「いらっしゃいませ!」
様々な騒音が交差する駅前のとあるケーキ屋。そこでアルバイトをしている私は、本日クリスマスも昼から出勤し閉店時間までシフトを組まれるという仕事三昧な1日である。
人手が足りないのもあるが、夜7時を回る頃には駅前は会社帰りのサラリーマンやカップルで賑わい、もちろんケーキ屋にも人の行列が出来てしまっていた。
「ありがとうございました!」
箱にケーキを詰めて会計を済ませば次のお客さんに注文を急かされる。よって手を休める暇もなく私を含めたアルバイターは真冬だというのに額にうっすらと汗を滲ませていた。それでも営業スマイルはお手のものだ。
ケーキ屋から見えるイルミネーションはベストショットなのだが、こんなに忙しいとなんも感動しないというか逆に切なくなる。さらにそのイルミネーションの近くでツーショットを撮るカップルを見るとさらに切なくなるのだ。私にも彼氏がいれば今頃は…。ちょっとケーキ屋の場所考えてほしかったよね…。
ため息をつきたくなるレベルだけれど、この忙しさが寂しい心を埋めてくれた。そうよ私は働きウーマンなんだから…!
仕事に熱中すると時間の流れは早く感じるもので、怒涛のラッシュも去った。それでも通常よりはお客さんが多いので、調理師さんも奥で忙しなくケーキを作っていた。
お次のお客様どうぞ、そう言えば、お客さんはじーっと私を見つめてきた。顔に何かついてるのかと不安になって咳をするふりをして口元を確認してみたが、何もなかった。
なんだろう、変な人だなあ。と首をかしげもう一度「ご注文どうぞ」と声をかければ、お客様は何か閃いたあと表情を驚きの色に変えて。
「…みょうじちゃん?」
懐かしい声だった。
唯一苗字にちゃん付けをしてきた男の子。中学の頃は何かと席が近くになることも多く、たくさん話をする仲だったけど、高校は進路が別れたのもあってかれこれ3年は会っていなかった。ミルクティー色の艶やかな髪は今でも健在で、雰囲気が大人っぽくなっていた。そんなお客様が白石くんと気がつくまであまり時間はかからなかったのである。
「白石くん!うわあ全然気づかなかったよ、さらにかっこよくなったね」
「おだてても何も出えへんよ。みょうじちゃんも可愛くなったんちゃう?」
「そうだったら嬉しいんだけどねー。残念なことにこの有り様です」
「そんなことあらへんてー」
「いやいやあるんですー」
あはは、と笑い合えば懐かしい中学時代の記憶が蘇る。白石くんはテニス部の部長ということもあって、素人の私から見てもすごくテニスが上手かった。さらにはイケてるメンズときたものだから恋の噂も尽きない所謂モテ男というもので。まあ本人は誰とも付き合わずに卒業したんだけれども。噂ってこわいよね。
逆に私は地味なほうで得意なことも才能もなかったから、白石くんと仲が良いことに友達全員が不思議がっていた。その頃はこれが普通だと思っていたけど、思い返してみれば、四天宝寺の王子様と呼ばれていた彼と喋っていたなんて勇気いることしてたなあ私。
ああ、そっか、白石くんと喋りすぎたから一生分の恋愛運というか対人運を使ってしまったのかもしれないな。別に私たちは恋人ではなく友達だったんだけどね。
「前からここでバイトしてるん?」
「うん。高1からずっと」
「なんやそんなら早く来とればよかったわ!」
「あ、でもね、あの子ーえっと白石くんの後輩だった子がたまにだけど買いに来るよ」
「…財前?」
「そんな名前だったかな。なんか私のこと覚えてるみたいでねー、挨拶してくれるんだ」
「ふーん…、なんだかんだ礼儀はなっとるからなぁあいつ」
懐かしむように思い出に浸る白石くん。そんな姿でさえもかっこよくて、女の子が目を奪われるのも仕方ないなあと思った。
「じゃあケーキ買うわー」
「はーい」
「みょうじちゃんは今日何時上がり?」
「10時だよ」
「そか。じゃあショートケーキ2つ」
「かしこまりましたー」
てきぱきとケーキを崩さないように箱に詰める。てっきり家族全員分買うのかと思っていたけど、2つということはあれしかないね、彼女と食べるんだね白石くん!そんなことも気づかずに白石くんと長話してしまって彼女さんには申し訳ないことをしてしまった。
最後に箱をクリスマス用のリボンで飾り付け、完成。
「どうぞ」
「おおきに。…あんなみょうじちゃん、俺、家帰っても今日一人やねん。寂しいやろ?」
「え?だってケーキ2つ」
「ほんまは謙也と野郎二人パーティーする予定だったんやけど、謙也に彼女ができてもうて」
「ええ!?忍足くんおめでとう!」
「あはは、伝えとくわ。でな、親は旅行行くわ姉ちゃんと友香里は友達ん家泊まるわで俺寂しいねん」
言ってることとは裏腹ににこにこと輝かしい笑顔を送ってくる白石くん。
「…えっと?」
「せやから…、あーもう!恋人いない同士クリスマスパーティーでも開こうっちゅー話や!」
「あ、それ忍足くんの口癖!」
「よお覚えとるなあ!ってちゃうねん!じゅ、10時!10時におまえ予約やからな!」
「あ、う、うん?」
「また迎え来るから」
珍しく頬を染めた白石くんはそう言い残して走り去ってしまった。ううん、あんな顔した白石くん、初めて見た。
正直嬉しさで胸がいっぱいなんだけど、こちらまで照れてしまい石よろしくぴしりと固まってしまったのだった。
「あの子なまえちゃんの彼氏さん?かっこいいねえ」
「い、いえ違いますよ!普通に友達で」
「誤魔化さなくていいのにー!なまえちゃん、今日は頑張ってくれたから特別に9時上がりに変更ね。早く行って彼氏さん驚かしてきなよ」
「………はいっ!」
店長の好意に深く感謝し、9時ぴったりに店を出て曖昧な記憶を頼りに白石宅へ全速力で走った。
驚く白石くんとケーキが出迎えてくれるまで、あと少し。
「白石くんっ!」
「みょうじちゃん!?」
「あのね、私、イルミネーション背景に恋人と一緒に撮るのが夢だったんだ!」