不自然にカガリの肩が上がる。

「・・・・・浮気してたみたいなんだ」

声が震えた。
声に出して、初めてそれが現実なんだと実感した。
声を出している喉が痛い、胸が痛い。頭が痛い。
辛い、苦しい。
カガリは何も言わなかった。
顔をあげるのが億劫で地面だけを見ていた。
視界に見えるのは自分の靴とカガリの膝丈のブーツ。
ああ、カガリのブーツ刺繍が入ってたんだ気づかなかったな。
なんて、どうでもいいことを考える。

「俺、ミーアと付き合ってたんだよな?」

縋るような声だった。
こんなことカガリに言ったて困らせるだけだろう?
ただでさえ、初めての彼女で勝手が分からない俺はカガリをいっぱい困らせて、
カガリがシンとのことで悩んでるから初めてお返しができるって思ったのに。
結局何も返せない。
みっともなくて、本当に情けない。
きっと、ミーアだけじゃない、カガリにも見放される。

カガリの手がそっと、アスランの右手を包む。
右手と左手でぎゅっと強く握りしめられた。
そっと持ち上げられた手を自然に目線で追っていくと、
琥珀の瞳とぶつかった。
大きな綺麗な目だ。
こんなにまっすぐカガリの目を見たのは初めてだ。
吸い込まれそうな・・・。

「ミーアは最低だよ。アスランのこと何にも分かってない・・・。
・・っし・・の・・が」
「カガリ・・?」

一瞬俯いたカガリが何かを告げて、
それを視線で追いかければ何かを決意したようなカガリと目があって。

「!?」

カガリの唇が静かに重なった。

「・・んん」
「・・・・・・・ふっ・・・、カガリ・・?」

お世辞にもうまいと言えない口づけなのに、
陶酔感を覚えた。
待って、とカガリにストップをかけるがカガリは止める気はないらしく、
再び、爪先立ちをしたカガリは俺の唇を追う。

いつのまにか密着したカガリの身体からは甘い匂いが漂って、
アスランは眩暈に襲われる。

「(どうして・・)」

キスをされながら、アスランは今の状況を理解しようと必死に頭を動かす。
ミーアに浮気されたと、カガリに告げた。
俺はカガリにどんな応えを求めていたんだろう。
『そんなことあるはずがない。見間違えだ』
といつものようにカガリに否定して欲しかったのだろうか。
『アスランは悪くない』と自分を慰めて欲しかったのだろうか。
それとも、現実にカガリが告げたように
『ミーアが全部悪いんだ』と認めて欲しかったのだろうか。

けれど、カガリがミーアは最低だと告げた時、
ドクリと心臓は跳ねた。
カガリが誰かを悪く言うなんて初めて見た。
誰にも明るくて、天真爛漫で優しい彼女が、
静かに、嫌悪感を感じさせながら告げたのだ。
それは俺が初めて見る、カガリの女の顔だった。

「カガリ、待って・・・」

男としての矜恃が今の状況にストップをかける。
駄目だ。
そして何より。

「君はシンと付き合ってるんだろう?」
「・・っ」

カガリの身体が一瞬怯む。
俺はカガリの肩に手を乗せてカガリの身体を押しのけた。
数センチの距離が空き、
カガリから漂っていた甘い匂いが消える。

「どうして、こんなこと・・」
「・・・・・アスランには関係ないっ!!」
「え・・・?」
「私が誰と付き合っていようが、アスランには関係ないだろう?
・・・どうしてって、そんなの決まっているだろう?
アスランがかわいそうだからだよ」
「カガリ・・・?」

信じられない思いで目を見張った。
同じ日にふたりの女性に裏切られた気分だった。

「かわいそうな、アスラン。
ミーアをあんなに好きで、愛してたのに。
裏切られて・・・、悲しい?辛い?
どうしてって、じゃあなんでアスランは
ミーアに浮気されたってわざわざ私に知らせるの?」
「カガリ・・」
「私に慰めて欲しいから・・じゃないの?」

そうやって欲を含んだ顔で俺を見つめるカガリに急激に頭が冷えた。
嗚呼、結局ミーアもカガリも同じだ。
好きな人だとか、付き合っているだとか、そんな人がいたって関係ないんだ。
なんて狡猾で傲慢なんだ・・・。

ポツリ・・・ポツリ・・

いつのまにか雲が広がって、
小さな雨粒が落ちる。
今日の降水確率80%だったけ。
自分の鞄の中に入っている折り畳み傘を思い出してほっとする。

「カガリ、傘は?」
「え・・・?」

聞かなくても分かってる、カガリの傘は部室に置き去りにされたままだ。

「俺を慰めて」

自分でもこんな冷酷な声が出せたのかと驚くほどに冷たい声を落として、
俺はカガリの唇を奪った。
そして狡猾で傲慢なのは俺の方だ。

自分から触れたカガリの唇はやはり陶酔するほど甘かった。



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