「………それで、どうしてこうなったか教えてもらえるかな?晴矢。」


目の前で驚いたような、呆れたような顔をしながら赤い髪の男は言う。

『いや…俺もよくわかんねぇけど、それがよぉ……。』

ぎゅううと後ろで俺の服の裾を強く掴んで離さない風介を横目に、説明する。
そう。あれは先程の出来事だ。



いつも通り、朝目覚ましの音で起きて、洗面台へ向かおうとしていた途中。

『……ん…?』

前からもう見慣れた薄い色素の髪の毛を寝癖でぐちゃぐちゃに乱れさせている風介がふらふらと歩いてきた。
そのなんだか危なっかしい足取りを心配しつつ、声をかけた。

『風介?お前もしかして体調―――』

悪いのか?

そう言おうとしたのだが、口からその言葉が出ることは無かった。
何故かと言ったら、その時風介がとった対応が問題である。

「晴……矢……?」

愕然とした表情で俺をあながあくほど見つめ、
…そして何故か俺の背中に張り付き、今のように裾を引っ張ってくっついてくる。

『ッふ、うすけ!?』

そう名前を呼んでも黙ったままただただ顔を背中に押し付けてくるだけであった

『ッ………』

心臓が跳ねる。動悸が激しい。
未だに黙って鼻を押し付けてくる風介は普段とはうって変わってとても可愛いものだった。
ドキドキと鳴る鼓動がやけに耳に響く。その音が大きくなるにつれて頬が熱くなる。

『あ、のさ…風…介…?』

しどろもどろに名を呼ぶと、ちらりとジト目でこちらを見、より強くしがみ付いてきた。
流石に恥ずかしいし、ずっとここに留まる訳にもいかない。

というより、他のやつに会ったら何て説明すればいいのか。

『ちょっ…風介…一回離れ―――』
「嫌」

離そうと肩を軽く掴むが、一言で言い切られてしまった。
しばらくそうしていたけど、流石にそろそろ行かなきゃいけない。

でも離れそうもないから…―――――




『で、そのまま歩いてここまで来たってわけ。』

結局どれだけ歩いても全く背中から離れることは無く、そのままヒロトの元へと来てしまった。

「それは…大変そうだね。」

そうヒロトは言うが、俺としては今の状況はわけはわからないが嬉しい状況ではある。
そう思っていたことが顔に出たのだろうか。

「…馬鹿っぽい。…というか間抜け面。」

そう一蹴してくるがそれさえも頭にあまり入らない。

「……おめでたい頭だね。とりあえず、それじゃ練習にならないからなんとかしてから来てよね。」

そう言ってあっけらかんとじゃあね、とそう告げて立ち去っていく。

『お、おい!!置いてくのかよ…!!』

そうヒロトの背に向かって叫ぶが、手をひらひらとさせるだけで、こちらを振り向こうともしない。

ただその場に呆然と立ち尽くすことしか出来ない。
後ろの方をちらと見ると、やはり黙ったままの風介がくっついている。
顔は窺えない。

『…………』

そもそも、何でこうなったのだろうか。
それを聞こうかとも思ったが、いかんせんここは人が通る。

変な視線が集まりつつあるのを感じる。

『っ……』

とりあえず、静かなところに行こうと思い、無難に部屋に戻ろうと足を進める。


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ぱたん、と静かに扉を閉め、そして再び後ろを振り向く。
相変わらず風介は一言も喋らないでひっついたまま。
…おんぶーおばけかっつの。

『なぁ…風介?』

「………何。」

やっと口を開いたと思ったらそんな素っ気無い返事だった。

『いや…それはこっちのセリフなんだけど…。』

この体制は嬉しいが、さすがにそろそろ練習に向かわないとヒロトに何言われるかわかったもんじゃない。
不意打ちでバッと後ろを振り向き、風介を振り切る。

『ふーすけ……っえ……?』

身体が硬直する。
視界にはいった姿。
いつも通りの姿…のはずなのだが。
歪められた顔にある瞳は、

何故か真っ赤だった。


「ッ……見る、な……。」


目が合った瞬間、風介はそういって目を逸らす。
何。もしかしてこいつ……

『…泣いて…たのか…?』

しがみ付いてくる身体はびくっと反応する。
図星らしい。
…しかし何故…?

