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「あら、天風。丁度いいところに来たわね。出動よ」
「え?」

ちょうど事務作業から戻ってきた時だった。淡島副長に声をかけられて、何のことだか分からずに立ち止まる。出動、とは。

思わず首を傾げれば簡単な説明が下る。内容は、十束多々良殺害事件の容疑者の身元を特定した。直ちに急行し身柄を取り押さえる、というもの。ドクリと心臓が鳴った。

多々良さんを殺した人間。見つけた。会える。ドクドクと血流の音が身体から聞こえてくる。恐怖しているのか、それとも高揚しているのか、よく分からない。

「場所は葦中学園。容疑者はそこの生徒だと思われる。我々が行って、確保するわ」
「そ、そんな任務に私が同行していいんですか?」

身体とは逆に脳は冷静だ。相手は拳銃を所持している可能性が高い。そして、無色の王。自称とは言え、もし本物だとすれば私は足手まといなのではないだろうか。

おずおずとそう聞いた私を淡島副長は品定めするようにジッと見る。蛇に睨まれた蛙とでも言うべきか、身動きが取れない。だけど、それも一瞬のことだ。

「実力行使に出るつもりはない。平和的に事を解決する」

だから、そう固くなるな。緊張を解きほぐしてくれるような言葉に殺していた息を吐く。気を使ってくれたのだろうか。なんとなく、そんな気がした。

それでも、と淡島副長が言葉を続ければ自然と肩に力が入る。分かってる。今さら聞く必要もない。もし、相手が抵抗したのであればーーーー

「取り逃がすつもりは毛頭ない。時には実力行使もやむ終えまい」
「…やっぱり穏やかではないですね」

それだけ、重大なことなんだ。一般人を殺した第七の王。ぐっと強く拳を握りしめ、モニターに映し出された風景を見つめる。学園島。確かに厄介な場所だ。

セキュリティーも厳重で、なにより生徒の保身が約束されている。ここに逃げ込まれると一筋縄ではいかないと思う。それと同時に、なぜ自分が連れて行かれるのかが分かった。

「行きます。私も、彼には聞きたいことがあるので」

そう言って、腰のサーベルの柄に手をかけ握る。戦うことになるかもしれない。殺し、殺されることになるかもしれない。そう思うと、身体も気持ちも重くなる。

だけど、絶対に逃がすわけにはいかない。関係のない一般人を殺し、未だに逃走を続けてのうのうと生きている殺人者だ。彼は裁かれなければならない。

「聞きたいことって?」
「えと、…まあ、いろいろと。気になることがあるので」

伏見先輩に声をかけられて言葉を濁す。いろいろと。その言葉に嘘はない。

彼が無色の王でなければ、また事態は変わっていたのだろうか。こんなことにはならなかったのだろうか。それなら何故、こんなことになってしまったのか。

元を辿れば無色の王を自称する彼がどうして他人を殺すことになったのか。それが原点になる。そして、それを知るには直接本人に聞く他ない。

「知りもしない被害者に感情移入してるとかじゃないだろうな」
「ち、違います!そんなんじゃ、ありませんよ…」
「…なら、いいけど」

呆れたように、そして少し訝しげな視線を向けられて目を逸らす。知りもしない被害者。感情移入。どこまで否定し、どこから肯定すればいいのか。

「伏見先輩はこの事件のこと、どう思いますか?」
「どうって、なにが」

淡々と聞き返されると言葉に詰まる。なんて言えばいいのだろう。聞きたいことは決まってる。この事件に何か感じることはないのか。犯人に対して、被害者に対して、何か思うことはないのか。

ああ、でも伏見先輩は被害者の十束さんと関係はないから。だから、よくある事件の一つとして数えられるのかもしれない。

そう思って、だけど本当にそうなのかと自分を、そして伏見先輩を疑った。

「別に。どうも思わない」

その時の伏見先輩はあまりにも淡々とし過ぎていた。否定しただけで、その後に続く言葉はない。伏見先輩なら、そんなこと一々考えてたらお前の頭おかしくなるぞ、くらいのことを言うと思っていたのに。

それはまるで、蓋をしているようで。目を背けているようで。だけど、聞くに聞けなかった。それ以上、踏み入れるのが怖かった。

「お前はあんの?」
「えっ?」
「今回の件、何か思う節でもあんのかよ」

だから、ある意味では疑問を私にぶつけて自分から興味を逸らさせる伏見先輩の行動は救いだった。同時に、自殺行為でもあった。

「…納得いかないんです。どうして彼が、殺されなければならなかったのか」

彼は、十束さんは、殺される理由があったのだろうか。あんなに優しくて周りを穏やかにしてくれるような人に殺される動機なんてあったのか。

ある筈がないだろう。ふつふつと沸き起こる激情。胸元で手を握りしめる。十束さんは巻き込まれた。無関係なのに、殺された。命を奪われた。

「絶対に許せないんです。絶対に、罪を償わせたいんです。どんな手を使っても」

その時の私はそう信じて疑わず、そしてその言葉は伏見先輩に疑念を抱かせるのに十分な材料だった。

「渚…お前、なんでそんなに必死なんだよ」
「なんでって、そんなの…!」

十束さんは私の大好きな人だから。顔を上げてそう言おうとして、唇を開けたまま動きが止まった。

許すわけにはいかない。必ず罪を償わせる。そんなどこから湧いてきたのか分かりもしない憤怒と正義感。それだけで私はいっぱいだった。それしか考えていなかった。

だけど、その時の伏見先輩の瞳に、表情に、その激情は消え失せた。

「伏見先輩…?どうし、」
「意味分かんねぇよ…。知り合いならまだしも知りもしない赤の他人に、なんでそんなに固執してんだよ…」

息を呑む。伏見先輩は怯えていた。なにかに。私は何も言えなかった。だって、伏見先輩がこんな風に動揺するなんて思いもしなかったから。

どうしてそんなに怖がる必要があるんですか。瞬きもできずにただただ目の前にいる見たことのない人間を凝視する。だけど、きっと伏見先輩は私越しに別のモノを見ていた。

この人は怯えていた。十束多々良という一人の人間に。もうこの世にはいない、死人の影に。

「伏見!天風!いつまで油を売っているつもりだ。学園島に向かうぞ!」

淡島副長の叱責の声にハッとして瞳を瞬いた。それは伏見先輩も同じだったらしく、珍しく小さく肩を揺らす。そして、引き戻されるように伏見先輩の瞳は『私』を映した。

「…っ、」
「え、あっ、ちょっと!」

私の呼び止める声なんて無視し、大きく舌を打って苛立たしげに部屋を出て行く後姿を呆然としながら見送った。私も行かなきゃ。追いかけなきゃ。でも、動けない。

大きな音を立ててしまった扉。私の頭は混乱して、ぐちゃぐちゃになっていた。つまり、どういうこと。意味が分からないのは私の方だ。

「、伏見先輩…」

胸を押さえて息を吐く。今まで自身を奮い立たせていた怒りはどこに行ってしまったのだろう。今の私にあるのは、漠然とした不安。

ふとモニターに映し出されている画像に目が行った。見覚えのある風景だ。ただの一般人しかいない場所だ。それなのに、なぜだろう。

「学園、島…」

嫌な予感。焦燥が身を蝕んだ。



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