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▼ 30


お茶を点てる音がする。それ以外は無音だった。話し声もなければ物音もしない。息遣いすら聞こえない。私の場合は緊張しすぎて身体がガチガチになり、息も詰まっている状態だからだろうが、この人はどうしてこういつも顔色一つ変えずに佇んでいるのか。不思議だった。

それはこの人が王だからだろうか。私にはどうすれば人が王権者になれるのか知らない。突然、石盤に呼び寄せられるという上辺のことしか知らない。強いて言うなら、あまり興味がない。私が王になる可能性はほぼゼロだろうし、知ったところでどうすることもできない。いや、きっとどうかしようとする気持ちさえないのだと思う。

「何か言いたいことがあるようですね」

ハッとなって落としていた顔を上げる。優しげな裏にある射抜くような蒼穹と目が合った。まずい、このままだと呑み込まれる。直感でそう思った。じんわりとした汗を身体中に感じて、逃げるように視線を外す。

「言いたいことなんて、なにも…」
「そう畏まる必要はありませんよ。いい機会です。思ったことを口に出してみればいい」

それはつまり、嘘をつくなと。有無を言わせぬ言い方に思わず顔の筋肉が引きつる。これは誤魔化した方がいいのだろうか。しばらく考えた挙げ句、諦める。駄目だ、この人相手には絶対に嘘は通じない。

「正直なことを言うと、宗像室長のこと、少し嫌いになりました」
「そう言うと思っていました」

隠すことなく本音をぶつければ宗像室長らふふっと微笑んだ。だけど、逆に私は引きつった顔のまま固まる。ば、バレてた。冷たい汗が背中を伝って身震いする。やはり恐ろしい。王というのは誰でもこんなに恐怖を与える何かを持ち合わせているのだろうか。

「君がそう思うのは無理もないと思いますが、少し悲しいですね」
「だ、だって宗像室長が私を一人にしたから私、死にかけたんですよ?本当に大変だったんですから…」
「ですが、そのおかげで答えは見つかったでしょう?」

何も言えなくなる。確かに宗像室長の言葉は正しい。痛い思いをして、苦しい思いをして、でも結局私の知りたがっていた答えは見つかった。直接的に教えてくれたのは伏見先輩だったけれど、裏で手回ししていたのはこの人だろう。誰からそう言われた訳でもないけれど、そう確信していた。

私のことも、伏見先輩のことも、宗像室長には全て見抜いていたのだろう。その面ではこの人はやはりすごい人なのだと改めて認識する。だけど、もし上手くいっていなかったら私はあの場で殺されていたかもしれない。そう考えると素直に宗像室長を褒め称えることも出来ないわけで。

「良かったじゃありませんか。答えを得られただけでなく、伏見君との距離も縮まったようで」
「っ!?む、むむ宗像室長が何でそのことを知ってるんですか!?」
「おや、有名な話ですよ?君が気づいていなかっただけです」

この人、とんでもなく恐ろしい王だ。きっと何人もいる王権者の中でも一二を争うぐらいの恐怖対象だ。逆らえる筈もない。顔面から血の気がサッと引いていくのを感じ、それと同時に言われた内容を理解して顔が熱く。きっと私は今すごくおかしな顔をしている。

「し、仕事に支障をきたすようなことはしませんから安心してください」
「どうでしょうねぇ。天風君は一に伏見君、二に私でしょう?」

これはからかわれているのだろうか。はたまた圧力をかけられているのだろうか。なんだかよく分からなくなってきて頭がぐるぐるしてきた。そして、言われたことは確かに否めない事実だった。

結局、誰に何を言われようと二の次なのだと思う。優先順位は固定され、王が相手だろうがなんだろうが関係ない。たとえ今この人に逆らえないと感じていても、いざという時はそうではないのかもしれない。宗像室長はそれを危惧しているのだろうか。だけど、そんなの杞憂だ。

「私は伏見先輩が間違ったことをするとは思いません。だからこそ信じて、実行するんです。」

あの人は間違えない。どんな選択でも必ずこのセプター4の為に動く。他人から見ればこれは過信なのかもしれない。だけど、私はそう信じている。言い切った私に何を感じたのだろうか、宗像室長は目を伏せて冷笑を浮かべた。

