数学が大の苦手でテストでは毎回赤点常習犯な私は以前、隣の席だった忍足くんに数学を教えてもらったことがある。数学が得意科目の忍足くんは私がなかなか理解出来なかったところも親切に教えてくれた。ノートを見せてもらったこともあるが、乱雑に書かれた字は所々読めなかったけど、要点がしっかりまとめられていて、先生よりもわかりやすかったのを覚えている。

そのおかげで私は数学のテストで満点を取るまでに成長したのだ。先生にはしつこいくらいに褒められたけど軽くあしらって忍足くんと喜んだ。だって数学の先生セクハラ教師だって噂だからあまり近づきたくないんだ。だけどテストが終わってから、忍足くんとはあまり話さなくなってしまった。何か話そうにも話題がなく次第に忍足くんとの距離が離れてしまったのだ。

私はなんとしてでもあの時のお礼をしたかった。子供が苦手なにんじんを食べれるようになったときみたいに、私は数学嫌いを克服したのだ。だからありがとうの気持ちを込めて、チョコレートを作ってきたのである。ちょうどこの日はバレンタインデー。きっと女子も目当ての男子へ我先にと必死になると思う。それを狙ってどさくさに紛れて渡せばいけるはずだ。

クラスは同じなのに、バレンタインだからか神経質になっていつも以上にぴりぴりする空気が私と忍足くんの間にバリアを張って邪魔をする。謎のプレッシャーに押し潰されそうだ。

何度か足を踏み出そうとしたものの、とうとう放課後になってしまった。忍足くんは部活のため部長の白石くんと一緒に教室を出ていってしまう。チャンスは今しかない。

忍足くんを追いかけて教室を出た。しかし、偶然にもここを通りかかった数学教師に道を阻まれてしまった。現れるタイミングが悪い先生に軽く殺意を覚える。だって忍足くんまであと2メートル弱…だったんだよ…!

「おーみょうじやないか。自分、数学よお頑張っとるやん!見直したで」
「そう、ですね、頑張ってます…」
「急に成績が良くなったもんやから先生びっくりやー。先生の教え方もレベルアップしたんやろかはっはっは!」
「いや、そういうわけじゃ…(あああ忍足くん待って行かないでー!)」
「そーいや今日バレンタインなんやってな!先生忘れとったわー!」
「…私、用事があるんで失礼します!」

これは長話に付き合わされそうだ。そう悟った私は適当に理由を付けて先生の横を通り抜けようとした。

「まーまーちょお付き合ってやー。先生な、数学の成績伸びたみょうじにご褒美やろう思ってん」
「ご褒美…?」

その言葉に釣られて止めてしまった足を呪いたい。どうせご褒美と言ってもろくなものじゃないということはわかっていたのだ。何故、止めてしまったんだ足…!何だかんだで現金な奴だな、と自分に呆れた。

「でも今日はバレンタインやん?先生もチョコ欲しいわー」

…それは遠回しにご褒美やるからチョコレートくれと言っているようなものだ。うん絶対そうだ。冗談はその禿げ散らかした頭だけにしてください。

「!ひっ」
「それチョコやんなー?先生にくれへん?」

ぞわりと身の毛もよだつ感覚。こいつ…今お尻ぽんぽんしてきた…!やっぱりセクハラ教師だって噂は本当だったんだ!そう気付いたところで為す術もないのが現実。
腕を掴まれ体を密着させてくる数学教師に先程と比べ物にならないくらいの殺意が込み上げる。忍足くんの背中は小さくなっていて、泣きたくなった。

