::宍戸とわんちゃん

 
学校の帰り道、通り過ぎるスーパーの駐輪場から少し離れたところにはいつも柴犬が繋がれている。
毎日夕方になると決まってこの場所に柴犬がいるのだ。飼い主は買い物で、柴犬は留守番といったところなんだろう。

種類は違えど犬を飼っている俺からしてみれば家族と思えてきて、静かにお座りをしていて飼い主を待つ柴犬を撫でて帰るのが俺の日課になっていた。

「お前、大人しくて利口だな」

わん!

「よしよし。おい長太郎…って長太郎?なんでそんな離れてんだ?」
「し、宍戸さん、大丈夫ですか!」
「は…?何ともねーけど。長太郎も撫でてみろよ」
「か、噛みませんか!?」
「噛まねーよ」
「追いかけて来ませんか!?」
「繋がれてるからここが限界だろ」

わん!

「ひいっ!」

さっきっから意味不明なこと聞いてくるなと不思議に思っていたが、電柱に隠れる長太郎を見て確信した。

猫は平気な癖に犬は苦手なんだな、長太郎。

「こんな可愛いのによー」
「ごめんなさい可愛いとは思うんですけど昔追いかけられてお尻噛まれたのがトラウマでごめんなさい!」

わん!

「うわああああん!宍戸さんすみませんお先に失礼しますううう!!」
「………」

練習での走り込みより格段にスピードが出ている長太郎。下手すりゃ俺より速い。その速さを練習に活かせよ。

あっという間に消えてしまった長太郎に言葉をなくしていると、撫でる動きを止めた手に柴犬がすりよってきて、もっと撫でてと催促してきた。恐らく。バイリンガルとか要らねえから犬語理解してみてーよなあ。

よくブラッシングされているとわかる艶やかな毛並みに沿って手を動かせば、柴犬は気持ち良さそうに目を細めた。こういうのはどの犬も共通なんだな。うちのもそうだ。

わん!

何かを察知したようにいきなり耳を立てて一点を見つめる柴犬。徐々に尻尾も揺れだした。

わんわん!

「ただいまー、ハナ…と、えっと」
「…あ、すんません、ただの通りすがりです」

柴犬の喜び様でだいたい予想はついていたが、飼い主と顔を合わせるのは今日が初めてだった。
飼い主は女で意外にも若い印象を受ける。俺より2、3個上くらいか?

「いつもハナに構ってくれる子ですよね。ありがとうございます」
「………え」
「あ、あれっ違いました?いつも、スーパー出ようとすると青い帽子の男の子がハナに手を振ってるのを見かけるから…」
「いや…そうですね、俺です」

わん!

ハナと呼ばれた柴犬はぶんぶん尻尾を振っている。

しかしなんだこのむず痒さは。手を振るとか俺のキャラじゃないことはわかっている。けど犬って可愛いだろ…?あのつぶらな瞳に見つめられちゃ後ろ髪引かれる思いになるんだよ。で、名残惜しいが結局は手を振りながらこの場を去るっつーのが俺のスタイルだったわけだ。

こんなの跡部に見られた日にゃ終わりだな。長太郎も帰ってくれてよかったぜ。

「犬好きなんですか?」
「ああ、はい。うちにも一匹いるんで」
「そっかー。犬って不思議ですよね、疲れたときには癒してくれて、落ち込んだときには元気をくれる。悲しいことがあってもハナがいるだけで励みになるし、甘えてきたり可愛いんですよね…。ハナは私の支えです」

柴犬を撫でるためにしゃがんだ飼い主は温かな瞳をしていた。それほど柴犬と過ごすことが幸せなんだろうと思う。
飼い主に撫でられている柴犬も幸せそうだしな。

「…なんて急に言われても困りますよねー。よかったらまたハナに構ってあげてください、すごい喜んでましたから」

わん!

「じゃあハナ、そろそろ帰ろっか」

わん!わん!

会釈をして飼い主が立ち去ろうとすれば柴犬が飼い主、それから俺の順番に飛び付きながら吠えた。

柴犬はお座りをしてこれでもかと尻尾を振っている。

「ハナ…」
「?」

飼い主は苦笑混じりで俺を見ると、言いにくそうに口を開いた。

「…ハナがですね、あなたとも一緒に帰りたいって言ってるみたいなんです」
「…俺ですか?」
「よかったらでいいんですけど…」

わん!

足に飛び付いてくる柴犬と見つめ合う。

「一緒に帰るか?」

わんわん!

「うおっ」
「こら。ハナ、嬉しいのはわかるけどジャンプしたらだめでしょう」

俺の周りをぐるぐる回って胸まで大ジャンプしてくる柴犬。飼い主に注意されて耳を垂れ下げる柴犬は利口と言うよりも人間の言葉を理解しているように見えた。なんつーか人間のまま犬になったって感じだ。

「ハナ、あなたのことが好きなんでしょうね。犬は犬でも女の子なんだなって思いません?」

わん!

「そうっすね。さんきゅーな、ハナ」

わんわん!

犬に好かれるのは初めての経験だが、毎朝うちの犬と散歩する日課をハナと会えるこの時間帯に変えるのもいいかもしれないな。


***
柴犬×宍戸のはずじゃあなかった。
ちょたは犬嫌いだったら可愛い。

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