私が落ち着くまで切原は側にいてくれた。とっくに休憩時間は終わってたのにお前って奴は…! 切原が精市たちに事の説明をしに行ってくれている間、夏だと言うのに体が冷えきってしまい冷房を止めた。そしたら蒸し暑いのに寒いという何ともめんどくさい体温になってしまったのである。これほど湯船に浸かりたいと思ったことはない。 しばらくすると精市と一緒に私の荷物を持った切原が戻ってきて、どうせまたからかわれるんだろうなーと思ったがそれに反して真面目な顔をした精市に、トイレ事件(私命名)を事細かに聞かれてそのあと帰るように言われてしまった。そのうち渇くから帰らないって反対したんだけど風邪引いたらめんどくさいから帰れと最後は命令口調になっていたよ精市さん。なんか…マネージャーの分際で迷惑かけすぎだな私。 「その格好だと外歩きづらいだろ?上着と長ジャー持ってきたから」 「で、でもそれ切原の…」 「いい。俺いつも着ないから」 「ごめん…ありがとう」 「おう」 「じゃあ赤也は結衣を送ってきてね、俺が許すから」 「いや大丈夫!一人でいい」 切原に借りたジャージを着て鞄を背負う。タオルで拭きまくったから髪の毛は少し乾いたんだけどしっとりしてて気持ち悪い。 精市や切原の好意は嬉しかったけどこれ以上甘えちゃいられない。本業はテニスなんだからそっちを優先してもらわないと強化練習の意味がなくなる。だから送ると譲らない二人をなんとか断って我が家に帰宅したのだった。 ぜんざい一人で帰ってこれるかな。…大丈夫か、精市と帰ってくればそのうち着くんだし。 「…よし、と」 一応ぜんざいにメールを送信した。今日は両親共に帰宅が遅くなるため夕飯の当番は自然と私になる。そのため夕食のリクエスト何かあるかと聞いてから、帰りは精市と帰ってきなさいという内容を送った。 返事は次の休憩に入るまで返ってこないので先にシャワーを浴びることにした。湯船に浸かりたかったけどもちろん浴槽は空だ。わかってる、不測の事態だったからしょうがない…けど!温まりたいよー! *** 結衣が早退した。 理由は知らんが、休憩時間が終わっても見当たらない結衣にどこか心配した面持ちの幸村さんがおった。切原もおらんのに気が付いて、ざわりと嫌な予感が身体中をよぎる。練習を再開させてからしばらくすると切原が息を切らして幸村さんとこに走ってくる姿を見つけた。ここからじゃ何喋っとんのか聞こえへんけど、切原の表情から察するに深刻な話やと思う。まさか結衣関連なわけないよな?血相を変えてコートを飛び出した幸村さんは希少価値やったけどな。あー、そっちに夢中でボール打ち返すん忘れとった、ラリー相手の丸井さんが騒がしいけど適当にあしらってサーブを打った。 結衣の早退を聞くんは幸村さんと切原が戻ってからだった。そこで結衣が関わっていることに確信がつき、なんか知らんがイライラと怒りが沸き上がる自分がいた。 携帯を開くと新着メールが1件。誰や思えば結衣からで、今晩の飯リクエストと帰りは幸村さんと帰ってくるようにと気の抜けるような内容やった。むかついたから“ハンバーグ”とだけ打って送信、むかつくから謙也さんで鬱憤を晴らした。 最後まで結衣が早退した訳を明かさなかった幸村さんとは帰らず、練習が終わると同時に立海を出た。俺かて一度通った道は覚えとるに決まってんやろ。 それからすんなりと着いた平山家。流石俺やな、部長の言葉を借りて言うならエクスタシーや。…あかん、自分で言っててキモいわ。 戸惑いなく玄関をくぐると鼻孔をくすぐるいい匂いが鼻をかすめる。腹減った。物音を聞き付けたのかいつぞやか結衣の親がやっていたようにリビングから顔を覗かせた結衣が俺を確認するなり顔を綻ばせた。 「おかえりぜんざい!ご飯にする?それともご飯?それともご・は・ん?」 「もちろんお・ま・え」 「はいご飯ですね一名様ご案内でーす」 「結衣の部屋汚いから俺の部屋な」 「なにこの会話のデッドボール」 それから鼻歌混じりにおたまを振り回す結衣は具合悪いように見えんし至って健康体やった。 え?早退した意味あるん? 「ぜんざいくんリクエストのハンバーグできてるよー」 「なあ自分、なんで早退したんや。幸村さんが心配しとったんと関係あるん?」 「うーん、そういや精市珍しく優しかったな〜…」 「…切原と関係あること?」 「きっ切原!?」 途端におたまを落とし硬直する結衣の顔がみるみるうちに赤くなる。 こんなん誰が見たって一目瞭然や。 「切原と何かあったんか。何された」 「なっ何もないよー!えええっとハンバーグ焦げるから戻るねちゃんと手洗ってうがいしてこいよー!」 あーなんやねんバレバレやっちゅーんに誤魔化しおって。余計腹立つわ。そんな顔にさせてええのは俺だけや、見るのも俺だけ。もちろんそない決まりはないねんけど、無性に苛ついた。 まあ腹が減っては戦は出来ん言うし、飯食うたら洗いざらい吐かせてやるわ。 |