04



漫画を読んでいなくても友人の説明でキャラクターたちが凄腕のテニスプレイヤーということは知っていた。

近所のストテニ場へ来た私たちは打つ前に軽く準備運動をする。夏休みだというのにストテニ場は空いていて貸切状態だった。そのほうがありがたいけど。

「赤也くん強いんだよね。私とじゃ試合にならないかもよ」
「…ら、ラリーで!ラリーしましょう!」
「ごめんね…」

気をきかせてくれたけど、その表情はとても残念がっていた。私の予備のラケットを渡し、向かい側のコートへ向かう赤也くんの背中は暗かった(と思う)。

原作を知らなくても友人情報でわかっていたのはテニスの試合で血が流れること。何それギャグ?とツッコミを入れた記憶があるが、大真面目に彼らのテニス技術を演説し始めその迫力に圧倒されてしまったのだ。
主人公たちは神の領域に足を踏み入れてしまったのかと思った。

一般人の私が試合をすれば下手すりゃ病院送りにされる。それだけは絶対に避けたい現実だった。
一体彼らは何者ですか!

「お手柔らかに〜…」
「サーブそっちからでいいっすよ」
「はい。じゃあいきます」

テニスボールを数回バウンドさせて、頭上に投げる。太陽に目を眩ませられるがちょうどいい高さまで落ちてきたボールを思い切り打つ。
相手コートにバウンドしたボールは難なく赤也くんに取られ、打ち返されたボールを私が追いかける、の繰り返し。
赤也くんが上手いのかラリーは途切れることなく続いている。

炎天下の中こんなに走り回るとすぐに息が上がってしまうのに、赤也くんはまだまだ余裕の表情を浮かべていた。
それにどんどんスピードが速くなってきている気がする。今までのはウォーミングアップってか。
数十分打ち合って、逆に私は動きが鈍くなっていくのが目に見えてわかるようになってきていた。

とうとう追い付けなくなった私はたんま!と言い日陰へと避難。

「やっぱ体力ないんすね」
「赤也くん、こそ、底無しの体力なんじゃ、ないの…」

スポーツドリンクを補給して手をぱたぱたさせるも生暖かい風しかこなくてさらに蒸し暑くなった。
赤也くんくらいの年齢の時は元気に走り回っていたのに、体力落ちたなと実感する。

「俺んとこの副部長がすごく厳しい人で、何時でも何処でもパワーリストを両手両足につけてろって指示だったんで体力とおまけに筋力もついたんすよ。なまえさんもやってみたらどうすか?」
「う、動けなくなりそうだから遠慮しとく」

恐るべしスパルタ教育…!赤也くんとこの副部長は鬼だな!

どんな厳つい副部長なのか想像していれば、赤也くんは動き足りないようでその場で素振りを始めた。赤也くんにとっては満足に打てなかっただろうと思い本当に申し訳なくなった。

副部長はきっと眉毛太くて常時眉間にシワ寄ってると思うんだ。

「赤也くんの打つフォームきれいだね」
「普通っすよ!普通。なまえさんのはなんか癖ありますよね〜」
「え!嘘?!」
「ホント。ちょっとラケット持ってみてください」

言われた通りにラケットを持つ。素振りして自分の癖を見破ろうとするがまったくもってわからない。
自分ではこれが普通だと思っていて何年も同じフォームで試合をしてきたからなんだかショックだ。

「なまえさんはグリップを上に握りすぎてるんで、もうちょっと下げればいい感じっすよ」
「ふむふむ」
「で、打つときの体の捻りが甘いっす。もっと体全体使う気持ちで、なんつーか、こう!」
「こ、こう?」
「違う違う、こう」
「うーん…?」

赤也くんのフォームを見よう見まねで再現するもどうもしっくり来ず。なかなか難しいぞ。
自分なりに体を捻ってみてもなんか違う気がする。どうしようもなく赤也くんにもう一回とジェスチャーで訴えかけた。
こうなりゃ感覚を掴むまで特訓してやる。

「え、えーと…」

しかし赤也くんは見本を見せてはくれず吃りだした。

「どうしたの?」
「い、いやなんでもないっすよ!!じゃあやります」

自分のラケットをベンチに置いた赤也くんの行動にはてなマークを浮かべていると、赤也くんは私を後ろから抱き締めるような格好になり、手を重ねるようにしてラケットを握った。

なるほどだから視線を泳がせていたわけだ。と納得したのはいいものの、男の子に密着されるのは慣れていないというか、こういう経験はゼロに等しい私の心拍数は上昇していた。

