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▼ 04


「お見苦しいところをお見せしました…」
「別に。転んで泣くのと同レベルだったし」
「ぜ、全然違いますよ!」

こんなに悩んだっていうのに酷すぎます。そう言いながら涙が完全に止まった目元を自分の制服の袖でゴシゴシと擦った。絶対に充血してると思う。あとで自室に戻って伊達眼鏡を取りに行かないといけなさそうだ。

「ああ、そういえば淡島副長から伝言があるんだけど」

動きをピタリと止める。淡島副長、だと…?残念なことにいい予感がしない。悪い予感ばかりする。だって私のことどうしようもない人間だって言ってたし。なにか言い足りないことでもあったのだろうか。

淡島副長のことが嫌いになったとか、苦手になったとかそういう意識は全くない。実際あの人の言ったことは正しかったし、結果としてこうして解決したわけだ。でも、これ以上なにか言われたら精神的ダメージが大きすぎて鬱になるかもしれない。

「な、なんて仰有ってました…?」

びくびくしながら伏見先輩の顔色を窺う。嫌味?それとも叱責?いったいどんな伝言が襲いかかってくるんだ?恐怖に怯える私の姿を見て先輩は心底めんどくさそうに溜め息を吐き出した。

「…勘違いされたみたいだから誤解を解いておいてくれって」
「、へ?」
「お前、淡島副長にいったい何したの」

何したというか、寧ろされた方なんですけど。思い返しても私が何かしたという記憶がない。どういうことでしょうか?と首を傾げたら、それはこっちの台詞だと頭を叩かれた。

「よく分かんないけどお前が俺のために働いてるおかげで仕事スピードが早くて助かってて、結果として全体が回ってるとかなんだとか」
「えと、いまいち理解できないですね。先輩分かります?」
「俺の方が理解できねぇよ」
「ですよね」

そこでふと淡島副長の言葉を思い出す。そういえば、私のことどうしようもない人間だって言ってたけど、これは誉めてるんだとか言ってたような気がしなくもない。いろいろと精一杯だったから忘れていたけれど。

「…チッ、自分で言えばいいものをわざわざ俺に言わせてなんの得があるんだよ」
「それは、きっと淡島副長が伏見先輩のことを信頼しているから…」
「そんな信頼いらないんだけど」

伏見先輩って何事にも興味関心ない人だからなぁ。変な役目を引き当ててしまったのかもしれない。すみません、と頭を下げれば何でお前が謝んのと返された。だって元は私が勘違いしたのが原因だし。

「確かにお前の責任かもな」
「うっ、申し訳ない、です…」
「巡回から戻ってきたと思えば淡島副長に捕まってよく分からない言葉並べられて、有無を言わさず仮眠室に行かされたと思ったらお前泣いてるし」
「ううう…すみません…!」

槍の切っ先部分が心臓部にぐさぐさと突き刺さる。淡島副長だけでなく伏見先輩にまで迷惑をかける結果になってしまっていたなんて。申し訳ないと同時に穴があったら入りたいぐらいに恥ずかしい。

頬が熱いから今の私は茹で蛸のように赤くなっているに違いない。ああ、なんて情けないんだろう。あまりの羞恥に先輩の顔を見られず俯いていれば、頭上から小さな舌打ちが聞こえた。

「…まあ、淡島副長の言ってたことは気にしなくていいんじゃねぇの?」
「それでいいんでしょうか…」
「俺がいいって言ったらお前は文句言わずに納得すればいいんだよ」
「そう、ですね。はい、そうしま……ってああああ!?」

突然の絶叫。思い出してしまった。とても大切なことを忘れていて、今ようやく思い出せた。何故忘れていた自分。私が大声を上げたことに少なからず驚いたのか、いつもより目を大きくさせて私の方を見ている伏見先輩に詰め寄った。

「伏見先輩…」
「、なに」
「お怪我とかしてませんよね!?」
「…はあ?」

何故忘れていたんだ自分!私はずっと伏見先輩が無事に巡回から帰ってくるのを待っていたじゃないか!ずっと時計の秒針が動いていくのを見ていて、なんで今日に限ってこんなに時間経つの遅いんだよって内心愚痴っていたじゃないか!

羞恥なんてどこかに飛んでいった。頬にあった熱なんてとうの昔に消え去った。むしろ今はとても寒い。もし先輩が怪我をしていたらどうしよう。怪我をした状態で私のところまで来てくれて今こうしているんだったらどうしようあああああああ。

「私、先輩の部下として失格な失態を犯しました。煮るなり焼くなり好きにしてください…」
「…はぁ、殺せって言った次は煮て焼けって、今日は随分と注文が多いな」
「そ、そんなつもりでは!あ、あの、…すみませんでした」
「何に対しての謝罪?それ」

強いて言うなら全てに関しての、だろう。伏見先輩の言うとおり今日の私はどうかしている。いったい何度先輩に迷惑をかければ気が済むのだろうか。ああ、自己嫌悪の渦に呑み込まれそう。

迷惑になんてなりたくない。役に立ちたい。いつだってそう思っているのに、いつだって空回り。ぐるぐるぐる。もやもやもや。どんよりとした雲が私の頭に降りかかっている。そんな私に向かって先輩は舌打ち。幸せ逃げちゃいますよ。

「…天風」
「……はい、何でしょう」
「俺はどこも怪我してない。そう簡単にやられるほど俺は弱くない」

知ってます。伏見先輩は強いです。頭もいいです。セプター4のNo.3でそこらの能力者なんかには負けたりなんかしない。そう信じてるし、確信してます。

「でも、もし先輩が怪我したり傷ついたりしたら…。私、どうすればいいか、分かりません」

純粋に嫌なんだ。この人の傷ついた姿を見るのが。どうしようもなく、嫌なんだ。先輩にはいつもみたいにしていてほしい。無頓着でぶっきらぼうな先輩のままでいてほしい。それ以外の姿は、知りたくない。

「お前なんかに心配されてるようじゃ終わりだな」

酷いです、それ。私は本気で心配してるのに。もう少し先輩も自覚してください。口には出さずに内心毒づく。そんな私を知ってか知らずか、伏見先輩はもう一度だけ舌打ちをした。

「…お前は黙って俺の帰りを待っていればいいんだよ」

本当に、少しは自覚してくださいよ。どれだけ私が先輩のことを尊敬しているのか。その言葉でどれだけ私が泣きそうになっているのか。私にとって伏見先輩、貴方がどれだけ大きな存在なのかということを。

「伏見先輩」
「今度はなに」

めんどくさそうに息を吐き出して眼鏡の奥の瞳に私の姿を映し出す。やっぱり奇跡だ。こうしてこの人の近くに私なんかがいられることは。きっと今まで生きてきて一番の偶然だった。

「おかえりなさい」

そうして私は彼の斜め後ろを歩き出す。





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