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▼ 47



王を前にして死刑宣告を待つ罪人の気持ち、というわけでもなかった。緊張していなかったということではない。冷静だったと胸を張って言えるわけではない。ただ、まともだった。普通だった。

「処断を下すつもりはありません。多少の相違はありましたが、ここまではシナリオ通りです」

その言葉に安堵しなかったわけではなかったが、そこまで感慨があるということでもなかった。そうだろうな、とすぐに納得できた。きっと、心のどこかでこうなることを想定していた。気付いていた。

「私を利用している。そういうことですね」

淡島副長が私を利用していると言ったように、宗像室長も私を利用しているのでしょう。だから、この状況を想定内だと考えているんでしょう。

その時の私はどこか反抗的だったのかもしれない。ほんの少しだけ怒っていたのかもしれない。だから、挑戦的な口調になった。それでも、宗像室長は驚くこともせず顔色を変えようともしない。それどころか、全てを見越したように口を開く。

「知りたいですか?」
「えっ?」
「さすがの君もそろそろ痺れを切らす頃ではないかと言っているんです」

図星をつかれて身体が固くなる。どうしてこうも知り尽くされているのか。王とクランズマンは思考を共有しているのではないか。そうでなければ、どうして自分ではない他人の心情をここまで正確に読み取れるのだろう。

俯瞰されていると思った。まるでマリオネットのように手足に糸を括り付けられ、思うがままに振り回されている。少しだけ顔が熱くなって、吐き出した息が震えた。

「いったい何を私に隠しているんですか」

疑問に思い続け、不安で仕方なくて聞くことのできなかった問いかけ。それを口に出せたのは、たぶん勇気とかそういうものではなかった。きっと、表現的には感情任せが妥当なところだった。

だから、聞いてから少し後悔した。なぜなら、嫌な予感が拭えなかったから。聞きたくもなかった答えが返ってくる気がする。それでも今から何を言おうと遅い。もう、取り返しがつかない。

「君はなぜ自分がここに登用されたか、考えたことがありますか?」
「考えはしましたけど…、いくら考えても答えらしい答えは出てきませんでした」

今となっては特務隊に馴染めてはきているが、実力で言えば全ての隊員の底辺にいるのが私なのだと思う。なら、配属された当初は尚更にそれが顕著だった筈だ。それなのになぜと考えても、それらしい答えが見つからない。

ふむ、と指を組んで思案するように目を伏せ、やがて決断したように真剣な表情で私のことを見上げた宗像室長の眼光は、驚くほど鋭かった。

「この場でハッキリとさせておきましょう。君程度の戦闘力の者は本来、特務隊には必要としていません」

理解していた筈だったけれど、面と向かって言葉にされるとさすがに堪えた。不必要。心臓に何かが突き刺さったように痛い。心拍が速くなる。嫌な汗が流れて、呼吸が乱れた。

ぐっと拳を握りしめて平常心を保とうと一度深く息を吸う。まだだ。本題はここじゃない。もっと奥深くまで潜らなければいけない。そして、もっと奥深くまで抉られなければいけない。

そんな私の心情を知ってか知らずか、宗像室長は否応無しに話を進めていく。

「ならば、なぜ天風君は今こうしてここにいるのか。その理由がそれです」

それ。今の状況で何のことですかと聞けるほど私も怖いもの知らずではない。服を着ているから見えている筈がない。そう分かっていても恐怖からか、無意識のうちに胸のあたりに手を当てていた。

「初期の検診時にその特性は既に表れていた」
「じゃあ、私に他の力の影響を受ける体質がなければここにはいられなかったと…?」
「そういうことです」

忌むべき体質だと思っていた。だって、これのせいで私は他人より攻撃を受けた時のダメージが大きいし、こんな風に別のクランの力を手に入れてしまった。私は青色だけでいたかった。他の色なんて、いらなかった。

それなのに、これがなければ私は青にもなれなかった?某然として、同時に宗像室長が何の為に私をここに置いたのかがなんとなく理解できて口元が引きつった。利用なんて生易しいものじゃない。これはーーーー

「青としての力以外に別の色を持った時、人間がどこまでその力を制御し行使するのか私には興味があった」
「…なんですか、それ。そんなの、人体実験となんら変わりないじゃないですか…!」
「それに何の問題が?」

