「風介ーっ、早く来いよ!ヒロトはもうてっぺんまで行ってんだぞー?」 お日さま園の庭にある大木の太い枝の上から、晴矢の声がする。 「わ、分かってる!」 なるべく冷静を保とうとしても、やはり慌ててしまう。 あんな高い所まで登れるだろうか─。 「何だよ、お前ひょっとして怖いのか?」 「なっ!?」 自分が出来るからとケラケラ笑ってからかう晴矢に、先程までの不安は無くなった。 逆に沸いてきたのは、あいつに対する苛立ちと、私の中に流れる負けず嫌いの血。 「待ってろ!すぐ行く!!」 苛立ちに身を任せ、少しずつ大木に身を寄せる。 「そんな急ぐなって!ちゃんと待っててやるからよー」 ─どうしても見下しているようにしか聞こえない。 「うるさい!集中したいんだ、静かにしろ!」 少しずつ、少しずつ晴矢に近づいていく。 でも、途中で手が痺れてきて、晴矢より少し下にあった太い枝に身を休めた。 「んだよ、だらしねーな風介!」 晴矢は少し身を乗り出して私に顔を向ける。 その金色の瞳には、疲れた表情の私が映っていた。 晴矢はそんなに疲れた表情を浮かべていなかったのに、 私だけ疲れているなんて すごく悔しくて、嫌だった。 いつも私だけ体力の差が出るんだ。 競争した時だって、ヒロトと晴矢は同じ位のタイムが出るのに私だけ少しの差で負けてしまう。 どんな時でもそうだった。 それが嫌で嫌で─・・・でも、すごく努力しているつもりでも 差は開いていくばかりだった。 現に、今だって私だけ─・・。 「─介・・・風介!大丈夫?」 「!!」 はっと顔を上げると、もう一度大丈夫?と声が聞こえてきた。ヒロトの声だ。 「さっきからずっと座ってるけど・・・しんどくなったら無理して登らなくたっていいんだよ?」 そう言って てっぺんの葉の隙間から覗いて笑ってくれるヒロトは優しい。 けど・・今の私には嫌味にしか聞こえない。 何て可愛くないんだと自分でも思う。 「・・いい。ヒロトは心配しなくていいんだ。私だってこの園の子供なんだから・・・ 1人で登ってみせるさ」 そうヒロトに告げると、私は木登りを再開した。 「諦めたって良いんだぜー?風介ちゃんよお」 すぐ傍でニヤニヤ笑う晴矢が目障りで仕方ない。 「〜っうるさいんだよ、君は!」 とうとう我慢できなくなって、とっさに片手を離してしまった。 グラリ、と揺れる体。マズい。 バランスが崩れていく。 「っうわ・・っ!」 下へと落ちるようにできている重力のせいで、私の体は地面へと向かおうとする。 「!!風介─・・・!」 とっさに手を伸ばしてきた晴矢。 一瞬掴めたような気がしたが、遅かった。 私はそのまま、まっさかさまに落ちていった──。 * * * 「・・本当に馬鹿なんだな、お前」 「・・・」 「どうして落ちたんだ」 「・・・」 「─何も君まで落ちることなかっただろう、晴矢!!」 「・・悪ぃ」 あの時、私が木から落ちてしまった時─ ふと目覚めてみると、下にあるはずの地面が見えなかった。 その代わり見えたのは、傷だらけで私の下敷きとなっていた晴矢。 晴矢は自分から落ちて私を庇い、そのまま地面へ衝突してしまったのだ。 幸いヒロトがすぐに瞳子姉さん達を呼んできたおかげで、手当てが早く出来、 晴矢の怪我は腰の強打というだけで済んだ。 けれど、しばらく安静にしておくという条件で。 「・・本当に馬鹿としか言いようがない・・・」 「・・別に俺はこれで良かったと思ってるけど?」 「何・・!?」 どうしてだ。何故晴矢はこれで良かったと・・・!? 晴矢の言葉が理解できなくて、ただ呆然としていると 急に体が暖かくなった。 二秒経ち、私は晴矢に抱きしめられたのだと気づくことが出来た。 「はっ、晴矢!?」 「良かった。お前が無事で・・・お前が怪我するところなんて、俺見たくねぇよ」 「・・・ッ!」 滅多に聞かない晴矢の優しい声に、顔が赤くなっていくのが分かる。 「・・・私、だって・・・」 「ん?」 暖かさと晴矢の声に甘えたくなったのか─ 私も晴矢を抱き返した。 「私だってお前が怪我するところは見たくない・・・! ─ずっと私、ヒロトやお前にほったらかしにされてるんだと思ってた。 でも、私やっぱり2人のこと・・・晴矢のこと、好きだから・・・・」 そこまで言いかけた時、ふと額に 小さいリップ音と共にキスされた。 「・・馬鹿だな、お前も。 お前みたいな可愛い奴、誰が放っとくかよ・・・」 もう一度強く抱きしめてくれた晴矢の優しさに、私は涙を流した。 ─もう大丈夫。待ってて、私きっと2人に・・ 晴矢に、追いつけるようになるから─・・・。 幼き日、想うのは君のこと。 (もう背中じゃなく、) (隣を見るよ。) --- カタルシス。の睦月様から頂きました。 10000hitおめでとうございます! 風介かわいいいいい!抱き締めたい! そして晴矢かっこいい……っ ← |