綱吉嫌われ数年後。
記憶の消えた盲目綱吉。














気が付いた時にはオレは目が見えなくなっていた。おぼろげではあるが昔は見えていた記憶がある。だがある時から記憶がすっぱりと抜けて、気が付けば暗闇の世界にいた。
元々身体も強くなかったオレだが、更に弱くなったらしくて病院にいることが多くなった。ついでに言えば抜けた記憶以前のことははっきりと覚えてはいない。物事に関して言えば例外らしくて困らないから良いのだけれど。

「どうぞ?」

目が見えなくなって、得た物は異常な感覚と聴覚。感覚という感覚は全て鋭くなったような気はする。
だからこうしてノック音がなくても人が来た足音と気配がわかる。からからという引き戸の音と共に人が入って来た感覚がした。

「こんにちは」
「……こんにちは」
「体調は、どうですか」

低い男の人の声が二つ。いつからか病院に篭りがちなオレにこの人達は訪れるようになった。歳も知らない。
この人達だけじゃない。何人かそういう人がいる。中には女の子もいるようで、声だけで病室が明るくなるようだった。

「変わらないよ。なにも」

見えないことも、なにも。不便だけれど、慣れればいい。だから慣れた。

「そうですか…」
「うん」
「昔を思い出したりとかもしないのか?」
「しないねえ」
「そっか」

彼はよくそれを聞く。思い出せれば目が見えるかもしれないと医者には言われた。でも逆に、思い出さないから今の君があるのかもしれないとも言われた。結局どちらが良いかなんてわからない。
今日は暖かいからと看護師さんが窓を開けておいてくれたからか、ふわりと風が吹き込んだ。その風は少し草の匂いがした。そろそろ新芽が芽吹き始める時期なのかと思いをはせる。

「…君達が来るようになって一年くらいかなあ」
「そんなもんですかね」
「時間が経つのは早いのな」

嫌いではないのだけれど、いまいちまだ警戒心というかしこりみたいな物が彼らと話していると出てくる。幼い声の主も来るけど、その子達は別になんともないのに。
少し物音と布が擦れる音がした。座ったのだろうか。珍しく長居するのだろうか。

「君達が来てくれてからオレも人とよく話すようになったって病院の人に言われたよ」

限られた人数としか話さず、その時以外は訳もわからずふさぎ込むだけだったから。
「……少し、懺悔を聞いていただけますか?」
「獄寺」

咎めるような声。なんの懺悔だろうか。オレは神父さんじゃないのだけれど。

「いいけど、オレでいいの?」
「貴方に聞いて欲しいのです」
「山本君も?」
「…ああ」

山本君の声には迷いが聞こえた。
なんの、なんて考えてもわかるわけがなく。まあいいか、なんてオレは小さく頷いた。

「昔、オレ達はある人に酷いことをしました。一人の人間にその人は陥れられ、大多数が騙されました。最初はオレ達もその人がしたと言う事は有り得はしないと突っぱねていましたが、次第にオレ達も疑心暗鬼になっていたのです」
「どうして?」
「多分、周りが騙されてその人が虐げられる姿を見て、わからなくなっていたんだと思う。自分の意思を貫けなくて弱かった、最低だったのな」

淡々と話をしているように聞こえるが、どこか苦しそうだ。懺悔って言うのは吐き出して、多少なりとも楽になる為の物じゃなかっただろうか。なのにこの二人は楽になれない気がしてならない。

「そこからは早かったです。オレ達が最低な屑になるのは。すごく慕っていたのに、あの人はずっと、オレ達に、言い続けて、いたの、に」

押し殺したいような嗚咽。
でもオレにはわからないから。ただ聞いているしかできなかった。

「信じて、って、ずっと、オレ、達が、何をしよう、とっ…」
「獄寺泣いてちゃ懺悔もできねーよ。でもオレ達はそれを裏切ったんだ。こっちが周りと同じように虐げようと、その人はオレ達を信じた。そしてオレ達に何もしてないから信じてくれって言い続けた。オレ達は裏切ったのに」

ぐずぐずと泣いている獄寺君に代わって山本君が続きを話す。その時にしこりが重く、大きくなるような感じがした。

「最後の最後までその人はオレ達に言い続けた。もうあいつにそんな事言える精神力なんて残ってなかったのに」
「最後?」
「消えたんだ。全て明かされた時に聞かされたよ。近いようで遠いと思っていた奴が手引したんだってな。結果あいつは少し壊れちまった。身体にも支障をきたしているし、それに…」

それに、なんだろう。泣きそうな声の方を向いたって、オレの世界は真っ暗で彼らの顔は映らない。こんな時、表情を見ることが出来ればオレは何か読み取ることが出来たのだろうか。

「……オレ達に残ったのは後悔ばかりだ」
「その人には会えないの?それだけ信じていたなら会えば許してくれるかもしれないじゃん」

そんな寛大で、仲間を信じたいと願っていた人なら。もしかしたら、可能性はあるんじゃないのかな。

「会えない、なあ」
「…そうなんだ」
「遠い、遠いところに、行ってしまわれたん、です」

会えないならできない。仕方ないよね。

「いつかきっと会えればいいね」

正直な話、他人事。オレには情景もわからないし、その人がどうなっているのかも知りえない。

「そう、ですね…」
「聞いてくれてありがとうな」
「うん。楽になれた?」
「ちょっとだけ」
「だな」

嘘。やっぱり辛そうじゃない。オレが見えないからって油断している。また泣きそうな声して、辛そうな声して。
わかっているけどよかったねって笑うんだ。だって全て、他人事。



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