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▼ 07


非常事態です。まったく予想だにしていなかったことが起きました。状況の急変により思考は追いついていません。いったいどうしてこういうことになったのでしょうか。

まさか、私が前線に駆り出されるなんて。

「伏見先輩。私、どうすればいいですか。援護ですか?」
「いい。何もすんな」
「そんな!」

デスクワークじゃなくてこうやって実戦に立つのはいつ以来のことだろう。きっと最後に立ったのは半年以上前だ。おかげで何をすればいいのか全くもって分からない。

「…チッ、宗像室長は何考えてるんだ」
「ひ、人手不足だって仰有ってましたけど…」

だからと言ってどうして私が…。確かにいつもデスクワークしてたのでは行動範囲が狭いし役に立てないとは思っていたけれど、急にこんなところに送り込まれても。私が戦えないことを宗像室長は知っているのだろうか。

そう、私は戦えないのだ。異能力は持っているとはいえ、それ以前に伏見先輩曰わく剣の才能が皆無らしい。だから今までずっとパソコンの前に張り付いていたのに、今になってこんな形で剣を握ることになるなんて。いつもと同じように腰に差してあるサーベルが異様なほどまでに重く感じた。

「とにかく、お前は絶対に剣を抜くな。もしストレインと遭遇した時は逃げるか隠れるかしろ」
「えっ、でもそれじゃあ伏見先輩を置いていくってことじゃないですか。そんなの…」
「…天風、いいな?」
「……わ、わかりました。逃げます」

伏見先輩の目が普段見せないほど本気の色をしている。どうやらそれほどまでに私が邪魔らしい。いや、そりゃそうですよ。こんな剣を抜いたら味方を斬るかもしれない奴と一緒に巡回するなんて誰でも嫌ですよ。…ハァ。

二人一組に分かれて行動し、例の事件の犯人を探し出せ。簡単で単純な任務に聞こえるが実際にはそう上手くいくのだろうか。何組もチームが出来ているとは言え、こうも人の多い時間にたった一人の人間を見つけ出すなんて無謀に近いとさえ思えてしまう。

とりあえず伏見先輩の邪魔にならないようにだけ気をつけないと。いざという時はバケツの中にでも隠れて…、やっぱり私ただの役立たずじゃないか。どんよりとした空気を背負いながら前を行く先輩の後ろをついて歩いた。

それにしても、こうして市中を歩くのも随分久しぶりだ。巡回に出ていない分、他の人よりも外には必要最低限にしか出ていない。一年前、まだ学生だった頃はよくここで友人と遊んでいたっけ。

そんなことを考えながらキョロキョロと辺りを見回していた時だった。たくさんの人がいるはずの交差点。なぜか、たった一人の人間と目が合ったような気がした。

そして、その顔には嫌というほど見覚えがあった。

「っ、伏見せんぱ……あれ?」

前を歩く先輩に声をかけようとして手を伸ばし、その手は宙をきった。え、と思って顔を前に戻す。いない。伏見先輩が、いない。嫌な汗が背中を伝った。

「ま、まい、ご…?」

どっちが。伏見先輩が?そんなわけがない。私だ。私がちゃんと前を見て歩いていなかったからはぐれたんだ。いつも見ている背中がどこにもないという現実に激しく動揺する。どうしようどうしようどうしよう。

もう一度振り返って交差点の方を見た。さっきの人は、いる。と言っても、もう歩き出していて後ろ姿が他の人影の間で見え隠れしているぐらいだ。ここで見逃したら次にいつ見つけられるか分からない。

「〜ッああ、もう!」

そう悪態を吐くよりも早く足は交差点の方に動き出していた。行き交う人の間を縫いながら走り、たった一人のあとを追う。まだ見える。大丈夫、追いつける。

案外頭は冷静に働いていた。制服の中から通信機器を取り出して画面に指を滑らせる。特定の名前を見つけて通話を開始。特有の電子音が三回ほど響いたあと、向こう側からノイズがかった声が聞こえてきた。

