Bon Séjour | ナノ


▼ ポッキー

「お前、何それ」
「これですか?お菓子です」
「んなもん見りゃ分かる」

ぽかりと頭を叩かれた。そうですよね、分かりますよね。でも最初は先輩から聞いてきたんですよ?私はそれに真面目に答えただけなんです。そんなことを言ったらまた何かされそうなので黙っておく。私もそう何度も頭を叩かれていたら本当の馬鹿になっちゃいます。

私は大きな紙袋を抱えてるんるんと自室に向かって歩いていた。今は仕事の合間で休憩時間だから好きにしていていい時だ。さすがに長時間液晶を睨んでいたから眼も疲れたのでコレを自室に持って行こう。そう思っていた時にちょうど伏見先輩とばったり出くわして現在に至る。

「さっき先輩方がたくさんくれたんです。なんと言っても今日は世間一般ではポッキーの日ですから!」

じゃーんと効果音がつきそうな勢いで伏見先輩に袋の中身を見せた。中に入っているのは赤いパッケージの代表的なお菓子。その名もポッキー。偉大なお菓子会社が作り出した私自身の中で史上最強のお菓子である。

何が史上最近かってそれはもちろん美味しさと食べやすさ、それから価格。全てが均等に庶民的なこのお菓子は子どもの頃からの私のおやつとして存在しているんですよ。熱弁する私を少々冷めた眼で見てくる伏見先輩は袋の中身を幾つか取り出し、顔を歪めた。

「もらったってなんでこんなに…」
「理由はいまいち分からないんですけどくれました。伏見先輩も食べます?」
「いらね」

即答。酷いです。せっかくお裾分けしようと思ったのに。一緒に食べましょうよ、と伏見先輩の袖を引くけれど先輩は嫌だの一点張り。どうやらあまり甘いものはお好きじゃないらしい。そういえば先輩は宗像室長のたてる抹茶も好きじゃないんだっけ。

「好き嫌いは駄目ですよ。食わず嫌いはもっと駄目です」
「菓子には関係ねぇだろ。…おい、こっち迫ってくんな。一人で食え」

じりじりと距離を詰めようとすれば先輩もどんどん後ろに下がっていく。これじゃあらちがあかない。でもこんなにたくさん一人で食べきれない。それに太るのも避けたい。

「だから一緒に食べましょう。一人で食べるより楽しいです」
「…なに、お前、そんなにそれが好きなわけ?」

好きです。というより甘いものが好きなんです。洋菓子でも和菓子でもなんでもいけます。つまりは極度の甘党。もちろんこういうお菓子も大好きで、三時のおやつは絶対に欠かせないです。そう豪語した私に伏見先輩は冷たい言葉を吐き出す。

「…ガキか」
「そんな!お菓子は女の人ならみんな好きですよ、きっと」
「俺は女じゃないし」

だから巻き込むな、と言いたげな伏見先輩の腕を掴んで声を上げる。一人にしないでください!と。さすがにくれた先輩方に返却する訳にもいかない。一人になったら一人でこの大量のポッキーを処理しなければならなくなる。

そう必死にせがんでも伏見先輩は折れてくれそうになく、めんどくさそうに溜め息を吐くだけだ。拙い、このままだと本当に一人で全部食べることになる。な、なにかいい策はないかな。えと、えーっと――――…

「あっ!なら、こうしましょう!ゲームして食べましょう」
「はあ?ゲーム?」

がばりと袋を開ける。ゲームですよ、ポッキーゲームですよ。あの両端から二人で食べ進めていくという伝説のゲームです。そう説明したら伏見先輩は馬鹿だろと呟いた。馬鹿かもしれないけど楽しく食べれればそれでいいです。

「先輩にチョコ側あげますね。私はクッキー側で…」
「まだやるとは一言も言ってないんだけど。つーか相手考えろ」

相手、ですか。確かに考えてなかったかもしれない。たまたま伏見先輩に会ったから成り行きでこうなった訳で、でもだからと言って他の誰とやればいいんだろう。先輩方?淡島副長?宗像室長?最後の二人はあり得ない。

「…やっぱり伏見先輩がいいです」

他の人だとなんだか嫌だ。伏見先輩がいい。小さな声で呟いてから先輩のことを上目遣いがちで見上げる。すごく複雑そうな顔をしていらっしゃる。そんなに私とゲームするのが嫌なんだろうか。私ってそんなにつまらない人間なんだろうか。

「…さっさとくわえろよ」
「え、」

大きな溜め息の後の気怠げな声に思わず呆けた声が出る。一瞬、言葉の意味が分からなかったけど伏見先輩の早くしろという言葉に無理やり意識をこっちに連れ戻す。それから戸惑いがちに口を開いた。

