Bon Séjour | ナノ


▼ 年明け

年末はありがたいことに仕事がなかった。能力者たちも年が明けるのを祝いたいのだろうか、この頃になると今までの騒動が嘘のように静まり、私たちセプター4は所謂ヒマを持て余す時間を得る。さすがに超過勤務続きだった私にとってそれは救いのようなものであり、おかしな話だけど今日ばかりは彼らにありがとうと頭を下げたかった。

とはいえ、年末恒例の強制隠し芸から逃れることはできず、参加を余儀無くされて。何をしたかなんて口にするのも恥ずかしくて、今にでも忘れてしまいたい。成人済みの先輩たちはお酒を飲めるからその勢いで楽しんでいるのかもしれないけれど、私はお酒を飲めないから酔った勢いにということができなかったのだ。

素で芸をした私の体力と精神力はもう空っぽになりながら年を明かした。そして新年を迎えた今、何かをするやる気もなく自室でゴロゴロとしていた。いや、ゴロゴロはどこか違う。床の上でごろんと横になって本を読んで、そのまま一人年を越してーーーーそんなことはしていない。いや、できない。

「…伏見先輩、楽しいですか?」
「べっつにー」

ピコピコと音が目の前にある電子機器から聞こえてくる。気怠げな声が後ろにいる先輩の口から聞こえてくる。足の間にちょこんと座らされて、ただただ何をするわけでもなく、何ができるわけでもなく、伏見先輩が遊んでいるゲームの画面を眺め続ける。それだけ。

ゲームというのはやったことがないからよく分からない。子供の頃から女の子たちとしか遊んでいなかったからか、男の人が楽しむものにはあまり興味が惹かれない。ゲームとか、スポーツとか、やりたいとは思わない。だから、少しだけ今の状況は退屈なものだった。

「ずっとやってて目とか疲れないですか?」
「ん」

疲れているのかいないのか分からない返事。それでも、伏見先輩は手を休めることなくボタンを押し続ける。ピコピコと音が鳴って画面の中にいる人間が動いて戦って。現実とはかけ離れた世界だ。こんなボタン一つで人を倒せて勝利なんて文字がデカデカと出る。実際はそんな簡単にできるものじゃないのに。

内心愚痴を零しながら目を閉じる。疲れ果ててあの宴会騒ぎから一緒に抜け出して私の部屋に来て、それからずっとこの状態。正直言ってとても暇で、つまらない。さすがにゲームをしてる伏見先輩にそのことを言うわけにもいかず、手持ち無沙汰になりつつある指を弄くったり。でも、退屈なのに変わりはない。

「初詣に行きましょうよ、伏見先輩」
「寒いからやだ」

ピコピコピコ。先輩の視線は液晶から外れない。こんなに近くにいるのに私の存在なんか、ここにはないみたい。私ってゲーム以下の存在なのかな、なんて考えていたら何のために自分がここにいるのかよく分からなくなってきた。

そばにいる。身体もくっついていて、体温を感じることもできる。なのに、どうしてだろう。いつもあたたかいと感じる伏見先輩の体温が酷く冷たく感じられて、なんとなく寂しくなる。それが嫌でこの人から離れたいと初めて思って、モゾモゾと動きながら先輩の腕の間から抜け出した。

「どこ行くんだよ」

四つん這いになって赤ん坊のようにハイハイしながら距離を取ろうとした私の動きを伏見先輩の声が止める。分からない。どこに行くつもりだったのだろう。伏見先輩のところじゃなくて、いったいどこに。私にはここしかないのに。お尻からぺたりと座り込んで俯いた。

「…だって私がいても伏見先輩、ゲームしてるから意味ないです」

なぜか、寂しいから一緒にいてくださいだとか、そういう言葉は出てこなかった。出てきたのは悪態という名の本音。これじゃあ、まるで駄々をこねる子どもじゃないか。そうは思っても今の言葉を訂正する、撤回するという気持ちにはなれなかった。

いじけるようにして座り込む私の背後で盛大な溜め息を吐き出す声がした。それから今まで止まることのなかったゲームの音がパッタリと鳴り止んで、服の擦れる音と共に気配が近付いてくるのを感じた。それでも顔は上げずに俯いたまま。

顔を覗き込まれて視線が交わったけれど私の方がすぐにそらした。それから後悔する。ああ、最低だ。年明け早々こんなことして、伏見先輩と喧嘩になったらどうしよう。やだやだやだ。そんなの絶対いやだ。ごめんなさい。謝ろうと唇を薄く開いた瞬間、柔らかい唇を頬っぺたに感じた。

「…拗ねんなよ」

そのまま後頭部に手を添えられて、ぼすりと胸に頭を埋めることになる。そのまま赤ん坊をあやすように背中をぽんぽんと叩かれて。さっきまで冷たいと感じていた体温が今はあたたかく思えた。同時に堪えきれない感情が溢れ出した。

