::日吉と古武術

 
私の幼馴染みの日吉若というどう見ても山に生えていそうな髪型の彼の家は古武術の道場をやっていて、昔から習いに通わせてもらっていた。

若くんは中学2年生にして大人顔負けの古武術をマスターしているから近所でも有名で特に小さな男の子たちに憧れの対象として人気がある。テニスでも古武術を取り入れたプレイヤーとして注目を浴びているのだ。

基本的に古武術は試合をせずに身を守って暮らしたりするのに使われているらしいのだが、稽古として今日は月一回に行われる私たちの恒例行事、試合のために毎月道場へお邪魔しているのだ。

若くんは部活で忙しいから帰ってくるのはいつも外が暗くなっている。それまで習いに来ている子供たちの相手をしながらウォーミングアップをする。これでも私だって結構強いんだよ!若くんと試合をして勝率は2割くらいだけど…若くんは次元が違うからね…!

時間になって帰る子供たちを見送り、入れ替わるようにして若くんが帰ってきた。こうして顔を合わすのは1ヶ月ぶりかな?学校も違うからなかなか会えないのだ。そうそう、先月も負けたんだよなあ…途中までいいとこついてたんだけど。

「おかえり」
「もう来てたのか」
「準備は万端だよ!」

今日こそは負けないからねー!そう言って準備を催促させると若くんは不敵な笑みを浮かべていた。これが若くんの余裕の笑みともいうが、こうやっていつも最初から敗北気分を味わわせてくるのだ。それが作戦だということはもう見破っているのだよ若くん。


そして始まった試合。一歩も動かず対峙しているときの緊迫感がたまらなく好きだったりする。

「…ちょっと待て」
「む、タイムは無しだよ若くん」
「お前はそのまま構えてろ」
「?」

若くんの言う通り、というか忘れ物ならまだしもこちらに歩いてくる若くんの行動の意味がわからなくてその場に固まる。

隣に来た若くんは、腕一本で私の肩を軽く押した。

「!?」

何が起こったのか一瞬わからなかった。軽く肩を押されただけなのに、私の体はあっけなく倒れてしまったのだ。

「やっぱりな」
「若くん…これはどんなマジックなのでしょうか」
「はあ…お前、全体に力を入れてるだろ」
「入れてるけど…」
「それが駄目なんだ」

尻餅状態だった私の手をとって立ち上がらせてくれた若くん。普段はぶっきらぼうだけれど、たまに見せる優しさに胸が高鳴るのはいつものこと。だけど今はそんな気持ちに気付かないフリ。話に集中しなくちゃ。

「いいか?古武術は力を抜くのが基本なんだ。今のお前は小学生以下だぞ」
「だからすぐ体勢が崩れたんだ…うう、返す言葉もございません…」
「…そんなに落ち込むなよ」

そりゃあ、昔から習っていたのにこんな身近なところに落とし穴があったなんて思いもしなかったから落ち込むよ。若くんが気付いてくれなかったら私はこの癖を持ったまま生きて行くところだったぞ…!幼少の頃から稽古していたんだから、完璧にそつなくこなしたいんだ。

「おい」
「うん…」
「時間がある日は、癖を直すのに稽古の相手をしてやらないでもないが…」

どうする?と私の返答を待つ若くんにじわじわと胸が熱くなるのを感じて、勢いよく頷いた。

「うん!お願いします!」


それからと言うもの、毎日のように道場へお邪魔するようになった私は着々と癖を直しつつあった。

若くんの部活は水曜日がオフらしい(私としたことがつい最近知った)ので、水曜日は氷帝学園前を注視して帰宅するようにしている。運がよければ若くんと帰れるしそのまま道場に直行できるしね!

「あ」

噂をすれば、だ。
眼鏡をかけた人と前髪がV字のおかっぱさんに挟まれて校門から出てきた若くんはこちらを見て驚いてたようだけど、次第にバツの悪そうな表情になった。それはそうか、氷帝の前が通学路なんてこと言ってなかったから。

今日は幸運だなあ、と若くんに手を振りながら近寄ると眼鏡さんと目があってしまった。

「お嬢ちゃん、日吉と知り合いなん?」
「お嬢…?」
「ああ、お前のことだぜ。悪いな、侑士オヤジ臭くて」
「誰が加齢臭や」
「いやそういう意味じゃねえから」
「あ、はは…」

眼鏡さんとおかっぱさんの会話がコントみたいで面白かったけれど、肝心の若くんが二人の後ろに隠れてしまって見えない。なんだろう、同じ中学生だと言うのにこの身長差…やっぱり男の子の成長期はすごいんだなあ。

「せや日吉、この子も一緒に来てもらえば行くやろ?」
「は?」
「そうだぜ日吉!跡部の奢りなんだぜ、豪華なもん一杯食えんのに行かなきゃ損だ!それに一人増えたところで気にしねーよ跡部は」

ん?若くんはこの人たちと用事があるのかな?跡部って人の奢りで食事する約束があったのだろうか。私が加わるのはお門違いだし、せっかく会えたのに名残惜しいけど今日は帰って自主練でもしていよう。

とりあえず私も加わりそうになっている空気をぶったぎろうと口を挟もうとした。けれど、誰かに肩を寄せられる方が先で。

「すいません先輩方。俺には食事よりもっと大事な用があるので」

んな!用事って稽古のことだよ、ね…。食事よりも優先されるってそんなに私の癖は曲者なのか…!

「(お、落ち込む!)」

けれど若くんは食事に行けなくて悔やむ様子も稽古が面倒な表情も見せず、試合前によく見せる不敵な笑みを眼鏡さんとおかっぱさんに向けていた。

「…うっわー見せつけられたぜ侑士」
「せやな。リア充爆発しろ」
「そう思うなら彼女の一人や二人作ったらどうですか。せいぜいなまえより素敵な恋人を見つけることですね。まあ、いないと思いますが」
「………!若くん!?」

その意味を理解して熱くなる顔で若くんを見上げれば、今までで一番の穏やかな微笑みをふっと溢していた。

 

***
古武術についてこの間テレビでやっていたので。知識とか間違って覚えてそう…。

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