「あ、伏見先輩ですか?天風ですけど…」
『お前今どこにいるんだよ』
「えと、はぐれちゃったみたいで、多分先輩が向かって方向とは逆ですね」

走る。走る。だんだんと背中がはっきりと見えてくる。追いついたらどうしよう。声をかける?いや、こんなところでこっちのことがバレて能力を使われても面倒だ。なら、取り押さえるしかない。

「今、容疑者の男を追ってます。○○地区の方です」
『…ちょっと待て。お前が追ったところでどうするつもりだ』
「私は戦えません。そんなことは重々承知です。ですから私は尾行を続けるので伏見先輩に捕縛してほしいなと思いまして」

あ、路地裏に入った。急いで追おうと思って私も入ろうとして止まる。路地裏に人影は男のものしかない。このままついて行ったら見つかりそうだ。どうしようか、と顔だけ覗かせ男の姿を目で追う私の耳に先輩の舌打ちが聞こえてきた。

『すぐ行く。どこら辺だ』
「一丁目三番地の路地裏です。この位置からだとちょうど大きなビルが見えます」

どうする。このままここにいても男を逃がしてしまうだけだ。伏見先輩が来るまで時間を稼がないと。一度大きく息を吸って、吐き出す。行くしかない。

「バレると厄介なので通信切りますね。GPSで場所追ってください」
『は?お前、深追いは…』
「大丈夫です。万一バレても少しは時間稼ぎますから。それじゃあ失礼します」

まだ何か言いたそうにしていた伏見先輩だったけど、これ以上長引くと本当に見失う。一方的に通信を切って制服の中にしまった。あとで怒られるかもしれないなぁ。でも今はそんなことを恐れてる場合じゃない。

足音を立てないようにして路地裏に入る。男との距離はそれなりに開いているから攻撃されても避けることぐらいは出来るだろう。一歩、一歩と距離を保ちながら歩いていく。

前に先輩にその人は一人ぼっちで誰かに認めてほしかったんじゃないかと言った。少しだけだけど同情した。でも、相手はどんな理由があれ犯罪者だ。しかも自分で手を下すことはせず、他人を使うような卑怯者だ。そんな人間をこの世界に放り出しておくわけにはいかない。

「さっきっから僕のあとについて来てますけど、どちら様ですかぁ?」

足が止まった。冷や汗が身体中から噴き出す。バレていた。いつから?目が合った時からか?隠れる?逃げる?自問自答を繰り返しても動くことが出来ない私を小馬鹿にするように笑った男はゆっくりと振り返った。

やっぱりあの顔だった。パソコンの画面に映ったあの何も読み取れない顔。まさか本物もここまで読めないなんて。ぐっと拳を握りしめ、サーベルの柄に手をかける。私に出来るのは時間稼ぎだけだ。

「…あなたが一連の事件の首謀者ですね?抵抗をせず、大人しく私の言うとおりにする気はありますか」
「んー、あれぇ?その制服…」

話が通じる相手じゃなさそうだ。このまま実力行使で押さえられればいいけれど私にはその力がない。でも、あの人ならそれが出来る。それぐらいの力がある。まだですか伏見先輩、早く来てください。

「その制服、もしかしてセプター4…?」
「だったらどうしますか。大人しくしますか。それとも戦いますか?」

じわりとサーベルを握る手に汗が広がる。口では強そうなことを並べているけれど本当に戦うことになったらどうしよう。とりあえず抜刀する?でも伏見先輩からは何が何でも剣を抜くなって言われてるし…。

「そっかそっかぁ。セプター4かぁ。すごいね、どうやら神様は僕に味方したようだ」

何を言っているのか理解できない。私がセプター4なら何が起こるって言うんだ。私が訝しげに眉を顰めるのとは対照的に男は尚も笑い続ける。クスクスと、楽しそうに。

「…ほんと、ついてるなぁ」

何も分からない。何も感じられない。そんな泥沼のような瞳が鈍く輝いた。





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