パラレル
音楽家獄寺と
人知れず森でピアノを弾く綱吉



















それは綺麗なピアノの音がした。
実家に帰り、朝から暇だからと近くの山にふらりと入った。それが間違いだった。散歩しようなど考えていたのに遭難。ここはどこだ状態に陥り、なんとかしようと中を歩き続けていた。
そんな時に聞こえたピアノの音色。とても、とても微かな音。オレは引き寄せられるかのように音の聞こえる方へ足を運んでいた。途中転びそうになったりとしながらもふらりふらりと引き寄せられる。
音がすぐそこになれば視界は木々から晴れて、小さい小屋のような家があった。まるで木々からくりぬかれた場所に一軒だけぽつりと。音はやはりそこから聞こえている。

「これは…」

オレは自分でもピアノを弾く。だがそんなもの及ばないと思うくらいに綺麗な音色だった。繊細で壊れそうなのに音は力強く響いている。
音楽を生業にしている者として会いたい。こんなにも美しい音色を奏でる人物がどのような人物なのか。
いてもたってもいられなくなり、知らず知らず足は動き、ノックをするのも忘れて自分は中に入っていった。考えれば不法侵入だが、それを考えてはいられなかったのだ。中に入れば音はより大きく心地よく奏でられていた。
曲が止み、また始まる。お構いなしに足はピアノの響く部屋へと進む。部屋の前に来れば痛い程の音楽が溢れていた。ずっと聴いていたい。心より思ってしまうくらいに。
無意識のうちにそのまま足は部屋の中へと入る。どうやら主は一心不乱にピアノを弾いているようで、オレが入ったことにも気付いていないようだった。後ろ姿しか見えはしないが薄い色素の癖のある髪に小さそうな身体。この小さい身体で、窓硝子が今にも割れそうな音を出しているというのか。

「すげえ」

弾き終えた彼に思わず出た言葉。それはもう自然に、ぽろりと。しまったと頭で思った時には遅かった。ぐるりと振り返った彼が驚愕の表情をしてオレを見ていた。

「だ、誰ですか…?」

当たり前だ。見ず知らずの男が自分の家に入っているのだ。しかも勝手に。物取りと間違えられても文句など言えやしない。
素直に申し訳ないと頭を下げて、ピアノに聴き入ったことを説明すれば、ピアノからオレの方に身体ごと向いた彼は少し照れたような表情になった。
東洋系のその人物。少し中性的で男性には失礼だが割とかわいらしく、幼そうに見える顔つき。色素が薄目な大きい瞳もそれに拍車をかけているのだろう。

「とても気になってしまって。中に入って聞いた木枯らしのエチュードは、自分が今まで聴いたどれよりも貴方の弾いたモノに魅せられてしまいました」
「そんな、恥ずかしいですよ。あまり人に聴かせたことなどないので」
「恥ずかしい?とんでもない。それ程の腕前をお持ちなら自信を持ってください」

それは本心で、オレだけでなく引き付ける力のある演奏だと思った。魅了されるとでもいうのか。
余裕がなかったが、周りを見れば多少なれど散らばった楽譜。作曲もしているのだろうか。他にはそこそこ大きい戸棚といくつかの棚。棚にはぎっしりと楽譜とCD、レコードまであった。あとは小さいテーブルとグランドピアノという簡素な部屋だと今更気付く。ただグランドピアノはところどころ小さい傷があったりするが、大切に扱われているのだろう。一目でわかるくらいに磨かれていた。

「あの、図々しいのですが」

なんとも言えない麻薬のような演奏。聴きたい、もっともっと。この不思議な雰囲気を醸し出す人物の音を。

「なんでしょう?」
「よろしければ他にも聴かせて貰えませんか?」

初対面になんと図々しいと我ながら思う。それなのに彼はちょっと考える素振りを見せ、ふわりと笑っていいですよと言ってくれた。

「知り合い以外に聴かせるのってあまりしないんですけどね、特別です」
「ありがとうございます!」

この演奏を独占できる。感無量だった。こんなどこの誰とも知らない男の願いを叶えてくれるなんて。

「でもその前に、貴方のお名前を教えてくれませんか?」
「すみません、名乗るのをすっかり忘れしまって。獄寺隼人といいます」
「あれ、日本人?」
「日系のクォーターです。貴方も東洋系のようですが」
「オレは日本人ですよ。沢田綱吉です」

よろしくと微笑んだ彼に、感覚的で言い表すことなどできやしないが、彼が人を引き付ける音を持っていることに納得できる気がした。
朝の散歩が思いがけない出会い。迷うことは偶然じゃなくて必然だったのかもしれない。壁にもたれて床に座り、彼の演奏を堪能しつつそう思った。








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ショパンの木枯らしのエチュード
結構好きなんですよね。
右手の練習曲かもしれませんが。
私はもう全然弾けません。笑

ちなみに獄寺隼人はピアニスト

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