「君の場合、それは信頼というよりも服従に似ている気もしますが…。まあ、それもそれで見ていて面白いですからいいでしょう」
「…なんだか酷い言われようですね、私」
「私はそのままでいいと言っているんですよ」

驚いた。少しは態度を変えろと言われるかと思っていたのに、そのままでいい?仮にも組織のトップに立つ者の言葉のようには思えなくて呆然としていれば、どうぞと点てられたばかりの抹茶が前に出されて慌てて頭を下げる。そんな私を眺めながら宗像室長は続ける。

「君は伏見君に盲信しているようですが、そこには純粋な感情しかないというわけではない。それが非常に面白い」
「それは、どういうことでしょうか」

普通ではないということです。当たり前のように言われて思わず唇をつぐむ。普通じゃない。薄々そのことには私自身気付いていた。単なる恋愛感情ではない別のものがあるということ。どうせなら、と残酷な想いを抱いていること。そんなことを思っていたって口には出せる筈もないのに。

「私が天風君を特務隊に置いた理由は二つあります。一つ、君は力の使い方が他と違って面白い」

私は宗像室長にとって面白いだけの対象なんですか。でも、力の使い方が違うって、それはどういう?尋ねようとして開きかけた唇は途中で止まり、それからきゅっと噤まれる。聞けなかった。聞ける筈がなかった。それぐらい宗像室長の瞳は恐ろしいほどに私を強く見据えていた。

「そして、もう一つ。君のような純粋無垢にして悪逆非道な人間はやりようによっては兵器にも成りうると思ったからです」

私はいったいこの人の何なのだろうか。ただの部下なのだろうか。ただの配下なのだろうか。本当は道具なのではないだろうか。玩具なのではないだろうか。嫌悪は感じない。ただ、怖い。ゾクリと背筋に悪寒が走って思わず身体を震わせる。そんな私に宗像室長は微笑んでみせるのだ。

「そう固くならないでください。取って喰らうつもりはありませんよ」
「っ、えと、あの…」
「私は何も君を切って捨てはしません。ただし、君が私を裏切らない限り、ですが」

そう言った宗像室長の背後には鬼のようなものが見えた気がする。これはつまり、脅迫されているのか。私を裏切ったら迷わず斬りますよ、と。やっぱり恐ろしい。慌てて視線を外して、まるで逃げるように抹茶に口をつけた。

抹茶は苦くて、でも美味しかった。少しずつ飲んでいればだんだんと落ち着いてきて、平静を保てるようになったので見慣れない部屋にちらりと視線を送る。室長の部屋になんて初めて入ったけれど、やっぱり広い。

そんな中でふと気になるものが目に留まる。デスクの上に置かれている何か。ここからだとよく見えないが、アレはもしかして。眉を顰めていればそれに気付いたらしい宗像室長が口を開いた。

「ジグソーパズルですよ。今、ハマっていまして」
「し、仕事してください」
「伏見君と同じことを言いますね」

また伏見先輩ですか。やっぱり私のことからかっているでしょう。もう顔を赤くしたりなんかしませんからね。そんな思いを込めつつジト目で見やれば、宗像室長は手厳しいですねと眉を下げて笑う。それから少しだけ表情を引き締めた。

「君は少し働き過ぎです」
「そ、そんなことありませんよ。自分のノルマをこなしているだけです」

私なんかよりも伏見先輩や淡島副長の方が働いている。私は少しでも役に立ちたくて、少しでも先輩の負担を減らしたいのだ。なのに、何もせずに楽をしているなんて虫のいい話にも程がある。少しぐらい疲れたって弱音を吐いている場合ではないだろう。

「あまり頑張りすぎると倒れますよ」
「身体だけは丈夫ですから平気です。お気遣い感謝します」
「それなら構いませんが。注意するに越したことはありませんよ」

なんだか今日の宗像室長は嫌に私に休むことを勧めているような気がする。隊員の一人や二人、倒れたところで私程度の人間ならいくらでも代えが利くだろうに。それなのにどうしてそんなに、と首を傾げる私の姿を見て宗像室長は裏の見えない笑みで言った。

「天風君が倒れると、きっと伏見君が心配しますから」
「…そんなことないですよ。私なんかいなくても伏見先輩はいつも通りです」

だって、伏見先輩にとって私は自分の女という以前に使えない部下の一人なのだから。



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