「つまらないです…、これじゃあ一人でいるのと同じっていうか…」

寂しくて、悲しくて。伏見先輩が私のことを見てくれていないことがどうしようもなく不安で。こんなの押し付けがましいと分かっていても、だけど馬鹿みたいに胸の内を占めるこの感情を抑えることもできなかった。

ずっとじゃなくてもいい。だけど、一緒にいられる時は私のことを見てほしい。他のものに目を奪われないでほしい。そんなの無理だと分かっていても、それでも私はーーーーそんなことを考える私から何も言わずに身体を離した先輩は唐突に立ち上がった。

「伏見先輩?」
「ちょっと待ってろ」

それだけ言って部屋から出て行ってしまう。一人だけになった自室。何の音もしなくなった空間。突然のことにポカーンとなって、もしかして何か気に障ることを言ってしまったのではないかと顔を青くする。だけど、そんな心配は必要なかったらしく伏見先輩はすぐに戻ってきた。部屋を出る前にはなかったはずの黒いコートを着て。

「ほら、行くぞ。さっさと準備しろ」
「行く?えと、どこに…?」
「初詣。お前が言い出したんだろ」

外出許可は取ってきた。当然のようにそう言って、早くしろともう一度私のことを急かす。私はといえば先輩の言葉にもう一度ポカーンとなりながらもすぐに意識を覚醒させて、慌ててクローゼットからコートとマフラーを取り出して、すでに玄関まで出ていた伏見先輩のもとに駆け寄った。

「い、一緒に行ってくれるんですか?」
「他に行く相手もいないからな」

行く人がいたら、それもそれでショックなんですけどね。苦笑いを浮かべれば伏見先輩は小さく舌打ちをしてから、冗談だよと吐き出すようにして言った。なんだか、いつもの先輩らしくない。もしかしたら、さっきのことで気を使わせてしまっているのかもしれない。

「あの、さっきのことは気にしないでください。私が勝手にいじけてただけで…」
「別に気にしてなんか…あー、くそ。ンなことどうでもいいからさっさと行くぞ」
「は、はいっ」

コートを着てマフラーを巻いてブーツを履いて、準備万端で部屋を出れば誰もいない廊下に出る。他の隊員たちは酔い疲れて寝ているのだろう、話し声もしなければ物音もしなかった。

寮を出て門を抜けて、置いていかれないようにと小走りになりながら伏見先輩の背中を追いかける。夜中の外気は肌を刺すほど痛くて冷たかった。表面的には手と顔しか晒されていないとはいえ、その寒さは厚い服を突き抜けて容赦無く身体から熱を奪っていく。急激な体温の低下に身体が震えた。

「さっみぃ…」
「ほんとに寒いですね…」

息を吐き出せばすぐに白く染まった。真っ暗闇の中に漂う二人分の白。あまりの寒さに意味がないと分かっていても手を擦り合わせて息を吐きかける。そんな私を横目に見て、伏見先輩はポケットの中から片手を出して私に向けて差し出した。

「渚、手」
「て…?」

先輩の手と自分の手を見比べ、首を傾げながら片手を伸ばす。手のひらと手のひらが重なって、指を絡めて握られて、そのまま伏見先輩のコートのポケットの中に一緒に突っ込まれた。必然的に隣に立つことになって、自然と身体も近寄って。すぐ隣に先輩の存在を感じる。握られた手を通して先輩の優しさを感じる。そして思う。やはり私は幸せだ、と。

口元が緩むのを感じながら、ふと思いついてマフラーを外した。片手だからなかなか上手くできないけれど、外したそれを自分と先輩の首に一緒に巻きつける。より一層距離が近づいたような気がして、照れ臭くなりながらも小首を傾げて微笑んだ。

「これでちょっとは温かくなりましたか?」
「…バーカ」

マフラーを口元まで引き上げてボソリと声を零した伏見先輩の耳は赤かったような気がする。寒いんだろうか。ほんの少しでも熱を共有できればと思って、ぎゅっと手を強く握った。

「…ずっと傍にいてくださいね」

これからも伏見先輩と一緒にいられますように。それは神様に頼むようなことではないと思った。自分たちで成すことだと思った。伏見先輩の役に立って認めてもらって、そしていつかは守ることができるくらいに強くなって。

「渚」
「はい?」

私の隣に並んで歩く伏見先輩の歩幅は最初の時よりも狭い。私に合わせるようにしてゆっくりと歩いてくれる先輩を見上げて、どうかしましたかと声をかける。そうすれば伏見先輩はちらりと私の顔を一瞥。それからすぐに視線を前に戻してしまったけれど、小さな呟きは確かに私の耳に届いていた。

「…今年もよろしく」

その言葉は私がここに留まることを許すものだった。傍にいてくれるのだと証明するものだった。どうしようもなく嬉しくて涙が出そうになって、だけどその全てを堪えて精一杯の笑顔で今ここにある幸せを噛み締めた。

「はい!こちらこそよろしくお願いします、伏見先輩!」



Happy NewYear!!
20130101



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