nowhere | ナノ


▼ 25



腰に差したサーベルが歩く度に音を立てて揺れる。前より重く感じることはなかったが、相変わらず違和感だけは拭えなくて溜め息を吐き出す。やっぱり選択を間違えたのかもしれない。ほんの少しの後悔を抱きながら私は大通りよりも薄暗い道を歩いていた。

あの時はいろいろと動揺して混乱していたんだろう。いくらか時間が経ち、冷静さを取り戻した私にとって今の状況があまり良くないということはなんとなく分かった。いや、あまり良くないどころじゃない。きっとかなり悪い。今にして思えばあの時は馬鹿正直すぎた。

「天風君。君に頼みたいことがあります」

そう言って宗像室長が下した命令はまたしても前線への投入だった。おかしい。今になって考えてみればその命令はおかしすぎる。勝手な判断だが、私としては宗像室長は結果主義のイメージがあった。だから、一度は失敗している私を懲りずに起用するなんて、あの人のような王が好んでする筈がない。

なのにこうも簡単に連れてこられて、しかも一人にされた。別の反応が出たとかなんとかで私一人がこの付近を担当することになったのだ。一気に頭が冷え込んだ。宗像室長が一緒にいてくれるならまだしも私だけで何が出来る。私には戦うことすら出来ないのに。

何と言えばいいか、宗像室長に嵌められたような気がする。これで本当に答えまで辿り着けるのだろうか。屯所に戻れば教えてくれるのだろうか。なんだか望みが薄い気がする。それにもし私が勝手に屯所を出てきたことが伏見先輩の耳に入ったら――――怒られるだろう未来が脳裏を過ぎって肩を落とした時だった。

「お前、青服だな」

背後から聞こえた声に今度は肩が跳ねた。やっぱり間違えた。甘言に誘われて首を縦に振ってしまったのが全ての間違いだった。答えなんてもう諦めてしまえば良かったんだ。それなのにどうしても知りたいなんて思って、それでまた迷惑をかけたら何の意味もないのに。

振り返れば見知らぬ顔が三つ。誰なのかは知らない。だけど、敵だ。ストレインだ。対峙した瞬間にそれが分かった。それから諦めと呆れにも似た溜め息を吐き出す。どうして私しかいないところにピンポイントで現れたりするのだろう。

「一人か。好都合だな」
「しかも女の子じゃん。乱暴するのはちょっと良心が痛むね」
「…というわけだから大人しくやられてくれよ、青服」

ああもう本当に恨みますよ、宗像室長。私にどうしろって言うんですか。何をしてほしいと思っているんですか。それともやっぱり邪魔だから消えて欲しいんですか。悪いですけど私は消えたりなんかしませんよ。私にもここにいたいという望みがあるんです。

相手が一歩、また一歩と近付いてくる。私は何も出来ないから動けなかった。そう考えて、否定する。違う。故意に動こうとしなかったのかもしれない。何故か逃げるという選択肢はなかった。逃げても隠れても結果は変わらないと思った。

「…棒立ちとかやる気あんのか、お前。その腰のもんは飾りか?」
「飾り、ですか。ある意味ではそうかもしれません」
「ああ?」

結局これは戦うことの出来ない私にとっては単なる相手を威圧するための飾りでしかない。私は剣を抜くことが許されないのだ。伏見先輩に昔言われたことを思い出す。お前は剣の才能がない。抜いたところで足手まといになるだけ。だから、絶対に剣を抜くな。

私はあの人のことを裏切りたくない。たとえ何があったとしても信じて、どこまでもついて行く。そう決めたのだ、あの時に。ポケットの中に手を伸ばし、タンマツに触れる。視覚で確認はできないが、もう何度かけたか分からない連絡先を手探りで表示させた。これで会話を先輩のところに筒抜けにさせれば、すぐに応援が来てくれる。

「ったく、つまんねぇな。天下のセプター4様ってのはこんな腑抜けばっかりなのかよ」

画面に触れれば通話が出来る。だけど、触れられなかった。それ以上指を動かせなかった。どうしようもない感情がお腹の底から湧き上がってくるような感覚に自分でも驚く。なんだろう、これ。どうしてこんなに頭がモヤモヤするんだろう。

「これならお前ら青服を潰すって話、夢じゃないかもな」

ああ、そうか。私は悔しいんだ。怒ってるんだ。苛立ってて、ムカついているんだ。なかなか味わえない感情に身震いした。なんだかいつもより身体が熱いような気がする。細かいことなんて、考えられそうにない。