は、と無様に口を開けたまま動けなくなる。どうしてそんな涼しい顔をしていられるんですか。どうしてそんなに当たり前のように言えるんですか被害者じゃないからどうだっていいんですか。

「室長は私がどうなろうと構わない…。私はただの研究対象だっていうんですか!?」
「君はクランの意味を、あり方を履き違えている。クランは王とクランズマンの関係であって友人ではない。利用し利用され、裏切り裏切られるのは当然です」

強い口調に思わずたじろぐ。宗像室長の瞳は真剣そのものだった。嘘偽りなど微塵にもなく、本心から私と対峙している。そして、宗像室長の言葉はもっとものことだった。

私たちは友だちなんかじゃない。もっと社会的な上司と部下であり、王と配下だ。王は家来を使役し、捨て駒として使うこともできるれば陵辱することだってできる。私はそれを理解していた筈だ。覚悟していた筈だ。

宗像室長が好きでそんなことをしているわけではないということは、なんとなくだが分かる。こうして私に教えてくれること自体、優しさなのだろう。この人もまた、私と同じように何かしらの苦悩を抱えている。

「セプター4は組織だ。仲良しこよしのチンピラ集団とは違う」

それはまるで別のクランと比較し、肯定と否定を重ねたような物言いに聞き取れた。それに驚いて唖然として、それと同時にこの人も人間なのだと当たり前のことを改めて知る。

「…私としたことが、少し熱くなりすぎましたね」

すみません、と眼鏡のブリッジを押し上げて微笑む自嘲的に微笑む姿に何も言えなかった。眼球すら動かせず、身体が硬直する。現実を思い知らされて、反論を述べることも忘れた。

「ですが、これだけは覚えておきなさい、天風くん。私は目的の為ならば手段は選ばない。そんな王の下に君は奇しくも自ら従いに来たのだということを」

私はきっと王の弁舌に聴き惚れていた。いつの間にか怒りはどこかに消え失せ、残ったのは自分が世間知らずだったという羞恥。逃げるように視線を外して、机の上に散らばるパズルのピースを眺めた。

私は父のようになりたかった。誰かを守って、誰かを救いたかった。下心がなかったとは言い切れないかもしれない。だけど、志半ばにして倒れた父さんの意志を継いで、父に成し得なかったことを私がしてみせたかった。

綺麗事じゃ済まされない。それだけじゃあ、何も救えない。本当に勇者になりたいのであれば、誰かにとっての悪者にならなければいけない。全ては表裏一体。正義と悪は紙一重。

「ここに来た自分の過去を呪え。自分の判断を悔いろ。自分の覚悟を思い出せ」

本当は分かっていた。自分は弱い。だから利用される。だから何も守れない。だから、無力。

本当は分かっていた。弱さは隠さなければいけない。だから利用する。だから他人の幸せを壊す。だから、残酷。

「そして、私を恨みなさい。その代わりに、君の刃に大義を掲げなさい」

きっと、私は怖がっていた。自分の為に他人を傷つけることを。それは優しさなんかじゃない。甘えだ。他人の目が怖くて、評価が怖くて、善人ぶって生きたくて、悪を憎んでいたかった。

それじゃあ駄目だということは、たぶんここに来るずっと前から分かっていた。物心ついた時から見続けてきた背中に全てを悟っていた。この人も、正義の味方であると同時に大罪人なのだと。

私は父さんのようになりたかった。だけど、父さんのようになりたくもなかった。

「それを踏まえて問います。君は青を捨てますか?」
「…いいえ」

父さんのように正義の皮を被った悪党になるのが嫌だった。そして、父さんのように自分の責務を放棄するのが嫌だった。たとえ、それが殉職という形であったとしても、恐れからの逃避であったとしても。

私にはやりたいことがある。やらなければいけないことがある。譲れないものがある。私は青以外にはならない。

「私は、絶対に青を捨てるようなことはしません」

最初に持っていた志。誰かを守る。誰かを救う。その気持ちは今でも変わらないし、むしろ昔よりも強く持っている。だけど、そうじゃない。もっと大切なものがあるから。

いや、ちょっと違う。大切なものになってしまったからの方が正しいのかもしれない。少なくともセプター4としてはそれは喜ばれることではないのだろうけれども。

だけど、宗像室長は私の答えを聞いても驚かないし、叱責することもしない。ただ、いつもと少し違ったのは細められた双眸に私に対する興味の色があったということだ。

「…たまに君が恐ろしく思えますよ。齢20に満たない子どもが、命以上に大切なものをかなぐり捨ててまで王でもない、一人の人間に仕え続けるなど正気じゃないとね」

それは称賛にも聞こえたし皮肉にも聞こえた。ありがとうございますと礼を言えばいいのか、すみませんと謝ればいいのか、どちらも正しいように思えて口が中途半端な形で固まった。

