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「天風、貴女、気をつけた方がいいわね」
「はい?」

朝の稽古が終わって一旦自室に戻ろうと思っていた時だった。たまたま今日の稽古の相手だった淡島副長の前を通りかかり、頭を下げて通り過ぎようとすれば、まるで引き止められるように声をかけられる。そうして向けられた言葉の意味が瞬時に理解できなかった私は思わず足を止めて、淡島副長に向き直って首を傾ることしかできなかった。

「気をつけるって、何をでしょうか」
「他者との干渉と言えば分かる?」

数秒考えて、いや全くと頭を横に振る。他者との干渉って、誰かと話したりすること、つまりコミュニケーションのことだろうか。でも、それに気をつけるって意味が分からない。騙されやすいとかそういう話なら別だが、それを今ここで持ち出すのは少し可笑しい。話の辻褄が合わないし、そんなことは意味を成さない。

なら、いったいどういう?頭の上に疑問符をいくつも浮かべているであろう私を見て淡島副長は軽く息を吐き出した。それから視線を斜め下にそらしてから何か考える素振りを見せ、やはり教えておくべきかと小さく呟き私と視線を交わらせる。

「貴女が前線に出るようになって私もようやく気付いたことだけど、貴女の力は常に不安定なのよ」

なんだ、力の話だったのか。口にされてようやく話の主旨を把握し、だけど内容を簡単に理解することはできない。不安定って、いったいどういうことだろう。自分自身のことのようだが全く身に覚えがなくて思わず眉を寄せ、そんな私の様子に気付いた淡島副長が噛み砕いた言葉で説明を始めた。

「言い方を変えれば、周りからの影響を受けやすいということよ」
「影響、ですか。自分ではそんな気はしませんが」
「なら、自分が能力者から攻撃を受けた時、他の隊員たちよりもダメージを負っていることにも気付いていないのね」

なんの話ですかそれ、と私は驚けば淡島副長は話を続ける。例のストレイン騒動、覚えているわね、と言われて勿論ですと頷いて、それが何か関係しているんですかと聞き返した。すると淡島副長はこんなことを言うのだ。もし私がその場にいたら貴女のような傷を負うことはなかった、と。

もしかすると淡島副長は私よりも強いから怪我なんてしなかったという意味も含まれているのかもしれない。だけど、この人はそんな他人を貶めて自分を棚に上げるような人ではないことぐらい私にも分かる。つまり、もし私と淡島副長が同じ力量を持っていたと仮定しても、私の方がダメージを多く受けていたというのだ。

「…な、なんだか可笑しな話ですね。根本的に考えれば私も淡島副長と同じ人間の筈なのに」
「ええ。天風のような人間はおそらく世界を探し回っても、なかなか見つからないでしょうね」

貴重価値は高いわ、としみじみ言われたけれど誉められている気がしない。実際、淡島副長も誉めようとしている訳ではないのだろう。どう考えたってメリットがない。寧ろ、デメリットばかりある気がする。

「あの、不安定だと他に何かまずいことってあるんですか…?」

私が他の人よりも少し多く怪我を分にはまだいいのだ。いざとなったら逃げればいいし、他の隊員に応援を求めることだって出来る。痛いのはもちろん嫌だが、この立場にいる以上文句を言うつもりもない。でも、それだけでは終わらない気がした。予感が悪い方にしか向かない。もしかしたら私はとんでもないことをしてしまうんじゃないだろうか。そう思って恐る恐る開いた唇はいつの間にか乾ききっていた。

「そうね…、感情に流された時に力の制御が出来なくなる可能性があるわ」
「制御とかってクランズマンの私に関係あるんですか?」

石盤から力を引き出しているのは王権者の宗像室長で、更にそこから力を分け与えられているのがクランズマンの私たちだ。私たちに直接石盤に干渉する権利がない。だから、私たちは宗像室長から均等に力を分配され、支配されていると思っていたのだけど、違うと言うのだろうか。

「もちろん、先の迦具都クレーターのような惨事にはならないわ。けれど、甘く見たらいけない」
「えと、つまりどういったことが…?」
「自分の身体に負担をかけるのは勿論、周りに怪我を負わせることもあるでしょうね」

当然といった表情であっさりと言ってのけた淡島副長を凝視して静止。どういうことですか、それ。私が先輩たちを傷付けるって言うことですか。真っ赤な血の海。そこに沈んだ青い影。考えたくもない光景を想像して思わず身震いをして、それから慌てて口を開く。

