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▼ 59

綺麗な色が黒く染まっていく。混ざるべきではないものが入れられて沈殿する。元の色は消え失せぐちゃぐちゃになって、それはとても綺麗とは言えなかった。

「渚ちゃんはなに飲むん?」
「、いえ。私は…結構です」

淡島副長のあんこで私はお腹いっぱいです、と苦笑いを溢して複雑な心中を誤魔化す。相変わらず食欲を削り取る代物だ。日頃から淡島副長の悪食は知っていて見慣れたものだが、やはり理解できない。

尊敬する人だがこの趣味、というか味覚だけは尊敬したくなかった。ゲテモノ。そこだけは憧れない。

草薙さんはよく自分の愛してやまないカクテルをこんな風にされて平気でいられるな。そんなことを思いながら本人をチラリと一瞥すれば目があって、反射的に視線をそらした。

「そういや、ウチの大将が面倒かけてはるな」
「自分たちの王が他の王に囚われているといえのに余裕の顔ね。なにを考えているの?」

二人の会話に、その中に混ざってもいない癖してドキリと心臓が跳ねた。もう分かりきっていることだ。だけど、信じたくない。それでも、逃げることのできない事実を眼前に突きつけられる。

草薙さんは赤のクランズマンだ。淡島副長は青のクランズマンだ。本来、こうして会うべき関係ではない。お互いのクランに知られれば裏切り行為と見られても仕方がない。

それなのに、淡島副長はプライベートとしてここにやって来た。そして、草薙さんも客として受け入れた。この二人はどういう関係なのだろう。そして、どうして私が連れてこられたのか。

「赤の王のヴァイスマン偏差は限界にきている」
「迦具土クレーターか。物騒な話やな」

言葉のわりに草薙さんの顔色に変化はなかった。正直、この人がなにを考えているのか分からない。だって、ダモクレスダウンは人を、王を殺すことができるのに。

先代の赤の王はヴァイスマン偏差の限界を超え、自身の剣を地に落とした。おかげで日本列島の一部は姿を消し、そして王は死んだ。

それがまた繰り返されようとしている。それに今度は他人事じゃない。自分たちの王だろう。それならもっと必死になるべきなのではないだろうか。

「せやからやろ。少なくともあんたんとこには、アイツを止められる奴がいてはる。…少しの間、うっかり周りの全てを焼き尽くしたりする心配せんと眠りたかったんとちゃうか」

アイツ、昔から我慢とか制御とか面倒くさいこと嫌いやったからなあ。そうして彼は過去を懐古する。そうして彼は、王に心酔する。

ああ、この人は。私は草薙さんと赤の王のことをなにも知らない。それでも分かることは、草薙さんには赤の王は自分望むようには動いてくれないと理解してるということ。そして、そんな赤の王が草薙さんは大嫌いで、同時に大好きなこと。

この人は、自分の王が死ぬことを受け入れている。認めている。悪く言えば、諦めていた。

「王、失格ね」
「アイツも、だだっ広いサバンナでライオンにでも生まれたら、幸せやったんやけどな」

きっと、草薙さんには結末が見えている。赤の王が無色の王を殺すことも、殺されることも。あの状態ではどう抗ったところでもう手遅れだった。もうすぐ、剣は堕ちる。

私に草薙さんが必死になって王を止める姿が想像できないのは、きっとそれが理由だった。赤の王のことをよく分かっているからこそ、止めない。止められないという王と臣下の根底的な前提以前に、この人は止めない。

仲間を、友人を見殺しにしているようなものなのに。なのに、どうしてこの人は平気なフリをするのだろう。全部一人で背負おうとするのだろう。

「私たちは私たちの仕事をするまでよ」

疑問に思いはするけれど私にはなにもできない。できる筈がない。赤の王を敵にすることはあり得れど、救うことなんてできるわけがない。それが組織だ。それが、私だった。

淡島副長が立ち上がるのにつられて私も自然と席を立つ。ここから出てしまえば、私たちはもう敵対するクランズマンになるのだろうか。もう、ここには来れないのだろうか。

来られなくていいのかもしれない。だって、ここにはあまりにも残酷な記憶しかないのだから。

「仲間のモンや、それ。無節操に趣味が多い奴やったからな。おかげさんで、店のインテリアがおかしなことになってもうた」

胸の辺りがズキンとした。急に息をするのが苦しくなった。知ってる。それを私に向けて、微笑んでいた人を私は知っている。

一刻も早くここから出たかった。もう、いたくなかった。席を立って店を出ようと一歩踏み出す。そんな私を止めたのは上司の声だった。

「ああ、忘れてた。天風は残りなさい」
「…は?」

残る?ここに?どうして。一瞬、頭が動かなくなって惚けた顔のまま行動を停止した。淡島副長が帰るなら私も一緒に帰りますよ。そんな私の言い分を見越したように淡島副長は続ける。

「帰らないといけない理由でもあるのかしら?」
「理由は、特にありませんが…。でも残る理由もないです。それに明日も仕事が…」
「残りなさい。明日も、出勤する義務は与えないわ」

そ、そんなぁ。これ、プライベートですよね?今は無礼講だったんじゃなかったんですか。急な命令に不平不満が口を突いて出てこようとする。それを押し留めたのは、淡島副長の言葉が凶器となって胸元を抉ったからだ。

「今の貴女に何ができる?覚悟も、信念も、希望も失くした貴女に」

目の前が真っ暗になった。一寸先も見えない、暗闇。それは今の私の行く末だ。どこに向かえばいいのか分からない、そんな私の心象風景だった。

「今日一日で決断しなさい。これ以上、先延ばしにはできる状況じゃなくなったの」

わかってる。わかってますよ、そんなこと。もう、時間がないってことぐらい。でも、そんな簡単に決められるわけがないじゃないですか。

青に留まるか、一人になるか、自分を殺すか。そんな大切なこと、私に決められるわけがない。



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