07



赤也くんはボールが変型するのではないかというくらい力を込めて握っていた。じゃないとミシミシ音が聞こえるはずない。

「お、おいこいつやべーよ」
「何。逃げんの。潰すよあんたら」

団体さんが赤也くんの尋常じゃない雰囲気に恐怖を抱き逃げようとする。
赤也くんの唇がにやりと弧を描き、赤く染まった目で周囲を見回す。
それを見た数人はテニスコートから走り去り、勇敢なのか命知らずなのか私に声をかけた男性二人はラケットを盾にして冷や汗を流していた。

止めないと誰かしら殺られる。

そんな予感がしてしまうほど赤也くんは狂気に染まっている。なにがどうして赤也くんは赤目モードになってしまったのか。
いざ目の当たりにすると迫力がありすぎて身がすくむ。

「あ、赤也くん、ストップ……」

…ええい!私が怯んでどうする!

男性二人は戦意喪失なのだ。私が赤也くんを止めなければ誰がこの子を鎮めさせるのか!

「赤也くん!」

大きく名前を呼ぶけれど、赤也くんはぴくりと反応するだけで目もあわせてくれない。
それどころかサーブを打つ構えになり、またあのサーブが飛んでくるのだと思ったら頭で考えるよりも先に体が動いていた。

自分のラケットを両手で持ち、赤也くんが振りかぶると同時に私はラケットをフルスイング。
失敗したら至近距離で顔面強打のリスク。しかし咄嗟に思い付いたのがこれしかなかったのだ。

ガン!とぶつかる音がして、腕には電流が走るような衝撃が伝わってきた。

つばぜり合いのようにラケットを交差させたポーズで固まるが、赤也くんは目を見開いてラケットを放した。

私もみんなの無事を確認すると安堵してラケットを落とした。すごい力だった。腕に力が入らない。
どうやらナックルサーブを止めることは出来たらしい。

「…なまえさ」
「えい」

私はぴりぴりする指で赤也くんの額にでこぴんをした。

「ってぇ…!」

額を押さえ悶絶する赤也くんが顔を上げるまで待つ。

でこぴんをしたあとでキレられるかと思ったけどその心配はなさそう。
赤目は治っていた。
涙目でこちらを睨み付ける姿は弟を彷彿とさせる。

「落ち着いた?」
「落ち着くもなにも、危ないじゃないっすか!いきなり出てこないでくださいよ!」
「ナックルサーブってどこに跳ねるかわからないんでしょ?私が赤也くんを止めても止めなくても危なかったことには変わりなかったよ」
「…そうっすけど…出てこられた時には心臓とまるかと思いました」
「私もひやひやしたんだよ。名前呼んでも反応しないしで」
「なまえさん、あん時変なのに絡まれてたから…」

そのあとごにょごにょと言っていて聞こえなかったが辛うじてワカメと口が動くのは見えたので、あの鶏冠が言ったワカメというNGワードが聞こえてしまっていたんだな。とこのときばかりは赤也くんの地獄耳を恨んだ。

「とにかくなまえさんが無事でよかった…」
「それはこっちの台詞だよ。もしあの人たちが警察なんか呼びに行ってたらややこしくなってたかもしれないし…」
「すいませんでした…」

しゅんとする赤也くんの頭を撫でる。
今日は嫌がられなかった。
でも本当によかった、大事に至らなくて。

「っていうかあいつらいなくなってますよ」

本当だ。いつの間にか鶏冠と屈強な男性もいなくなっていて、テニスコートはすっからかんになっている。

「…騒ぎを聞き付けて人が来るかもしれないし、移動しようか」
「はい」

荷物をまとめているとき、歪んだラケットを見て落ち込んだ赤也くん。
ぶつかったときに曲がっちゃったんだ。でも赤也くんが落ち込む必用はない。ラケットを剣のように扱った私が悪いんだしね。

近いうちに買いにいかないとな。



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