バッシャーン!

「………」

複数の女の子たちの甲高い笑い声と足音が遠ざかる。唐突すぎて思考は一時停止。頭上から滝のように水が降ってきて、個室に入っていた私は避ける術もなく丸被り。

なるほど…これがテニス部マネージャーの結末…くるならどんと真正面からぶつかって来いってんだヨ…!

「つめたい…」

トイレの個室で呟いた。やられた、友人に耳にタコができるくらい一人になるなと注意されたばかりなのに、さっそく水浴びの刑に処されてしまった。この格好惨めすぎる。

とりあえず休憩も終わってしまうし精市に連絡したいのは山々なんだけど、携帯を部室に置いてきてしまうと言う失態を犯してしまった。なんという死亡フラグ。
テニス部の誰でもいいから廊下通らないかなあ…。いやだめだ、こんな姿見せられたもんじゃない。なんとかして一旦帰らせてもらいたいわ…。しかしバケツ三杯分の水をかけられて無事なわけがない、びしょびしょすぎて外を出歩くのも困難なこの格好。ジャージからは水がしたっていて捻れば染み込んだ水が流れる始末。水もしたたるいい女ってレベルじゃねーぞ。脱ぐにも体に張り付いてしまって脱げないし、まさに絶体絶命のピンチ。

ここは思い切って保健室に駆け込む他道はないか…!保健室に行けば、タオルはあるはず。暑いけど暖房もちょいとつけてもらえるはずだ。これだんだん寒くなってきたのよ。

よっし、そうと決まれば高速で移動するぞ!私はへこたれないんだあああああ!!

勢いよくトイレを飛び出して保健室だけを目指す。途中女の子たちにくすくす笑われても好奇な視線を頂いても、無視を決め込んで滑って転ばないように走ることだけに意識を向けた。

保健室のドアを開ければ、予想もしなかった人物と目がかち合う。
瞬間、回れ右ダッシュ。

安息の地がないよ!

「平山!」
「いや、ちょっ無理無理無理今回だけ見逃して!」
「こっちが無理。ちょっとこっち来い」

腕を引っ張られ保健室に連れ戻されてばさりとタオルを被せられた。椅子に座るよう促した切原さんは、向かいの椅子に座ってなんだか怒った様子で私を見ていた。

な、なんでこんなときに限って先生いないんですかー!

「誰にやられた?」
「いや…その…水遊びをしたいお年頃でして。あ、暑いしね!」
「ふざけんな。誰にやられたか聞いてんだよ」

こわい!

睨むようにして切原の瞳は鋭く私を射抜く。寒さなのかこわさなのか、ぶるっと体が震えあがった。
ど、どうしてご立腹なのでしょうか!?嘘もバレバレだし…!

何も言えずにあー、だとかうー、を繰り返して視線を泳がせていると、汗臭さがまざったにおいが鼻を掠めて視界は黄色一色になった。

ん?

「…殴られて、ないか?」
「え?あ、うん、水ぶっかけられただけ…」
「…よかった」
「あ、あの切原さん」
「何だよ」
「濡れちゃうし切原が風邪引くと思うんですがどうでしょう…」
「いやお前のほうが重症だろ」

な、なんで私は切原に、だ、抱きしめられているのだ。頭が真っ白になる。だけど冷静に考えれるだけの思考回路が遮断されてしまい、風邪云々を唯一絞り出して切原から離れようとした。

しかし、さらにがっちりホールドされてしまったせいで身動きがとれなくなってしまったのだ。

「き、休憩も終わっちゃうよ?遅刻したら精市からお仕置きされるかもしれないんだぞ!」
「…心配した」
「え…?」
「ほんっと心臓に悪いわ。前のマネージャーも、平山と同じ嫌がらせにあってたから」

はっと記憶の断片を拾い上げる。
噂で聞いたことはあった、いじめに遭い暴行された子が病院送りになったって。きっと前のマネージャーというのは噂の子なのかもしれない、どんな子かは知らないけどテニス部のマネージャーになることはファンの反感を買うことだ。それを覚悟した上で入部したのかな、とかテニス部が好きだったんだろうなあ、とか色んな想像が脳内をよぎったけど、形は違うが私も入部したわけで。
生半可な気持ちで入部できないことはわかっている。わかっているからこそ、ファンの子は…悔しいのかもしれない。大した努力もしてない私がマネージャーなんて普通は認められないだろうよ。

「………」

いかん、暗い!シリアスな空気が一番だめなんだよ私、どうにか明るくできないものか…!うううう。

「同じことは繰り返させたくなかったんだ。特に平山には……っておい!?な、泣いてんのか…?」
「ちょ、ちょっとびっくりした衝撃が今になって来ただけだからね!なんでもないからね!これ水!」
「…っ、な、泣き止むまでこのままでいてやるから」
「ぐぬぬ…!そう優しくされると止まらないんだよ、ばかーあほーう!」

ぐしゃぐしゃになった酷い顔を見られたくなくて下を向いた。あ、この角度は危ない、鼻水垂れる。

切原からは見えないように顔を窓に向かすとサッカー部がゴールキーパーとなんかもめていて、私もファンの子達とこうして真正面からもめる日がくるのかなあと不安になった。ずびずびと鼻を啜ってタオルをぎゅっと握れば切原は子供をあやすように背中をぽんぽんしてくれた。

…なんか嬉しかった、かも。

「この借りはモナ武器で返すってのはどうよ」
「それよりキツネ装備が欲しい」
「ぜんざいくんに借りてください…」
「じょーだん。またレベル上げに付き合ってくれればいいからさ」
「そんなんでよければもちろん!喜んで!」


―――
補足
モナ武器→レベル165くらいから装備できる武器
キツネ装備→廃人


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