「やって、くれるんですか…?」
「一回だけだからな。あと俺が勝ったら言うこと一つ聞くこと」
「は、はい!もちろんです!」

正直なところゲームができて伏見先輩とポッキーを食べられればそれでいいのだ。楽しければいい。それぐらいの気持ちしかなかったから先輩の言葉についてもあまり深く考えないで頭を縦に振っていた。

ポッキーのクッキーの部分を口にして向かい合う。身長差がそれなりにあったから爪先立ちになる。伏見先輩もまだある差を埋めるように少し屈んでチョコ側をくわえた。普段は絶対に並行にならない視線に目をそらす。なんとなく、恥ずかしいかもしれない。

ポッキーゲームってドキドキワクワクなゲームって誰かが言ってたな、なんて考えながらぽりぽりとゆっくり食べ進める。どこまで食べようかな。そんな呑気なことを考えていたら突然肩を掴まれた。お菓子の詰まった袋が腕の中から落ちた。…あれ?

「(え、ええっ!?ちょ、ちかっ!)」

私の動きが止まったのと同時に先輩の方が動き始めていた。まさか伏見先輩が食べ進めてくるなんて思っていなかったから予想外だ。どんどんと距離が詰められていく。しかも肩を掴まれているから身動きが取れない。これは、大変拙い…!

本当にギリギリのところ。あと一口でも食べれば唇が触れそうなところで思わず口を離していた。それと一緒に伏見先輩の肩に手を置いて動きを押し止める。結局、重なる寸前のところでお互いは止まった。

「…なんで止めんだよ」
「あ、あああたり前じゃないですか!危険ですよ、今の!」
「顔真っ赤だし」

言われてから頬が火照っていることに気付いて更に熱くなる。湯気が出ているかもしれない。爆発するかもしれない。目を回すような勢いの私を見て伏見先輩は軽く舌打ちをしてから、まあいいやと恐怖の言葉を突きつける。

「俺の勝ち。言うこと聞くんだったな」

し、しまった。まさかこんなことになると思っていなかったから何にも考えていない。正直言って負けるだなんて思ってなかったし。いったいどんな命令が下るのだろうか。びくびくしながら言葉を待つ私を見て伏見先輩はハァと溜め息を吐き出した。

「…今日の夜」
「は、はい」

どうしようどうしようどうしようどうしようどうしよう以下略。声が上擦った。伏見先輩ならとんでもないことを命令してきても可笑しくないような気がする。どうしようどうしようどうしようどうしようどうしよう――――…

「飯、作って」

どうしようどう…え?思考が一旦シャットダウンする。ご飯…?確か先輩の誕生日に作った料理のこと…?ポカーンとなってしまった私のおでこをペシリと伏見先輩が叩く。

「返事は?」
「っも、もちろん作ります!」
「なら決まりな」

それだけ言って先輩は床に散らばったお菓子の箱やら袋やらを拾い上げた。そんな伏見先輩の姿を見て口元がにやけてしまう。料理なんて頼まれなくても作るのに…。でも、また先輩が私の作ったものを食べたいと言ってくれるなら、すごく嬉しい。

「こういうのは賞味期限とか長いだろ。部屋の中に詰め込んどけ」
「ですね。しばらくはおやつに困りそうにないです」
「やっぱりガキだな、お前」

もうガキでも何でもいいです。好きな風に言ってください。今は私、すごく機嫌がいいですから。にやける口元を隠しながら私も落ちたものを拾う。そんなことをしばらく続けていたら唐突に伏見先輩が私のことを呼んだ。

「天風」
「はい、何でしょう?」
「…なんだ、これ」

これ、と言って見せられたのは他のものより大きくて細い袋だった。それを見て私も思い出す。ああ、そういえばそんなものも貰ったなぁ。食べ応えがありそうだって思ったからよく覚えている。

「特大版だそうです。なんでも太くて長い…むがっ!?」
「…いい。説明すんな。誰からもらっただけ言え」

伏見先輩の眼がなんだかとても怖い。あの、私なにか変なことを言ってしまったでしょうか。そう聞くこともできなくて真面目に答えを返してしまった。道明寺先輩からいただきました、と。

無言で立ち上がった先輩は端末を取り出して誰かに電話をかけ始めた。いったい誰に?確認したかったけれど一言二言喋って通話を切ってしまった――というよりも一方的に喋って切ってしまった――ので誰かは分からない。ただ、私に背を向けて歩き出した先輩の背中には鬼が見えたような気がする。

「ふ、伏見先輩、どちらに…?」
「…訓練してくる。天風は絶対来んな」
「そ、そうします…」

有無を言わさぬ色の籠もった声に素直に頷いた。そんな光景を他の先輩方が陰でみていたらことは私も、そしてきっと伏見先輩も知らない。

「(ここ、廊下だよな?白昼堂々なんつーいかがわしいことをしてんだ、あの二人)」
「(とりあえず道明寺逃げろ。超逃げろ)」

なんだかいたたまれなくなったのでとりあえずポッキーを口にしました。


HAPPY POCKEY DAY!!
20121111



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