本日はバレンタイン。恋する乙女が意中の男子に想いを告げる日でもある。…なんだけど、これはいったいどういうことなの?
「ね、ねえ、なまえそれ何?」
「そんなの私が聞きたい」
上履きに履き替えるためロッカーを開くと中から滝のように降ってきた可愛くラッピングされた袋たち。50個は軽く超えている。中には美味しそうなチョコレートやクッキーが詰め込まれていた。大量に落ちたにも関わらず、ロッカーにはまだたくさんの袋が押し込まれている。思わず感嘆の息が漏れた。ここまでやるってすげえよ。
「みょうじさんモテモテだね。俺といい勝負だよ」
珍しくあっはっはと笑う幸村くんには言われたくない。あなたが提げている紙袋の数も尋常じゃないじゃないすか。しかし忘れてはならないのが、私はれっきとした女だということだ。外国では男性から女性にという風習もあるらしいが、日本は一般的に女の子が男の子にチョコレートを上げるイベントじゃなかったっけか。幸村くん遠回しに私を男扱いしてないかい…。
悲しくなりながらも落ちた一組を拾い上げる。
「誰からだろう…物好きだな、もう…」
じっくり観察してから上履きそっちのけでロッカーを漁っていれば、袋の種類からして同一人物だという仮設を組み上げた。同じ袋ばっかりだしチョコレートやクッキーも手作りなのか全部同じように見える。材料費も馬鹿にならないでしょうに…!それにしても美味しそうなチョコレートだなあ。いい匂いも香ってくるし。
1つ1つ確認していきたいところだけど、ホームルームが始まるチャイムが鳴り響いたのでしかたなく席に向かった。ロッカーをしめる際に全部入らなかったから仕方なくいくつか手元に持ってきて机に並べてみたんだけど差出人とか書いてないんだよねこれが。これでホワイトデー三倍返しとか言われたら死ぬわ。財布が。
うーん…隣のロッカーと間違えたってこともあり得るだろうしな…。なんか不気味になってくる。
担任の話を聞き流しながらチョコレートの差出人について考えを巡らせる。きっと女の子、だよね…男の子でこんな可愛いハート型チョコレートを作るのはちょっと想像つかないし…。でも逆に女の子同士の恋愛も勘弁したいなあ、なんて。ははは。…笑い事じゃないな。
「犯人はわかった?」
「まったくわからない!」
うんうん唸って袋を睨み付けたところで誰のかはわからない。若干笑ってる幸村くんはそんな私を笑いに来たに違いない。
…よし。ここは意を決して。
「……いただきます」
「食べるの?」
「うん。誰かからはわからないけど、折角作ってくれたんだから、味わって食べたい」
「ふーん」
一口サイズのチョコレートたちは早く食べてとでも言うようにいい香りを匂わせてくる。ホワイトチョコだったりストロベリーチョコだったり、彩りも豊かだ。
まずは普通のハート型チョコレートを1つ取って口に運んだ。
口の中でとろける甘いチョコに、感動して舌鼓を打つ。
「幸村くんこれすごい美味しいよ!これ作った子天才だよ!はい1つあげる!」
「俺が食べたら駄目だろ」
「なんで?」
「作った奴はみょうじさんのために作ったんだから」
幸村くん…まともだ。
「でもさ、これ一歩間違えれば嫌がらせだよね」
「そうなんじゃない?」
「………」
どっちだよ。綺麗な顔して容赦ないよな幸村くんって。
その一言は私の心を傷つけるのに抜群な効果で、チョコの美味しさに興奮していた熱も冷めてしまった。けれど、美味いものは美味い。テンションは下がったものの手を休める暇もなくチョコをつまんでいた。
「太るよ」
「…わ、わかってるっ」
ううう、ダイエット覚悟で食べきらなきゃ…。
「……あれ?」
一袋完食し、次の袋を手に取るとチョコに混ざって紙切れが入っていることに気がついた。しかもチョコが一個しか入っていない。もしやメッセージか!?と思い素早い動きで紙切れを掴み取る。緊張する手でおそるおそる二つ折りの紙を開いてみると。
「…“お”?」
そこには“お”の一文字しか書かれていなかったのである。これには目が点になった。期待していた分、気分が落ちるスピードも早かった。
「はあ…やっぱり嫌がらせなのかな…」
「ふふふ、ロッカーに残ってるチョコも確認してみなよ」
「…幸村くん、なんか企んでない?」
「心外だなあ。俺は親切心で言ってあげてるんだよ」
「…?」
幸村くんの言葉に引っ掛かりを覚えつつも、彼の言う通り残りのチョコも確認していくことにした。授業の開始チャイムが鳴ったが、幸運なことに先生が来る気配がないので確認する手を急がせた。
「あ!」
見つけた。他にも紙切れが入った袋を見つけたのだ。そしてその中に入っているチョコの数は3つ。他のチョコやクッキーは均等に入ってるのだが、紙切れが入っている袋だけ数が違う。…これは何かのヒントかな…怪しい。
紙切れに書いてあった文字は“じ”で、謎解きが大好きな私には思ってもない挑戦状だった。
それから全てを確認し終え、紙切れの入った袋は計5個集まった。面白いことにチョコの数も1から5個まで一袋ずつに入っていた。さてここからが推理力の見せどころ。
もし、チョコの数の少ない順に文字を並べるとすれば…。
うん、ビンゴ!なんだ、意外と簡単だったな。
「“おくじょう”…?屋上に行けばいいのかな」
好奇心に勝てるはずもなく、休み時間を告げるチャイムと同時に屋上へ向かった。
雲一つない快晴の空気はそれはもうおいしいもので、深呼吸をして背伸びをしてからフェンス横のベンチに目を向ける。そこにはぽかぽかする陽光を浴びている生徒が一人空を見上げていた。太陽のような、真っ赤な髪だなあと思った。
ふと此方と視線が絡み、くりくりした紫色の瞳を見開いた彼は途端に顔を染め上げおどおどしだした。
なんだなんだ、その乙女な反応は。かわいい顔立ちをしているけど男としてどうなんだろう。あ、今話題のオトメンかな。
そう思った矢先、彼から衝撃的な一言が飛び出してきたのである。
「す、好きです!」
青空の下で
(お友達から、どう、ですか)
(え、はい…そうですね…?)
(ふふ、丸井うまくいったかなあ)