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有名なスポーツ漫画の登場人物、切原赤也くんが我が家に住むことになった。理解しがたく複雑怪奇な出来事だったが、住むならば彼の日用品は揃えておきたいと思うのね。

そのため、私たちは近くの大型スーパーまで買い物に来ているところである。
調べて知ったのだが切原くんはキャラクターの中でも人気らしく、制服姿のまま外出させればわかる人には注目の的だろう。あの目立つ黄色のジャージじゃなかっただけ救われたが。

実家に行けば弟の服を借りられただろうが一人暮らしの身には男の子用の服がなかったため、切原くんには制服姿のまま来てもらっている。

最優先すべきは洋服。目立たないように大型スーパーに来たのだが夏休みもあってか人の波が半端ない。
いつもの倍以上かけてたどり着いたファッションフロアで適当に服を選んでもらい、試着ついでに購入。ちなみにブイネックTシャツと七分丈のズボンを選んでた。制服は袋に詰め込んだ。
店員さんの受け答えも普通だったしここまでバレた形跡はなし。よし。

「はあああ〜…なんとかミッションクリア」
「あの緊張感がなんともいえねぇなあ。スリルがあるっていうか!」
「そうだね…もう体感したくないね…」

一応本人には目立った行動はするなと言っておいたんだけど、周りにバレないように進んでたらこの子ノリノリになってきて逆に目立ってたんだよね。変な汗かいたわ。
でもよかった、見つからなくて…。

「俺の服なのに買ってもらっちゃっていいんすか?」
「細かいこと気にしなくていいよ。それよりまだ買うものあるから急ごう。洋服買ったからって安心できないから!」

次は下着!そう言ったら切原くんに声のトーン落とせと怒られてしまった。赤い顔して言われてもね。

下着売り場では私の顔を見ては反らし、の繰り返しで妙に落ち着きがなかったからお金を渡して買ってきてもらった。
そうだよね、今日知り合った、しかも女に下着買うところを見られたくはないよね。
反省しつつ近くの雑貨売り場をうろつくことにした。

「あんま動じてなかったっすけど男の下着とか見慣れてるんすか?」
「弟がね、パンツ一丁で家のなか歩き回るから、それでかも」
「ふーん」
「怒っても聞かないんだよねー」
「弟ってそんなもんっすよ」
「切原くんは末っ子?」
「そっす。姉貴が一人」
「やっぱりね」
「えっ何がやっぱりなんすか?」
「切原くんはなんかこう、頭撫でたくなるから」
「へ」

私より数センチ高い切原くんの頭を言葉の通り撫でる。髪の毛はいい感じにふわふわしてた。パーマネントすごい。

私に撫でられるがままだったが、固まっていた切原くんの顔は徐々に赤みを増してきていて、私の手を振り払い慌て出した。

「な、なにしてんだ!」
「スキンシップ」
「…子供扱いしないでくださいよ」
「弟みたいでかわいくてついねー」
「かわいいって…あんたな…」

不服そうにふてくされる切原くん。そういう反応がかわいいんだよ。

それから日用品を買い漁り、一通り揃えたところで買い忘れがないか確認。
両手には紙袋やなんやで塞がっていたから休憩したかったけれどばれないように迅速な行動が求められているから我慢。
そこでふと浮かんだ疑問を切原くんにぶつけてみた。

「携帯とか持ってないの?」
「ああ、あります」
「家族とか先輩に連絡してみた?」
「!」

なにその今気付きましたって顔。本気で君のこと心配になってきたよ。

袋から制服を掘り起こして携帯を取り出すと慣れた手つきでボタンを押し耳に添える。それも、何回も。

「……だめだ、繋がんねえ」
「無理か…」
「圏外だしこっちじゃ使えねーのかも」

落胆する切原くん。電波は通じなくても帰れる可能性はゼロじゃない。しかし確証がない。
無力な自分に嫌気が差す。方法を探そうって言ったのは自分なのに、口先だけの奴にはなりたくなくて、自然と目線が下がってしまっていた。

「あんたが落ち込むことないっすよ」
「…うん…方法、すぐには思い付かないね」
「まあ俺はゆっくりでも嬉しいけど。補習めんどくせーし帰ると姉貴がうるさいし」
「そ、そうなんだ」

そんな簡単に割りきれる切原くんがすごい。

「補習って何の教科?」
「…英語」
「英語か。私家庭教師のバイトしてるから教え方には自信があるよ。どう?」
「うげっいや、いい!やんなくていいっすから!」
「いやー残念だなー」
「…絶対楽しんでるだろ」

じと目で睨まれたが華麗なるスルースキルで受け流した。

今言った通りだが、私は家庭教師のアルバイトをしている。中学生の生徒を受け持っていて、週2日で英語を教えているのだ。切原くんも中学生だから同い年かな?
年上の私をからかったりする活発な男の子だけど中学生特有のかわいさもあったりする。

生徒の家に家庭教師の仕事として訪問するのは大変と思われがちだが私は苦とは思わない。むしろその週2日が楽しみで毎日頑張っている。お給料がいいのもあるけど、何より休憩時間に出されるおやつが毎回舌鼓を打つほどの絶品なのだ。
生徒さんのお母さまはほんわかしていて優しい人で、この子を受け持つことになってよかったと心のそこから思った。もちろんお腹回りが変化するけどそこは気付かないふりで…!

誤解されがちだけどおやつだけ目的にしているわけではないからね!
ああ、思い出したら涎が分泌されてきてしまった。

「そういや俺たち漫画になってるらしいけど、丸井さん持ってないの?」
「友達が持ってただけで私は持ってないや」
「なーんだ」
「その子切原くんのいる学校が好きだって言ってたよ」
「当然!丸井さんも立海っすよね?」
「そう、だね…親近感わくし」

友達の影響もあるが私はそもそも知識が乏しいためせいぜい主人公と眼鏡のいる青学、丸井ブン太と真田幸村と立海大しか知らないけど。
鼻を高く誇らしげにする切原くんはきっとテニスが大好きなんだろうな。そう思ってしまうほど、自信に満ち溢れていた。

買い忘れがないことを確認してからスーパーの外に出る。むわっとした空気が肌にまとわりついた。

「案外ばれないもんなんだね」
「悲しいような、嬉しいような…?」
「切原くんは普通にいそうな外見だからだよ、きっと。だから胸を張りなさい少年」
「うーん…」

意味は違えど有名人。もし私がその立場だったら気づいてほしい気持ちと気付かないでほしい気持ちで葛藤することだろう。

切原くんを宥めつつ帰路に着いた。



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