01



今年大学にあがった私は新しい生活に胸を弾ませていた。

実家を離れての一人暮らし。都会のマンションの一室。小さい頃からの夢ではあったけど、実際に生活してみるとホームシックになったり物足りなさを感じたり。
でも、それ以上に自分が親に頼らず生活をしていくうちに、大人の階段を上っているんだと実感しやる気が沸き立つこと沸き立つこと。

前期の授業が全て終わり、単位も無事に取れて待ちに待った夏休みが訪れた。

訪れた…はずだ。

「………」
「………」

リビングに神妙な顔をして座っている男女。女は私。男は謎。

中学や高校と違って長い夏休みに胸を踊らせていた矢先だ。この男(少年?)が現れたのは。

時間は遡り数時間前。
珍しく休日に早起きをし洗濯物を干していれば、インターホンが鳴った。

また新聞社の勧誘か…一人暮らしの若い女ってだけでしつこく勧誘されるんだよね…。と少しテンションが下がる。

しかしドアを開けた瞬間飛び込んできた人物は私が想像していたものとはまったく違い、幼さの残る顔立ちの訪問者は私と同じタイミングで固まった。

ようやく出た言葉は「うちに何か用ですか」。
こんな少年、知り合いにいない。どっかで見たことはあるが、どこで見たのかはなかなか思い出せず。制服を着ているから学生ではあるらしいが。
しかも髪型がなんか…泳いでる。…パーマネントなのかな。

誰だっけと頭を捻っていると、少年は控えめに「助けてください」と一言。
そこで変質者に追われているのかという仮説が浮かんだ私はすぐさま少年を部屋に上げた。変質者も朝っぱらからご苦労なこって。

椅子に座らせて麦茶を出して上げた。私は正面に座り、どうしたのか話せる範囲で教えてほしいと言った。
少年はほっとしたような表情になり、ぽつぽつ話してくれた。

「ちょっと混乱してるんすけど…」
「ゆっくりでいいからね」

少年は険しい表情になった。

「ここ、丸井さん家っすよね?」
「あ、うん。私丸井です」
「丸井先輩に女兄弟なんていたっけか…」
「?」

ぶつぶつ呟く少年。はてなマークを浮かべるしかない私は次の言葉を待った。

「丸井ブン太って知ってます?」
「ブン太…?知らない、けど…」
「そっ、すか…」

目線を下げた少年は眉間に皺を寄せて何か思案しているようだった。私は何か間違ったことでも言ってしまったのだろうか。
ブン太…お父さんでも弟の名前でもないし何とも言えない。

私が仮説を立てた変質者云々はどうも外れたらしく、この少年は丸井ブン太という人を探すために私、丸井なまえ宅まで来たということらしい。今の話から推測するにね。

でもなんか引っ掛かってるんだよね。丸井ブン太、どっかで聞いたことあるんだけど…どこだっけ。どこか身近な場所でな〜…うーん…。

「…ん?君がその丸井ブン太って人を探してるだけだとすれば、開口一番の助けてくださいはどういう意味?」
「あーそれは…えっと…」
「うん」
「……現実離れしてるんで信じないんじゃないすか?」
「うーん、わかることがあるかもしれないし、私ももしかしたら力になれることがあるかもしれないから言ってみて損はないとって丸井ブン太!!丸井ブン太!?」
「!?」

大声が出てしまい少年を驚かせてしまったが今一気に来たぞ丸井ブン太!なんて微妙なところで思い出すかな!

そう、思い出したのだこの少年が探し求めている人物を!
しかし、解せない点がある。

「知ってるんすか!?」
「え、う、うん…何て言うか…現実離れしてるけど…」
「そっちも?」
「うん…丸井ブン太ってさ、テニス、してないよね…?」

それは丸井ブン太という人物は漫画のキャラクターでしか知らないため、二次元と三次元を跨いでしまっているのであれば、それこそ現実離れしているとしか言い様がないのだ。

私がおそるおそる出した質問に少年は目を見開く。
お願いだ、していないと言ってくれ。丸井ブン太違いだと言ってくれ!

「してる!してます!」

こればかりは我が耳を疑った…。
少年の喜びようを見たら信じるしかなさそうだけど…。後ろに無数の花が咲いてるの見えるし。

「君もテニスしてるの…?」
「もちろんっす!立海大のエースっつったら俺のことっすから!」

ああ確定だ。あの漫画だ。どういうことなの。

全身から力が抜けていくのを感じて椅子にもたれ掛かる。まだ信じられない。けど、友人から見せてもらったテニス漫画に丸井ブン太は確実にいたし、この少年もいた。…と思う。

友人に主人公のいる学校じゃなくてライバル校の立海大が好きだって耳にタコ出来るくらい聞かされてたから嫌でも覚えていた。制服姿っていうのはやけに新鮮だが。あれほとんどジャージだもんね、着てるの。

「丸井ブン太っていつもガム食べてて髪の毛赤いよね?」
「なんだ知ってるんじゃないすかー。もちろん俺のことも知ってますよね?」
「…えーと…真田幸村…?」
「………」

少年は一気に落ち込んだ。前に乗り出していた体を椅子に預けて。心なしか怯えているようにも見えるけど…、あれ、いなかったっけ真田幸村って。正直丸井ブン太以外戦国武将と同じ名前のキャラがいたなーくらいしか覚えてないんだ。ごめんよ少年。

「なんで丸井先輩は知ってて俺のこと知らないんすか」
「丸井って名字一緒だったから覚えやすくて…ごめんね」
「もーいーっすよ…切原赤也ですー…」
「き、切原くんね、切原くん。よし覚えた!」

それでも不貞腐れた切原くんはむすっとしていた。見た目とは違ってナイーブなのね切原くん!
ごめんね戻ってきてー!

