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▼ 02



「天風、これ解析してくれ」
「あ、はい。分かりました」
「渚ちゃん、こっちの映像管理も頼むね」
「は、把握です」

私、天風渚は今日も青のクラン、セプター4にて仕事の真っ最中である。まあ仕事というよりも雑用という方が正しいのかもしれない。基本、私はこんな感じでこき使われている。

セプター4とは武器の帯刀が認められている公的機関、いわば対能力者治安組織だ。 そんな出世街道まっしぐら、と言うか何というか大変な場所に今こうしていられるのは、何度も言うが偶然が重なり合った結果だ。

そんな中にいる私はついこの前(と言っても一年ほど前のことだが)ここに所属することになった新人で所謂下っ端だ。周りは先輩しかいなくて同期や後輩もいない。それでいて能無しだから雑用という立場は私にはお似合いだ。

別に雑用が嫌なわけじゃない。むしろそれで役に立っているならいくらでも雑用係として存在していたい。ただ一つだけ我が儘を言うとするなら…。時計の針を眺めて溜め息を吐く。

「(市中巡回に出てからまだ20分、か。怪我とかしてないかなぁ…)」

うう、と頭を抱えていれば早く仕事しろと近くにいた先輩に声をかけられて渋々パソコンの画面に向き直る。私がどれだけ心配してようが、あの人には何の関係もない。それにあの人は強い。怪我なんて絶対しない、はず。

そう割り切ってキーボードに指を走らせる。カタカタと音を鳴らしながら先輩に頼まれた映像の解析を進めていく。視線は画面から離れず、決して手元には移さない。それぐらいしか私には特技がない。

「…解析終了っと。特に気になるものはなし」
「お、もう終わったか。デスクワークに関してはさすがだな」
「そんなことないですよ。まだまだです」

それに私にはこれぐらいしかできませんから。苦笑いを浮かべてそう言えば先輩の顔が少しだけ曇った。相変わらず殊勝だな。そうとだけ言い残して先輩は自分のデスクに戻っていく。殊勝、ねぇ。

「…こんなんじゃ、何年経ってもあの人との差は埋められない」

あの人は完璧だから。欠陥だらけの私とは違うから。ぐっと拳を握りしめてキーボードを打つ。高望みなんてしないから、せめて私は少しでもあの人の役に立てるような人間になりたかった。

私はどうしようもない欠落品だろう。何をしたって上手くはいかないだろう。だけど、希望を捨てきることもできない。どこまでも中途半端だ。

「ほんと、どうしようもないなぁ…」
「そうね。天風は本当にどうしようもないわね」
「ですよね…、ってあああ淡島副長!」

勢いよく立ち上がりすぎてガタンとデスクが音を立てた。ちなみに足の小指を思いっきり打ちつけた。痛い。痛いけどそんなことは気にならないくらい驚いていた。

淡島副長が自分に声をかけることは少ない。何故なら私は雑用であり、前線指揮を任される淡島副長との関わりがほとんどないからだ。しかも私の呟きが全て聞かれていただなんて誰が想像するだろうか。

「あ、淡島副長!これ、資料が出来上がったので提出します!」
「ご苦労さま。受け取るわ」

ついさっきまとめ終わった資料やら解析が終わった映像を入れたディスクなどを手渡す。それを冷静な反応で淡島副長は受け流しているが、それとは対照的に私の心臓はバクバクしている。もしかすると周りに聞こえてしまっているかもしれない。

パラパラと淡島副長が資料を捲っていく。その指先から目を離さずに私は緊張した身体を保ち続ける。周りには私以外にも人がいて、みんな仕事をしているのだろうけどこの時間だけは何の音も私の耳には入ってこなかった。

「…本当にどうしようもないわね、貴女」

資料を見終えて開口一番に言われた言葉に私は思わず、はい!私はどうしようもないです!と叫んでしまいそうになった。それぐらい拍子抜けだった。まさかそんなことを言われるとは思ってもみなかった。

駄目出しを喰らうか、それとも何も言わずに淡島副長が立ち去るか、そのどちらかだと思っていたのに。呆然としている私の顔を見て淡島副長は、変な言い方だったわねと薄く笑った。

「貶しているわけじゃない。どちらかと言えば誉めているのよ」

よく、意味が分からなかった。どうしようもない、とは否定的な意味で使われる言葉ではなかっただろうか。頭の引き出しをいくつも開けて前例を探す。やはり、悪い意味での言葉という経験しか思い浮かばなかった。

「貴女は何の為にここでこうしているの?」
「それは…、自分の責務を果たすためで…」
「そうね。なら、少し聞き方を変えてみることにするわ」

頭の中がぐちゃぐちゃだ。淡島副長はいったい何を言いたいのだろう。どうして私は【どうしようもない】のだろう。頭が悪いからだろうか。理解できそうにない。

「天風、貴女は誰の為にそうしている?」

理解、できない。何の為とか誰の為とか、そんなこと聞かれたことがなかったから答え方が分からない。市民の為だろうか。王である室長の為だろうか。考えて考えて考えて、行き着いた答えはそのどちらでもなかった。

私は、何と答えればいい。この機関に身を置いている者としての嘘の答えを出すべきか?それとも、個人としての本当の答えを出すべきか?どっちだ。どちらが正しい?

「その迷いが答えよ」

結局、淡島副長は私に答えを言わせることはなかった。だけど、答えは出てしまっていた。セプター4としては最低の、天風渚としては最高の答えが。

「今日は朝からずっとデスクに向かっているわね。少し休みなさい」
「…はい」

頷くことしか出来ない。副長命令だからとかそんなものは関係ない。ただ、どうしようもない自分を本当の意味で自覚しまった。その事実が集中力も何もかも打ち壊してしまった。

「本当に君はどうしようもない人間だわ。その、どうしようもない伏見主義のおかげで」

ああ、本当にどうしようもない。





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