『…なんで泣いてたんだ…?』

そう聞いてみてもこいつは首を横にぶんぶん振るだけ。

『…言ってくんなきゃ襲うぞ。』
「!?……ぃ、嫌だ…ッ…。」
『じゃあ教えろよ。』

即答されたことに少しショックを受けつつ、そう聞くと風介も観念したのか、ゆっくり口を開いた。

「………君が…………」

ん?俺?

『俺が…何だよ?』
「君が……」
『?』

風介はぎゅっと手を握り、バッと顔を上げ、そして言った。

「っ…君が居なくなる夢…見た…」
『?それがなんで―――!!』

一瞬この付き纏うことになんの関係があるのかと思ったが…、結びついた。
全身が燃える様に熱い。
ちくしょう何でこんなに可愛いんだよ。
ぎゅう、と強く抱きしめる。
いつもなら蹴飛ばされるところだが、今日はそんなことをしてくることもなく、
風介のほうもぎゅっとしがみ付いて来た。

『俺、何で居なくなったの?』
「…わからない。」
『寂しかったのか?』
「っ…ちが…」
『でも、泣いてたんだろ。』
「ッ……………ん…。」

そう小さく頷く風介が、可愛くてしょうがなかった。
より強く抱きしめても、風介はされるがままだった。

『俺がお前から離れてくわけないだろ。』

そう言って前髪を掻き分け泣き腫らした目にキスを落とすと風介は

「っ馬鹿が…」

と顔を真っ赤にして呟いた。
そしてようやく風介は俺から身体を離した。
先程まで温もりがあった背中が少し寒く感じ、同時に寂しくも思った。

しかし、あのままでもヒロトに殺される。

ヒロトに。…………

『ああ!!!!』

忘れてた。時計を見ると、あれから二時間は経っている。
いくらなんでも―――

「?…どうしたの。」
『いや、大遅刻だ…』
「あ………」

そういうと風介も気付いたのか、苦い顔をした。
当たり前だ。ヒロトは性格がひたすら悪い。
何をさせられるかわかったもんじゃない。

『い、いそいでグラウンド行くぞ!!』

そういって走り出そうとするが、風介はついてこない。
呆然とした顔で、こちらを見ている。

『?どうしたんだよ…いそがねぇと!』
「…っあ、あぁ…」

風介はそう頷くも一歩踏み出すのを何故か躊躇する。
その間にも時間は刻々とせまっていく。

『あぁもう!!ほら!!いくぞ!!』

そういって左手を差し出し、無理やり風介に握らせ、走り出す。
風介もやっと勢いがついたのか、一緒に走り出す。

やけに左手が熱く、そしてやけに強い力だな、と走りながら思った。


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『い、いそいでグラウンド行くぞ!!』


そういって走り出した晴矢の後姿を見て、思い出した。
夢に出てきた晴矢も、こんな感じで走り去っていってしまった。
全力で追いかけても追いつかず、やっと追いついたと手を伸ばすと晴矢は消えてしまった。
完全に重なってしまったこの光景に、私は足を動かすことが出来ない。

晴矢はおかしく思ったのか、後ろを振り向き

『?どうしたんだよ…いそがねぇと!』

そう急かす。

「…っあ、あぁ…。」

そんな間抜けな返事をしつつ、足を動かそうとするが、怖くて一歩を踏み出せない。
鉛球が足についているようだ。
どうしよう。こんなではまた置いてかれてしまう。
そう思った瞬間、

『あぁもう!!ほら!!いくぞ!!』

手を引っ張られた。
その手はとても温かく、力強く、此処に晴矢は存在する、ということを教えてくれた。

「っ…」

大丈夫。消えることなんて、無い。
その手を強く握り返し、走り出す。
悪夢なんて振り切るように。

そうだ。もし晴矢が消えたとしても、
私がまた走って走って、全力で捜してその手を握り締めればいいのだ。

それだけの話だ。

こんな簡単で、幸せなことはない。




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裏返しの色。の日月様より。

あああやっぱり…何回読んでも風介がかわいいですね。
晴矢は晴矢で何で風介に抱き着かれてるのか分からないけど嬉しいって感じてる所とか、
もう2人とも可愛くて抱き締めたくなります。
ほんっとに心が癒されました!!←
ありがとうございます!