執拗に迫ってくる教師に気持ち悪くなりながらも必死に逃走作戦を練る。…だ、だめだ、混乱して全然浮かんでこない。ちょっとこれ身の危険かも…。

「…あ!ほらあそこ!先生にチョコを渡そうとこっちを窺ってる子がいるよ!!」
「先生はみょうじがええんやけどなー」

とっさに出てきたお約束、気をそらす作戦だけど見事失敗に終わってしまった。

ほんと、やばい、ピンチだよこれ。嫌な汗が全身の毛穴から放出している今も数学教師は迫ってくる。

もう堪えられなくて目を瞑る瞬間、向こうから金色が走ってくるのが見えたのだ。


***


「…あ!ほらあそこ!先生にチョコを渡そうとこっちを窺ってる子がいるよ!!」

妙にデカイ声が響いたと思い振り返ってみれば、教室の前で女子生徒と教師が密着していた。固まった。せやけど、あの禿げた頭はセクハラ教師と噂の数学教師。もしや女子生徒はあいつに迫られてるんやないかと心配になる。

「あれ、みょうじさんちゃう?」
「え?」

白石の言葉にハッとする。よお目を凝らせば、あの女子生徒は白石の言う通りみょうじやった。

気づけば体は動いていて。テニスバックを白石に預けてみょうじの元へ走っていた。

数学教師はみょうじに顔を近づけているところで、普段なら赤面するところだがみょうじを助けたい一心でそんな場合やなかった。くそっスピードスターやろ!もっと早く走れや自分!

諦めたように瞳を閉じるみょうじに届かないとわかっていながら必死に手を伸ばした。


「…もう!いい加減にしてください!」


自分の目を疑った。
バチン、といい音が鳴り、数学教師はよろよろと倒れてしまったのだ。なぜかって、数学教師の頬にみょうじのストレートパンチが決まり、一発KOやったから。

廊下に伸びた数学教師を踏まないように避けて、みょうじを見つめた。呆然というより驚愕や。みょうじの知られざる一面を垣間見たっちゅーか…。

「あ、お、忍足くん…」

視線が合えばこれでもかというくらい顔を紅潮させるみょうじ。数学教師とのやり取りを見られていたのが恥ずかしいらしく視線を泳がしていた。そんな彼女も可愛らしいが、なんとなく気まずい雰囲気が流れていた。
みょうじと数学教師を交互に見る。

「…何もされんかった?」
「え、……うん、お尻ぽんぽんされたくらい…」
「尻!?…こんのハゲ…リストラさせるようチクったろか」
「そうだね、平和に過ごしたいしそれがいいかも…。…で、あの、忍足くん」
「ん?」
「ずっとお礼したかったんだけど…、この間は数学教えてくれてありがとう」

おずおずと可愛くラッピングされた箱を渡してくるみょうじにドキッとした。嫌でも視界に入る数学教師は強制シャットアウトや。

「おかげで高得点とれたし、赤点も免れたし」
「それはみょうじも頑張ったからや」
「でも忍足くんの存在は大きかったよ。よかったら受け取って」
「お、おん。おおきにな」

これはもしかしなくてもバレンタインチョコ…やんな…?…あかん、めっちゃ嬉しい。他の子からもいくつか貰ったが、みょうじからのプレゼントのが何倍も嬉しく感じる。ただ数学を教えただけやのに、礼儀正しい子やなあ…。

「あ、みょうじ、手怪我しとるやないか」
「えっわ、ほんとだ」
「こいつ殴った時に切れたんやな、保健室行って消毒せな」
「大丈夫だよ、舐めとけば治るから」
「いーや、だめや!ほら行くで!」

このままだと保健室に行きそうもなかったから怪我をしていないほうの手を握って無理にでも引っ張ってった。少しでも力を入れたら折れてしまいそうな小さくて柔らかい手。ぎゅっと控え目に握り返してくれたみょうじに、心臓が高鳴った。

…あーあ…俺顔真っ赤なんやろな…。

繋いだ手は温かくて
(…でな、俺空気読んで先に部室来たんや)
(謙也さんのくせにやりますね)
(しかし凄かったでみょうじさんのパンチ!無駄のない動きや!)
(注目はそこっすか…)

 

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