::イオスとおはなし

「なまえ」
「なに、イオス?」

ギブソン・ミモザ邸の屋根にて仲睦まじく肩を寄せあっている二人の男女。
頭上にはきらきらと瞬く数多くの星と丸くてきれいなお月様。
二人は盃を手に光輝く夜空をうっとりと見つめていた。所謂、月見酒というものだ。

「ふふ、呼んでみただけだ」
「なによもうイオスったら」

うふふあははと笑みをこぼし熱い視線を絡めてからなまえと呼ばれた少女はイオスから月に視線を戻した。
端から見れば恋人同士の二人だが、このいちゃこらっぷりを見せつけられた者は最後。恥ずかしくて死にそうである。
酔いがまわってきたのか、とろんとした目付きに加え頬を染め上げているなまえはいつもとは違った艶やかだな、と青年イオスは心の葛藤で忙しかった。

「月が綺麗ね」

こてん、とイオスは肩に重みが走り横を見やると、なまえが頭を預け、さらには腕を絡めてくるという彼女にしてはとても大胆な行為にどくんと心臓が高鳴った。
いっちゃっていい?いっちゃっていいよね?
邪な考えが青年の頭を支配する。いや、もうこれはいくしかないと全細胞が告げているのだ。

どきどき、となまえの顎を掬って自分のほうへ向け、額、瞼、頬、と順番に優しく愛でるように唇を落としていく。
その度にびくんと小さくはね上がる体に笑みがこぼれ、最後に耳を甘噛みした。

「イオス……」
「月より、月の光に映る君の方が、何倍も綺麗で魅力的だよ」

耳元で囁かれた声は、とても心地よく甘く、なまえを魅了した。

そして二人は見つめ合い、距離はゆっくりと近づいて愛の口付けを………



ガバァアアアァアア!!!!



「……………」

まずは安全確認だわ。
自分に与えられた部屋よし、ベッド一人よし、何より屋内よし。
前後左右オッケー不審人物は見当たりません!

「……………はあぁあぁぁ〜…」

なんと、疲れる夢を見たのだろう。甘すぎて甘すぎて恥ずかしくて少女漫画ちっくでイオスが有り得んとてもくさい台詞を言うものだからもうイオスに顔向けできない。だめ。死ぬ。

黒騎士とその部下イオス、ゼルフィルドとの戦いに終結を迎え、同じ敵に刃を向けるようになってから、初めて同じ屋根の下で過ごす夜。

何があってこんな夢を見た…?私…。

ルヴァイドの忠実なる部下のイオスが、あの冗談も通じなさそうなイオスが、年齢のわりに童顔で中性的で何より細腰のイオスが、あんな甘ったるい台詞を吐いた日にゃ大雨降ってハルシェ湖畔が増水して洪水になっておまけに大嵐になる。そのくらい有り得ない。その夢を見てしまった自分はもっと有り得ない。

「…水、飲んでこよう」

夜更けに目を覚ましてしまったので音をたてないように忍び足で部屋を出てキッチンへ向かった。気分は夜勤帰りのサラリーマンさ。

そーっとリビングに繋がる扉を開けるとちょうど目の前に窓があり、そこから覗ける真ん丸い月を見ては頭を横に振り邪念を振り払う。ああ…なんておぞましい…!(さすがに失礼)

ため息をひとつ溢して窓から離れようとそそくさキッチンに足を向ければ、なんと人の気配が。
先客か…ま、幽霊とイオス以外だったらどんとこいだからいいよ、ね……………………。

「(ウソダローーーーーー!!!??)」

月の光に照らされた彼は美しく、金の髪がさらに輝いていて、まさに月下美人という言葉が似合う姿だった。どう見てもイオスですフラグ回収お疲れさまでした。
もう、女として負けてる気がするわ私…。

彼も喉を潤しにきたのか、水を注いだコップを口許にもっていきごくり、と喉を動かす姿は妖艶で、どきりと胸が高鳴った。

ッハ!!こんなことをしている場合ではない、はようトンズラせねば…!!

「君も目が覚めたのか」
「!」
「…逃げることはないだろう」
「!!」

全てを見透かされている気がして観念した私は回れ右をしてイオスと向き合った。
そこにはどこか苦笑にも似た、なんとも言えない表情をしていたものだから心に小さく罪悪感が芽生える。
くっ…美人はどんな顔をしても美人ということか…!
私は地面に膝をついて拳をガンガン打ち付けたい衝動に駆られた。

「(さすがはファンにデグレアプリンスと呼ばれるだけのことはあるわ…!)私は夢見がちょっと悪くてね…。イオス、は?」

あなたが原因で飛び起きました。鳥肌。なんてものは言えず心にそっとしまい込んで、ぎこちなくイオスに言葉を返した。

だめだ…視線を合わそうとすると目が泳ぐ…!夜中だから余計に気味悪く感じられてしまうのではなかろうか!
しかし当のイオスはそんなことに気にも止めないで口を開いた。

「僕も、変な夢を見たから」
「変な夢…?」

なんとなく聞き返した私に後悔するのは数秒後のこと。
ふっ、と自嘲気味に息をつくイオスはそれはもう絵になる美青年で。あんな夢がなければ惚れていたな。

「僕はまだまだ子供だ」
「え、いやいやイオスは立派な隊長だよ。ルヴァイドの腹心だったんでしょ?子供がちょっとやそっとじゃなれないものだよ」
「いや、そうではなくてだな」
「そうじゃないんかい」

イオスは咳払いをして私の両肩に手を置いた。え、なにこれ。一体何が始まるんです?

月明かりで照らされたデグレアプリンスの頬は心なしか紅潮していてこっちまで緊張してくる。敵として顔を合わせていたときは冷徹な印象だったが、言葉を詰まらせるイオスは見たことがない。これはレアなのだろうか。

そんなことを考えているとイオスは決意を固めたのか腕の力を増して私の目から視線を離さなくなった。私も同様にイオスの綺麗な瞳を見つめてしまう。

「君と、恋人になっている夢だ。夢の中では僕がありえない台詞を吐いていたり君が甘えてきたり、本当にありえない夢だった」
「!…その夢、私も見たんだけど」

同じ夢を見るって何かを伝えようとしているのですか?神様。あんな夢をイオスも見たってなら恥ずかしくてもうイオスさんに顔向けできないのですが。

「そうか君も…。あの夢を見て、僕は君に興味が沸いたんだ」
「(か、勘弁してください)」
「だからあの時の笑顔を今の僕に見せてくれ」

優しく微笑むイオスの攻撃は女である私にとって効果は抜群。頭が爆発しそうだし逃げたいし、思うことはたくさんある。確か男の子は夢に出た女の子を気にしちゃう人が多いんだったっけと頭の隅に浮かべながら、ぎこちない笑顔をつくった。

それからというものイオスは頻繁に私に構うようになった。ま、まあ満更でもない、かな。

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