「…今の言葉、撤回してもらってもいいですか」

勝手に私の唇は動いていた。何をそんなに怒る必要があるのだろう。私が戦えないのなんて今に始まった話ではないじゃないか。弱いって何度言われたって笑って誤魔化せていたじゃないか。なのに、どうしてだろう。

「別に私が弱いのは事実ですし好きなように言ってくれて構わないですよ。だけど…」

目の前の人たちが憎い。私に力さえあれば好きなようにしてやれるのに。跪かせて許しを乞わせることだって、この場でもう二度と起き上がれないようにすることだって出来るのに。でも私には力がない。そんな自分自身に腹が立つ。

それと同時に湧き起こるもう一つの怒りで固く握った拳が震えた。落ち着かないといけないと駄目だ。ここには私一人しかいないのだから冷静にならなくちゃいけない。増援を呼んで、時間を稼がなくちゃいけない。それでも、怒りに震えた声は止まらなかった。

「先輩たちを侮辱するようなら、私も黙ってませんから」

こんなところに私を放置していった宗像室長だけど、あの人は私たちの王で誰よりも強い。いつも現場指揮をする淡島副長は同じ女性とは思えないぐらい聡明で、私の憧れの人。他の先輩たちだって私なんかより仕事も出来るし、戦うことだって出来る。

そして、伏見先輩は頭も良くて強くて、いつもやる気なさそうにしているけどきっちり仕事をこなしていて。厳しいけど優しくてちゃんと皆のことを考えている。かっこよくて信頼できて誇ることの出来る私の上司だ。そんな伏見先輩が、弱い?

「…先輩を私と一緒にしないでください。腑抜けだとか潰すだとか、そういうことを言うのはあの人と戦って勝ってからにしてもらえますか」

まあ、あなた達のような人を先輩のところに行かせるなんてこと、私が絶対に阻止しますけど。そう口にしてから気付く。私、どうしてあの人たちを挑発するようなことしてるんだろ。こっちが不利な状況は変わっていないというのに。

一人考え込んでいれば相手の一人が大声を上げて笑い出す。それに釣られるようにして他の二人もクスクスと笑った。ええそうですよね、私だって自分のこと笑ってやりたいですよ。でも、やっぱり他人に笑われるのはいい気がしない。ムッとなって睨みつけてやれば男は突然口を閉じ、殺気を剥き出しにした。

「…上等じゃねぇか、クソ女」

空気がピリピリとしている。身体中に穴が開いてしまうかと錯覚してしまうほど鋭い敵意。だけど、不思議と恐怖は感じなかった。焦りも感じなかった。ポケットに突っ込んでいた右手を出す。結局、誰にも連絡はいれなかった。

「前回は手加減してやったが今回は本気でやる。殺されても文句言うなよ」
「今そんなことを言われても負け惜しみにしか聞こえませんね」
「…何なんだよ、お前」

何が。余裕ぶって敵と会話なんてしていていいのかと今更になって思いながらも首を傾げる。私が何なのかと聞かれても、何を答えればいいのか分からない。名前?所属?本気で不思議がる私を見て、その人は様々な感情の入り混じった言葉を吐き出した。

「なんでそんな風に笑ってんだよ!」

え、と声が漏れた。笑ってるって私が?意味が分からなかった。どうしてこの状況で私が笑わなければならない。どう見ても劣勢なのは私だろう。そう思いながらたまたま足元にあった水溜まりを覗き込んだ。

そこに映ったものを見て思わず手を口角にやった。笑っている、というには少し語弊があるかもしれない。だけど確かに私の口元は歪んでいた。どうしてだろう。考えても答えが出そうになかったので笑いながら首を傾げた。

「さあ?自分でもよく分からないです」
「ッざけんなよ、クソ野郎!」

その声がきっかけとなったのか、三人は一斉に地面を蹴り上げ私との距離を縮めていく。もう逃げることが出来なくなった。そうしたのは私自身だ。負けないと言ったのは私の本心だ。そして、自分のしでかしたことは自分で決着をつけなければならない。そっと剣の柄に手を添えた。

「…すみません、伏見先輩」

私は貴方の言いつけを破ります。また貴方を裏切ります。本当に最悪な奴ですよね。分かってます。あの人の言うとおり私はクソ野郎やろうなのかもしれないです。思いっきり殴ってくれて構いません。説教だっていくらでも聞きます。でも、それは屯所に戻ってからです。

「天風、緊急抜刀!」

誰に何を言われようと、これだけはどうしても譲れなかった。




prev / next

[ back to top ]



第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -