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▼ 05


「天風ってなんか最近落ち着いたな」
「はい?」

画面から顔を上げて私の方を見ながらそんなことをぼやいた先輩を見やる。いまいち意味が分からなかった。落ち着いた?私はそんなに落ち着きのない人間だっただろうか。首を傾げれば先輩は苦笑いを浮かべながら、違う違うと手を横に振った。

「ちょっと前までは伏見さんがいないと落ち着かないっていうか、なんか足元が覚束無かったからさ」
「それ分かる。伏見さんが市内巡回に出てる時とか、すごくソワソワしてた」
「え、そうだったんですか」

別に普通に過ごしていたつもりだった。確かに早く伏見先輩帰ってこないかなとか怪我してないかなとか思っていたことはいたけれど。そう呟いたら先輩たちに、それだよと声を合わせて指摘された。これですか。

「それに比べて今は伏見さんがいなくてもちゃんと立ててるよ。どういう心境の変化だ?」

今はちょうど話の主の伏見先輩は巡回に出ていてここにはいない。ちなみに淡島副長も宗像室長のところに行っているようで姿は見えない。そのタイミングを丁度いいと思ったのだろうか、先輩たちは私のデスクの周りに腰を下ろした。

仕事しなくて大丈夫なのかな、と思いつつも偶にはいいかと私もパソコンのキーボードから手を離す。何か飲みます?いや、流石にそこまでくつろぐつもりはないから。そんな会話を交えながら話は先ほどの話題に戻った。

「別に私は変わったつもりなんてないんですが…」
「他人から見れば変わったって。なんだ、飽きたか?」
「…すみません。今の言葉もう一回お願いします」
「じょ、冗談だよ。そんな目して睨むなって」

慌てて首を横に振る先輩を横目に一つ溜め息を吐く。本人がいないからって好き勝手なことを言わないでもらいたい。まるで私がそう思っているみたいだ。そんなこと、あり得ないのに。

ただ、なんとなくだけど分かったことがあっただけだ。あの日、伏見先輩がくれた黙って待っていればいいって言葉。意味もない心配なんてしてもどうにもならない。なら、今の私にできることをしようって。

「ということで伏見先輩が巡回に出ている間に先輩の仕事を少しお手伝いしようという結論に至りました」
「いやいや、この書類の量、少しどころじゃないぞ」
「でもこれ、いつも伏見先輩がこなしているノルマの半分もありませんよ」
「…ほんと何者だよ、あの人」

あんなやる気なさそうな雰囲気しておいてやることはきっちりやるから凄いんだよなぁ、と先輩がぼやく。だからこそ完璧なんだろう。だからこの程度の私の助力が果たして伏見先輩の重荷を減らせているのか、全く分からない。

「でもなぁ、天風って確か一年ぐらい前にここに来たよな?いつからあんなに伏見さんにべったりになったんだ?」
「べ、べったりとか言わないでください。…別に時期とかないですよ」
「と、言いますと?」

先輩、顔がにやけてます。この人たち、本当はこのことを聞くためだけにこのタイミングで私のところに来たな。下心丸出しじゃないですか。

「…私はここに配属になってすぐに伏見先輩の下に就きました」
「ああ、そういえば伏見さんって入ってきたばっかの天風の指導役だったんだっけか」

先輩の言葉に軽く頷く。それから目を閉じてあの頃を思い出した。懐かしいような、ついこの前のことのような。思い出が走馬灯のように脳裏を過ぎった。

「でも、伏見さんって結構性格的にきついとこあるだろ。よく堪えられたな」
「はい、スパルタでした。もっと早く仕事しろ新人って何度言われたか覚えていません」
「…なんか、あれだな。おつかれ」

そうですね。我ながらお疲れ様と言ってやりたいぐらいあの頃は今以上に苦労してましたよ。主に精神的な面で。あー…と先輩二人から憐れみの視線をいただいた。

ただ、伏見先輩を責めることも貶すこともできなかった。上司だからという理由も勿論ある。だけど、それ以前にあの人は私にあれやれこれやれ言う以上のことをしていた。

「納得するんですよ、伏見先輩を見てると。自分がどれだけ能無しで役立たずなのかを」

歴然とした差を感じた。自分にはあの人の足元にも及ばないのだと身をもって感じさせられた。だから伏見先輩にいくら怒られようが嫌味を言われようが、怒りという感情はこれっぽっちも湧いてこなかった。

「で、伏見さんは憧れの人になってどこまでもついて行こうと思ったのか」
「いいえ。その時はむしろ逆でした。どのタイミングでここを辞めようかと悩んでましたから」
「…マジか」

マジです。真顔で頷いてから視線を手元に落とす。差が、ありすぎたんだ。絶対に埋められないと思った。このままここにいたって落ちこぼれになるだけ。それならさっさと別のところに移って普通の一般人として過ごせばいい。

そう、思っていたはずなのになぁ。気づけば無意識のうちに口元が緩んでいた。

「実戦演習の時でした。初めて伏見先輩の戦う姿を見て、なんというか…言葉にできないものを感じたんです」
「つまり戦ってるところを見て惚れたと」
「ほ、惚れたんじゃありません!なんか、こう…びびっときたと言うか、その…」

言葉に出して言うのはどうにも難しかった。直感的だったというのか、とりあえず惹かれたのだ。あんなにも身軽に戦場を動き回り、どんな相手の攻撃も受け流し、圧倒的な力を見せつける。そんな姿に言いようのない何かを感じた。

この人のために何かをしたいと思った。どんな形ででもいい。人間としてじゃなくて道具としてでもいい。ただ、伏見先輩のために尽くしたいと願った。

「そういう訳で私は伏見先輩と一緒にいさせてもらっています。…こんな感じでいいでしょうか」

なんとなく居心地が悪くて顔を上げることができない。先輩たち、どんな顔しているんだろう。馬鹿げてるって笑いを堪えているのだろうか。

そんなことを考えながらチラリと先輩二人の顔を盗み見る。二人は案の定笑いを堪えて―――いなかった。

「(つまりアレか。一目惚れってやつか。若いな、天風)」
「(あー…きっと本人も自覚してないパターンだな。なんの純情ドラマだこれ)」

先輩方、なんでそんなに微笑ましそうにしているんでしょうか。私、そんなに変なこと言ったかな。私を見つめたまま動かない先輩たちに声をかけようと口を開こうとしたその時ドアが静かに開いた。

「天風」
「! 伏見先輩!」

名前を呼ぶ声に振り返れば今し方帰ってきたであろう伏見先輩を見つけ、立ち上がって駆け寄る。咄嗟に先輩の頭から爪先までを見てしまったが、今日もいつもどおり怪我なんてしていないようだ。

「先輩、おかえりなさい」
「…ああ。昼行くぞ」
「はいっ」

もうそんな時間か。どうりでお腹が空くわけだ。情けない音を出しそうなお腹を押さえ、さっさと行ってしまった伏見先輩に置いていかれないように小走りで部屋を出た。

「(…えっ、伏見さん、もしかして)」
「(いやいや、それはない。いや、まさか。いやいやいや、ないだろー)」

未だに私のデスク周りで先輩たちがそんなことを考えていたなんて知る由もない。





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