::燐と買い物

幼い頃、悪魔という生き物に家を襲われた私は抵抗する術もなく魔障を受けた。そのせいで悪魔が見えるようになり、父や母が祓魔師だということも知った。

後日、藤本神父に預けられてから悪魔から逃れるために隠居していたが、居所がばれてしまってはどうにもならないという事実を聞かされたのだ。その後両親には会えていない。

何でもこの修道院は悪魔を寄せ付けない結界が張ってあるとか。悪魔に狙われていた両親の子供ということで、預けられてからもあまり外を出歩いたことはない。私は悪魔の気にあてられやすいらしく、昔から外に出れば必ずと言っていいほど体調を崩していた。なので、出掛けるにしても獅郎さんや雪男がついていないと出させてもらえなかったのだ。まあ、過保護な面もあるから…。

窓際に肘をついてぼーっと外を眺める。髪を撫でる風が心地よい。

「おーいなまえ、散歩行くかー?」
「どうしたの、急に」
「いやあ外出したそうにしてるから。そこのスーパーで買い物だ」
「そう、だね…。引きこもってても鈍るだけだし、行ってみようかな」
「よっしゃ!」

背伸びをして背筋をうんと伸ばせばばきぼきと気持ち良いくらいの音が鳴った。
ガッツポーズを作ったまま燐はぎょっとしていたがすぐに私の腕を掴んで出発しようとした。待て待て燐、荷物持ちが増えたからってそんな急がなくても…。

「あれ、兄さんとなまえ、出掛けるの?」
「うん。買い物に行ってくるね」
「…僕も行こうか?」
「なんでそうなるんだよ雪男!」
「燐がいるから大丈夫だよ、ありがとう雪男」

事情を知っている雪男は何かと私を気にかけてくれる。赤の他人だった私を、実の家族のように包み込んでくれる雪男は本当に優しい。
燐は悪魔が見えないから、私がここに引き取られた理由を詳しく話してはいないけど、芯が強くて不器用ながら雪男とは違う優しい心を持っている。燐のそういうところ、私は好きだ。

近所のスーパーだし大丈夫。そう言ったが雪男は何かを言いたそうに口を開きかけ、閉じた。燐がいるからだろう。

「雪男心配しすぎじゃね?なまえに近づく奴は全員フルボッコにしてやっから安心しろよ」

ニカッと爽やかな笑みでこわいことさらっと言うから困る。
案の定、雪男は呆れ色のため息。

「早く帰ってきなよ?」
「うん」
「んじゃ、とっとと行ってさっさと帰ってこようぜ」
「行ってきます!」

燐に腕を引かれて玄関を出る。そういえば腕を燐に掴まれたままだった。私は逃げないのに。

「なまえと買い物も久しぶりだなー」
「そうだね」
「具合悪くなったらすぐ言えよ?あとで雪男に説教されんのは御免だからな」
「ほんと、どっちがお兄さんなんだろうね」

冗談めいて言うと、燐は口を尖らせてふてくされてしまった。
そんな反応が弟キャラなんだよ、燐。かわいいけれど。

「冗談だよ。あと今日は調子良い方だから大丈夫。ところで晩御飯は何にするの?」
「スキヤキだ」
「…あれ?一昨日もスキヤキじゃなかっ「スキヤキだ」…わー楽しみだなー」

これは完全に拗ねている。そんなに雪男に兄というポジションを取られたくないのか。しかし、身長も負けている燐はどこから見ても弟にしか見えない。これはひっそり心の中に留めておくが。

腕を握る力を強めた燐はずんずん先を進んでいく。その大きい背中は逞しいほどしっかりしていて、子供の頃から変わっていない頼れる背中に私はひどく安心する。
空気中を漂う悪魔が気にならなくなるくらいに私の心は安らいでいた。

掴まれている反対の腕で燐の手をほどくと燐は立ち止まって振り返る。私は最大級の笑顔で、燐の手を私の手に重ねてみた。

「燐は頼れるお兄ちゃんだよ」
「なっおま、おまえっ…!」
「スキヤキはネギ多目がいいな」
「ふ、フツー肉だろ!甘えたって無駄だかんな!」
「あ、やっぱり?」
「おおおおおう」

それでもいつもよりネギを多めに買ってくれた燐は優しかった。

帰れば藤本さんたちが迎えてくれるあたたかい家庭。

もう私にこわいものなんてなかった。

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