本人登場サプライズがあるならめんどくさがらずに漫画読んでおけば良かったかな。

じゃなくて!暢気にそんなこと思ってる場合じゃないよ。本当に、本当にこの少年が切原赤也だとしたら、この世界と彼の世界が繋がってしまったことになる。そうじゃないとご本人が出現するはずがない。
そんなことあり得るのー!?

「えと、切原くんの家は…」
「…道がわからなかったんすよ」
「あ、だから丸井って名字の私ん家に来たんだ」
「そっすね。丸井先輩じゃなかったっすけど」

切原くんはガッカリしたようにため息をつく。
私は心のなかで何度も謝った。紛らわしくてすみませんと。

「住所教えてくれれば送ることできるけど」
「まじ!?」
「ああ、うん。嫌じゃなければ」
「お願いします!実は今日補習で学校行かなきゃいけなかったんすよ〜へへ」
「補習か…懐かしい響きだ」

戻れるならば中学時代に戻ってまた青春を味わいたいけど勉強はしたくないよねー。

「そういやおねーさんの名前は?」
「丸井です」
「知ってるよ名前だよ」
「なまえです。行き先は学校?」
「うっす。立海で」
「…わかった」

立海…あるのかな。少なくとも昨日までは見たことも聞いたこともなかったけど…。

よし、ググってみるか。
パソコンを立ち上げてすぐにインターネットを開く。検索欄に切原くんに聞いた立海大附属中学校と正式名称を打ち、ッターンとエンターキーを押してみた。

普通ならば学校名を検索すれば一番上に学校ホームページが出てくるはずだが、立海は学校ホームページが出てくることはなく、切原くんの出ている漫画のページがずらっと出てくるだけだった。
予想はしていたことだが、これでこの世界に立海という学校は存在しないことがわかった。

それじゃあ、切原くんの存在意義はどうなる。彼はもともと漫画の住人なんだからここに現れるのはおかしい。非現実だ。

漫画を引き立てるキャラクターが三次元に現れてしまった以上、ファンは絶対に気付くだろうし安易に外へつれてはいけない。
本当か否か本人に聞くのが一番なんだろうけど検索結果を横で見ていた彼の反応を見れば一目でわかる。
彼にとっては信じられない光景なんだ、この結果は。

「嘘だろ…俺たちが漫画…?」
「…切原くん…」

何度検索し直しても答えは変わらなかった。
俯いて震える切原くんになんて声を掛けたらいいのかわからず、私の手は空を泳ぐ。

「嘘だ…だって俺はここにいて…!」
「………」
「嘘だよな、え、これほんとマジなのか…?」
「………?」
「うわ、マジだ!越前リョーマだ!うっわすっげ!信じらんねー!ははは!」
「………はい?」

とうとう頭がおかしくなってしまったのかと思ったよ。
え?ショック受けてんじゃないの切原くん。

目が点になるとはこういうことか。
私からマウスを奪って漫画のページを興味津々に見ている切原くんはそりゃもう楽しそうだった。
その姿を脳に受信できなかった私はしばらく一人で盛り上がる彼を眺めるしかなかった。

「つか越前リョーマが主人公かよ!俺じゃねえのか〜」
「いや、いやいやいや切原くん、君はもう少し慌てる立場っていうか、ショックを受ける場所っていうか…」
「…やべ!学校ないんじゃ行けないじゃん!副部長に何発鉄拳打たれんのかわかんねえぞ…!」
「そこ!?家の心配とかしないの!?」

そう言えば、頭を抱えていた切原くんはキョトンとした顔になり、意味を理解した彼はみるみるうちに真っ青になっていった。

またしても素晴らしき検索機能の地図を選択しで住所を入力。
入力に間違いがないことを確認し、検索。

「………」

結果はやはりというか、そのような市名は存在していないらしくエラーが出てしまった。
切原くんは画面を食い入るように見つめていたが視線の先は変わることがなく。

「帰る家…ないみたいっす、俺」

ようやく現実味が沸いてきたのか先程までの勢いがなくなってしまい、目を伏せて乾いた笑いをこぼす。

「でも、調べたおかげで理解したかも。俺気付いたらこの部屋の目の前にいたんすよ」
「え…」
「信じらんないでしょ?ここに来るまでの記憶も思い出せねえしここの表札丸井って書いてあったし…丸井先輩ってマンションだったっけ?って思いながらインターホン押したんだ」
「…」
「でも思ってた人とはちがくて、咄嗟に出たのが助けてくださいで…あー意味わかんねー!」

もう頭ショート寸前だあああ。切原くんは床にごろごろ転がった。

…私は切原くんが言ったことに嘘はないって思うし、帰る家がないのなら尚更放ってはおけない。
季節は夏。それも夏休み期間に起こってくれたのは幸運だが…。

私の名字が丸井なのも、彼がここに現れたのも何かの縁だ。

日本人のスキル、お人好し。ここに発動する!

「切原くんの言ってること信じるよ。だから、無事に帰れる方法を一緒に探そう」
「え…?」
「帰る家がないんじゃここにいればいい。警察に相談するよりはずっとマシだと思うよ。どうかな?」
「丸井さん…今あなたが神に見えます」

立ち上がった切原くんは私の両手を取ってぶんぶん振った。

我ながら順応能力高いなあ…。これも友達の妄想に付き合ってたおかげかな?

「本当にいいんすか?」
「うん。私にできることなら協力するから!」
「ありがとうございます!この年でホームレスになってたかと思うと…マジでありがとうございますー!」
「困ってたらお互い様だよ。いろいろ不便だろうけど、よろしくね」
「お世話になります!」

こうして私と切原少年の奇妙な夏休みが始まったのである。



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