「ツナさん?」
「なにも聞いてないかい?」

ちらちらとこちらに目線を向けられる。嫌がらせか。そうだろ。

『何言ってんですか。本人目の前にして』

引き攣った顔を無理矢理にこやかに戻してイタリア語で問う。彼の意地の悪い笑みはそれでも消えやしなかった。

『かまわないだろ。終わったんだ。僕の気まぐれさ』

気まぐれって言うか面白半分だろ。
終わったことだし、いいけれどと思って彼女達を見れば京子ちゃんは何か思い出した顔をした。

「そういえば、お兄ちゃんが言ってたわ。ツナ君は生きてたって」
「はひ!そうなんですか!」
「でもそれ以上は教えてくれなかったけど…」

そりゃ教えてくれないだろうさ。自分の失態をわざわざ言うような兄貴じゃない。彼らからすれば、まさかの真実なんだから。

「教えてあげるよ。沢田綱吉の真実」

悪人かのような笑みを張り付けて紅茶に口をつける彼。現代版の悪代官みたい。
無理にでも止めることはできただろうけど、そこまで黙っておきたいわけじゃない。だって終わったことだし。もう沢田綱吉という人物は限られた人物の前にしか姿を現さない人間となった。それだけだ。
まさか隣の席に座るオレがその沢田綱吉とは思っていないらしい京子ちゃんとハルは、顔を見合わせた後頷いて教え下さいと返した。

「赤崎華乃、彼女に沢田綱吉が色々したということになっていたのは覚えてる?」
「覚えてます」
「ツナ君が告白してきた華乃ちゃんを振って、それから確か殴ったって…」
「そう、そこ。振ったまではあってるけど、彼は殴ってなんかいなかったんだ」

フェミニストだもの。後々散々やり返してやったけども。散々どころじゃなくても、オレはトドメはさしてないし。
言うならばと諦めたオレは目の前の、ガラス一枚を隔てて広がる外を見ていた。道行く通行人や、車なんかを眺めて時折話す彼らを見る。日本語あまりわからないから、トンノルは。
小さく声を漏らす二人に目線だけをやればくりっとした大きな目を更に開いているのが映った。

「どういうことですか!」
「簡単なことだよ。沢田綱吉は振っただけで何もしていない。傷だらけも彼女が自分でやったことだし、殴ってもいない」
「じゃあ華乃ちゃんはどうして泣いてたんですか。あんなに何回も!」
「自作自演だよ」

さらりと言葉は紡がれた。信じられないという顔をしながらも反論する余地はないかと二人とも、特に京子ちゃんは探しているようだ。無駄だ。

「条件は伏せるけど、あの時赤崎華乃は沢田綱吉にとあることを呑ませたくてね。でも彼が言うことを聞かなくてあんな馬鹿な、沢田綱吉を嵌めて陥れ、孤立させるということをしたんだよ」

それでも言うことを呑まなかったから、次第に生徒を煽るのもエスカレートして、生徒達の行動もエスカレートしていった。そこまで言って彼はまたオレを見た。あってますよ。間違っちゃいませんよ。こんな饒舌な雲雀さん初めてみたや。

「嘘、ですよね…?」
「まさか。僕がそんな嘘をつくわけないだろ」

嘘ついてもなんの利益もないもんね。
喋る事ができないオレは退屈で、冷めた紅茶を飲み干した。彼女達は注文した物に手を、口をつけることなく飲み物は冷えていく。ホットがアイスになっちゃうよ。
それでも退屈はおさまらないから頬杖をついて、体を横向けるようにして二人を見る。衝撃を受けているのは一目でわかった。

「じゃ、あ、私はツナ君になんてことを…」
「京子ちゃんだけじゃないです…ハルも、ハルもいっぱいひどい事言いました…」

なんてことをしたんだと嘆く二人にオレは何か思うことはできなかった。激しい後悔の渦にのまれた二人をただ淡々と、退屈な目線で見るだけ。

『正体を明かないのかい?』

ふいに声をかけられて、ちらりと顔を覗いた。明かすとでも思っていたのだろうか。

『なんでオレがわざわざ?オレはトンノルですよ。彼女達は雲雀さんの知り合いだ。オレの知り合いじゃない。勝手に嘆いて後悔してるだけですよ。こちとら興味もなければ、同情なんてもっての外。もうオレとは関係ない』

始終にこやかに、頬杖をやめて言った。暗い暗い顔をした彼女達とは真逆である。知ったこっちゃねえ。
オレの言葉を聞いた雲雀さんは愉しそうにくつくつ笑う。ダメツナの沢田綱吉なんてもういないんですよ。昔のオレの皆に優しく、なんて偽善。できやしないんだ。

「…本来の君らしい」

オレは当たり前だとでも言うべく目を細めた。元々のオレは自己中心的な人間で、自分にかかる火の粉は振り払いたいタイプの人間なんだ。わざわざかぶりになんて行きたくないだろ。

『そろそろ行きませんか。オレ、草壁さんの煎れたお茶が飲みたいです』
『そうだね。行こうか』

すくりと荷物を持って立ち上がった。お通夜のような顔でもそれを見る気力はあるようだ。

「僕らはそろそろ行くよ。どんなに後悔したってもう彼は戻って来ない」

戻るつもりもない。何故戻らねばならない。向こうの方が充実しているというのに。
悔しそうな表情のまま、ハルは顔を下げた。京子ちゃんも目が下を見ている。一度の選択で人間どうなるかわからないもんなんだよ。失敗であれ、成功であれ。

「じゃあね」
「サヨナラ」

日本語少しは覚えたんだよ、みたいな片言でぺこりと会釈する二人に手を振った。
謝りたいです、なんて聞こえようが先を歩く雲雀さんに続いてオレも歩く。謝ったって謝らなくなって、一緒なのにね。せいぜい自責の念と向き合って、やってきたことの後悔でもしてなよ。オレにその後悔は届かないんだ。
日本語が一番楽ですよ。当たり前だろ、母国語なんだから。なんて雑談しながらオレ達は店を出た。



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