「見て覚えるんじゃなくて、体で覚えた方がやっぱ早いっすから!」
「う、うんうん」

耳元でする赤也くんの声にどぎまぎしながらも正しいフォームの感覚を掴むことに集中した。けど、赤也くんが気になってアドバイスの内容もあまり身に入らない。

「足の踏み込みも大事っすよ」
「こんな感じ?」
「そーっす!今のよかったんじゃないすかね!」
「これかー!忘れないようにします」

なんとか綺麗なフォームを覚えることができたので、忘れないうちに何度も素振りしておく。赤也くんが背中から離れて安心したのか私の心はオープンになっていた。

「ありがとね、赤也くん!」
「………」
「どうした…?」
「い、いや…どういたしまして」

赤也くん、照れてるんだな。まったくかわいい奴め。

それから新フォームを馴染ませるために赤也くんと打ち合い、夕方頃にストテニ場を出た。


「ちょっと早いけど夕飯にしようか」
「よっしゃ!」

前日に焼き肉を食べにいくと約束していたので赤也くんは今にもスキップをしそうなくらい幸せオーラが伝わってきた。

かわいい。母性本能がくすぐられるとはこういうことを言うのだろうか。なんか撫でたい。

「…って、また撫でてる!」
「しまった。手が勝手に」
「髪、汗で濡れてますよ」
「帰ったらメリットしようか」
「どこの弱酸性家族っすか!」

またそっぽを向かれてしまったけれど撫でる手を振り払ってこないので構わずなで続けた。ムツゴロウさんになった気分だった。

焼肉屋に入店すると懐かしい顔が目にはいる。
見間違いかと思ったけど、いや見間違いであってほしかったんだけど、その店員さんは私に気づいてしまったようでにこやかに近づいてきた。

普段は会わないのに、どうして赤也くんといるときに会っちゃうかな。

「丸井じゃん!久しぶりだなー」
「ご、後藤くん、ここら辺に住んでるの?」
「おー。俺一人暮らし始めたからな。で、丸井は?」
「私もここで一人暮らしを」
「違うって!お前、デートに焼肉屋はねーよ」
「でっ!!ち、違う!違うよ!」
「え?だってそちらさん和人くんじゃないでしょ?」
「え、えと、そのですね、彼は…し、親戚!親戚の子でさー!」
「ふーん…どっかで見たことあると思ったけど和人くんの面影があるからかな?」
「うん、うん、そうかも!」
「そっかー。じゃあ二名様ご案内しまーす」

…よかった、馬鹿で。

「なんか言ったか?」
「え、い、言ってない」

後藤くんの案内が終わるまでひきつった笑みしか出来なかった。

席についてメニューを置いた後藤くんが無駄に爽やかな笑顔で「ごゆっくり」と言ってキッチンに引っ込んだ。それを確認して、膨大にため息をついた。

やっと力が抜けられる。

「危なかった…」
「今のは?」
「高校のとき一緒のクラスだった後藤くん。まさかここで会うとは思わなかったよ…」
「へえ〜…で、俺親戚ってことになるんすか?」
「と、咄嗟にでちゃったの。バレなきゃいいだけだから。うん」
「そう言うなまえさんがボロ出さないでくださいよ〜?」
「う、気を付けるね。じゃあそろそろ頼もう!」
「待ってました!」
「好きなの頼んでいいからね」

今にもよだれが垂れそうなほど口元を弛ませてメニューを見る赤也くん。

頼んだのは見るだけで胸焼けを起こしそうな量だった。育ち盛りは伊達じゃない…!
注文を受けにきた後藤くんも、次々と赤也くんの口から出てくるメニューの名前に唖然としていたし…。

ちょっと懐が心配になった。

しかし好きなのを頼んでいいと言った手前、やっぱナシとは言えるはずもなく、まあ今日ぐらいはいいか、と嬉しそうにする赤也くんを見て思ったのだった。

***

「もーらい!」
「あ!最後に食べようと思って残してたやつー!!」
「へっへー!なまえさん、この世界は弱肉強食なんすよ!」
「肉の世界をわかってたまるかー!おいしい肉があれば十分だー!でもお腹回りの肉はいらないー!」
「なまえさんくらいのはちょうどいい柔らかさだと思いますけど」
「そ、うかな…ん?いつさわった?」
「え…あ!!いや、さ、さわったっつーか、触れたっつーか…!さっき打つフォーム教えたときにちょっと…!」

な、なんだと。

出会って間もない子に私の贅肉事情を知られてしまった。
恥ずかしさやら申し訳ない気持ちやら複雑な心境で黙る。黙るしかない。
それが悪かったのか赤也くんは青ざめたり赤くなったり表情をころころ変えていてまた申し訳なくなった。

「とりあえずこの話はなかったことにしようそれがいい」
「すんません…」
「過ぎたことは気にしない!ほらおいしいお肉萎びちゃうよ」

お肉を金網に乗せられるだけ乗せ、いい具合に焼けたお肉を赤也くんのお皿に乗っけた。

そこでふと思い付く。

「くすぐりの刑とかいいかも」
「えええ気にしないんじゃなかったんすかー!?」



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テーマ「人外ファンタジー」
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