不恰好な私。どこか余裕げな王。先に表情を崩したのは宗像室長の方だった。

「餞別です。もう一つだけ教えておきましょう。なぜ、私が今の今まで君に別の色の併用を迫らなかったのか」

立ち上がり、私に背を向け窓の外の景色に目を向ける宗像室長の後姿を眺めながら、そういえばと思い出す。どうして今だったのか。やろうとすれば、もっと早い段階からできたのではないのか。

疑問を膨らませる私を一瞥した宗像室長は何か思い出したようにふっと笑い、どこか呆れの混じった表情を浮かべた。

「伏見くんですよ」
「ふしみ、先輩…?」
「彼や淡島くん、特務隊の隊員には君の特異体質について事前に伝えていました。私が天風くんを利用するということも、全て」

特務隊全員に騙され、利用されていたのか、私は。悲しい。寂しい。腹立たしい。情けない。いろいろと混じり合ってどれが本物の感情なのか分からなくなる。

だけど、それ以上に戸惑いがあった。どうしてこの場面で伏見先輩の名前が出てくるのか。伏見先輩が何かしたのか。あるいは何かされたのか。

不安が顔に表れていたのだろうか。分かりませんか?と宗像室長は皮肉めいた笑みを浮かべる。

「それを知っていたにも関わらず伏見くんは君を檻の中に閉じ込めた。能力者との一切の接触を絶ち、所謂私の実験を阻んだ」

これはどういうことなんでしょうね。そう言い切った宗像室長の顔に嫌悪はなかった。

つまり、それは。言葉に詰まる。胸を押さえて早鐘のように打つ鼓動に大きく息を吐き出す。喜び、羞恥。どれも違う。どんな感情よりも驚きが勝っていた。

私は守られていたのか。知らないうちに、気づかないうちに。ただ、一方的にその背中を追いかけてきただけだと思っていた。でも、違った。

私が追いかけていた背中は鏡に映った姿だった。あの人は、本当は私の背中を守っていた。何も知らずに前に前にとだけ考えていた私を庇ってーーーー

「力の使い方は伏見くんに教えてもらいなさい。彼が誰よりも知っていますから」
「えっ?あ、あの…」
「今日の私が話すことはこれだけです」

思考を中断させ、言葉を遮り、それ以上話すことを許さない威圧感に唇をつぐむ。だけど、まだ隠されていることがある。まだ利用されている。それを察するには十分な時間だった。

知りたいことは知れた。だから、それでいい。そんな無欲なことを言うつもりはないけれど、これ以上聞き出せる可能性を見い出せない。それに、新しく教えてもらえたこともある。

決して満足したとは言えない。でも、とりあえずは。一礼して部屋を出ようと足を進める。だけど、はたと思い浮かんだことがあって振り返った。

「宗像室長、一つだけ伺ってもよろしいですか?」
「なんでしょう」
「もし、私が青を捨てると言っていたらどうするつもりだったんですか」

それは、極単純に言えばクランを裏切るということ。そうした時、この人は私をどうするのだろうか。処断し、殺すのだろうか。王にはそれだけの力があり権利がある。そう、思っていたのに。

「さあ、どうしていたんでしょうね。考えもしませんでした」

微笑みながらそう言われ、今度こそ言葉を失った。なら、何のために私に是か非かの選択を与えたと言うのか。何のために私を煽り、追い詰めたというのか。

「失礼、します」

かろうじてそんな言葉を吐き出して今度こそ執務室を出た。その瞬間、どっと汗が吹き出す。呼吸が浅くなる。やはり慣れない。何度宗像室長の前に立とうとも神経が張り詰め、予断を許さない。

私は、遊ばれたのだろうか。壁に寄りかかって呼吸を正そうと大きく息を吐き出す。真実を告げたことも、わざと煽ったことも、選択肢を与えたことも、その全てが私がどんな表情をして、どんな反応をするか見たいがための遊戯だったのだとすれば。

「…っ、私は…!」

やはり、どこまでも私は王の手のひらの上で転がされ続けている。




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