「た、大変なことじゃないですか!どうすれば正常になるんです!?」
「ならないわ」
「へ?」

間抜けな顔をした私に向けて淡島副長は繰り返す。正常になんてならないわ。冗談でしょうと笑おうとしたけれど、淡島副長の瞳は変わらず真面目に私を見据えたままで何も言えない。どういうことですか、と何度目になるか分からない声を出した私の顔色はきっと真っ青になっているだろう。それぐらい、私の心情は乱されていた。

「それは体質…、一介の能力のようなものだから変えることは出来ないわ」

なんて使えない能力なんですか、それ。自分のことも他人のことも守るどころか傷付けることしかできないじゃないですか。そんな能力、いらないですよ。内心愚痴るものの、口に出すのも嫌気が差す。茫然自失となった頭はそれ以上動こうとせず、身体からも力が抜けて自然と俯いた。

「なら、いったいどうしろと…」
「もっと集中力を高めなさい。今日の貴女、周りに気を取られすぎで何度剣を落とされたの思ってるの?」

ぎゅっと拳を握りしめる。確かに今日の稽古で私は別のことばかりに考えを馳せていて、何度も淡島副長に剣を弾かれた。それは今日だけの話ではない。どうしても目の前の相手より周りのことが気になってしまうのだ。

「戦闘で平常心を保っていられなければ力の暴走は起きやすくなる。そこに付け入られたら、貴女は終わりね」

終わりって、死ぬってことですか。そうじゃないと思った。手駒に取られていいように操られて誰かを傷付けてしまう。自分が乗っ取られた時のことが思い返されて、そういうことなのだと理解する。最悪だ。そんなの死ぬことより恐ろしい。もう、あんなことを繰り返すわけにはいかないのに。唇を噛み締める私に若干憐れみの混じった視線を送られたのを感じた。

「どういう訳か、貴女は何かと利用されやすいわね。性格のせいかしら」

性格なんてどうやって直せばいいのか。そんな人格的な問題を直すことなんてできるのか。方法をぐるぐると考えるけれど何の答えも出てこない。つまり、これは直らないのだ。諦めたように溜め息を吐き出す。無理だと分かったからか、幾分か気持ちは楽になっていて自嘲の笑みを浮かべた。

「利用って…、いつそんなことされましたっけ」
「まさか忘れたとか言うつもりじゃないでしょうね。伏見のことよ」

違います。伏見先輩は私のことを悪意で利用した訳じゃありません。そもそも、あんなの利用しただなんて言える範囲じゃないでしょう。そう言おうと口を開いて、そのまま黙り込む。あの時の伏見先輩の表情が思い返されたからだ。あの、自分を責めろと望んでいるような表情が。

責めて、どうなるって言うんですか。何が変わるって言うんですか。あれで良かったんですよ。伏見先輩は、何も間違ったことなんてしていないんですよ。誰に言う訳でもなく自分に言って聞かせた。そうでもしないと泣いてしまいそうだった。どうしてだろう。今すぐあの人の体温を感じたいと無性に思えた。

「…とは言っても、私も人のことを言えた義理じゃないわね」

だが、そんな願望は呟きにも似た声で隅に追いやられる。それは、どういう意味ですか。俯いていた顔を上げて淡島副長を見上げる。今度は視線は交わらなかった。それがどうにも恐くて、声が震えた。

「淡島副長も、私を利用しているんですか…?」
「私だけじゃないわ。室長もよ」

何の為に、どういう風に利用してるって言うんだ。そう思ったけれど聞いても無駄だと悟った。きっと、教えてはくれない。だけど、淡島副長も宗像室長もきっとセプター4の為に私を利用しているんだ。そう思い込ませて、高ぶる感情を抑えつける。それなのに淡島副長はまた私を絶望のどん底に突き落とそうとする。

「利用しやすいのよ、貴女は。それは私たちに限ったことじゃない。誰が貴女を騙し、操ろうとしているかなんて分からない」

もしかすると私は試されているのかもしれない。こうやって混乱させて、その中で平常心でいられるようにと教えてくれているのかもしれない。だけど、平常心って?冷静って?今の私には何も考えられない。ただ、恐怖に怯えることしか。

「気をつけなさい。貴女が、天風渚のままでいたいのなら」

その為に自分が何をすればいいかなんて、馬鹿な私なんかに分かる筈もない。



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