nowhere | ナノ


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「状況は?」
「今のところ変化無し。まだ反応は出ませんね」

そうか、と呟いてから溜め息を吐き出し、無数のレーダーが点滅するモニターを見ながら考える。今回は俺の出番は無いかもしれないな、と。どうせなら剣を抜きたいとは思うが、何もすることがなければそれでいい。そうすればアイツはきっと笑顔を浮かべて喜ぶのだと思う。

計画にあったポイントに辿り着く手前、新しい反応が現れ次第動くという指示が下った時はいったい何を考えているんだと呆れた。向こうが待ち伏せているのであれば、こっちは出方を見るということなのだろうか。そんな弱腰な姿勢、室長なら絶対にしないと思っていた。

あの人は時々何を考えているのか分からない。何を目論んでいるのか、同じクランである筈の俺にも理解できないことがある。今回もそうだ。正面からぶつかるかと思えば様子見。らしくない。まるで目的が別にあるような気がしてならない。

どうしてこうまで同じ人間で考えることもすることも違うのだろうか。もし天風が室長なら迷わずゴーサインを出すだろう。それも、隊員全員に気をつけろと何度も何度も心配げに声をかけて。本当に分からない。どうしてアイツはあそこまで真っ直ぐにいられるのだろうか。

やっぱり馬鹿だからだろうな。勝手に結論を出して一人で納得する。馬鹿正直で、どこまでも真っ直ぐな奴。アイツなら何も知らずに今頃くしゃみでもしていそうだ。内心ほくそ笑んだ時、低いサイレン音が車内に鳴り響く。

「伏見さん!反応、出ました!」
「分かってる。詳細な場所の特定を急げ」

青みがかった画面に真っ赤なマーカーが浮き上がる。ようやく来たか。すでにここに配置されてから30分近く経っているため、その場にいた全員が待ちくたびれたと言いたげに息を吐き出し、同時に身を固くする。だが、どうせ俺は前線には出されない。

基本的に先陣をきるのは宗像室長か淡島副長だ。俺は過去に情報課にいた分ここでのバックアップが仕事となることが多い。だから正直なところ天風の毎度毎度の過保護なまでの心配は必要ない。ただ、見てて飽きないから特に指摘していないだけ。

「特定できました。ここからそう離れてはいないようですね」

たまにアイツがいないと妙に静かな気がして調子が狂う。普段は先輩先輩と後ろから追いかけてくるくせに、こういう時になると檻の中でジッとしている。まるで飼い犬だ。それも、飼い主には絶対に噛みつこうとはしない恐ろしいほど利口な。

「付近に別の能力反応を確認!これは…うちの人間のもの?」
「…近くに配置してる奴のだろ。一応、端末の情報で身元確認しとけ」
「はい」

能力反応が出ているということは衝突は始まっていると考えていい。早めに応援を送らないと厄介なことになりそうだ。舌打ちをしてから淡島副長たちに報告を入れようとマイクに口を近付ける。そして、そのまま動けなくなった。

「情報出ました。ですが、これは…」

何の冗談だ。何の間違いだ。画面上に映し出されたデータに目を見開く。あり得ない。そんな筈はない。自分でも驚くほど混乱し、脳内がかき乱される。否定の言葉を幾つも見つけてはそれを自分自身に信じ込ませようと脳が働いた。だが、そこにある事実は変わらなかった。

「反応は、天風のものです」

違う。アイツはここにはいない。いる筈がない。確かに屯所に置いてきた。今頃一人で何をしていいのか分からずに戸惑っているか、もしくは割り切っていつものようにパソコンに向かっているか、そのどちらかの筈だ。なのに、何故だ。

「なんでアイツがここにいるんだよ…ッ!」
「私が連れてきたんですよ」

そこにある筈のない声が聞こえた。当然という色を持った低い声。一気にその場の温度が下がったような気さえして、まるで凍りついたかのように身体が固い。だが、頭は回っていた。ああ、そうか、仕組まれたのか。唇を噛み締めゆっくりと振り返る。

「…室長」
「珍しいですね、伏見君。君がそこまで動揺するのは」

まるで自分の内側から全てを崩されていくような、そんな感覚。だからこの人のことは好きになれないんだよ。隠すことなく舌打ちをして視線をそらす。そんな俺を見て室長はそれ以上俺に追求することはせず、モニターに視線を移した。

「相手の反応は幾つありますか?」
「か、確認できる限りでは3つです」
「…ふむ、3つですか。これは少し想定外ですね」

何の話だ。いったいこの人は何を見ているんだ。想定外?なら、少なからずアイツが敵と接触するのは想定内だったということか。何故そんなことをわざわざする必要がある。疑問が思考の中を駆け巡り、言葉を発することが出来なくなった俺に室長は言う。行きますよ、と。

「行くってどこに…」
「もちろん、天風君のところにです。急いだ方がいいと思いますよ」

このままだと彼女は死んでしまうかもしれませんから。そう言い残して出て行った室長の背中を眺めながら今度こそ動けなくなった。何を言っているんだ、あの人は。天風が死ぬ?どうしてそうなる。アイツは死なない。そうする為に、俺はアイツを――――……

気持ち悪いぐらいの感情が入り乱れ、それを抑えきることは今の俺には出来なかった。ふざけんな。勝手なことを言うのもいい加減にしてくれ。ぐちゃぐちゃになったどす黒い塊が自分を蝕むのを感じて俺は握りしめた拳を壁に叩きつけた。

「ふ、伏見さん」
「…ここは任せる」

ああ、どうしてこんなに気分が悪いんだろうな。想像していた以上に低く出た声に自分でも苛立ちを覚え、舌打ちをしながら情報車から出た。室長は変わらずそこにいて俺の姿を確認すると例の反応が出た場所へと歩き始める。気に食わない。そう思いながらも俺もその後を追うことしか出来ない。

「彼女は君から見てどんな人間ですか?」

急いだ方がいい、と言っていた割には足を進めるスピードが遅いように感じられた。その上こんな時に悠長に質問タイム。しかもアイツの話題。自分でも理由がよく分からないが腹が立つ。その感情を隠すことなく苛立ちを滲ませ、口を開いた。

「別に普通ですよ。馬鹿さ加減が際立ってますけど」
「なるほど、普通ですか。そう言うのは恐らく君だけですよ、伏見君」
「…何が言いたいんですか」

そう言ってから気付く。何が言いたい?いや、違う。室長が何を言うかは大して興味がない。問題は何を俺に言わせようとしているかだ。遠回しに俺に何かを言わせようとしている。なら、何をだ。俺が何を言えばこの人は満足する。

「天風君は私の目から見れば異常です。純粋と言ってしまえばそれで終わりですが、そう言ってしまうにはあまりにも歪んでいる」
「歪んでる?どこがですか。あそこまで真っ直ぐな奴はそうそういないと思いますけど」
「もう一度言います。そう思うのは君だけなんですよ」

周りから見れば歪んでいて、俺から見れば真っ直ぐな奴。なんだそれ、どう考えても矛盾している。意味が分からないんですけど。そう言おうとして、止めた。何かが頭の隅に引っかかった。そんな俺を見て室長は察しが良くて助かりますと微笑んだ。

「彼女の純粋さは君に関することだけです。一歩間違えれば敵に回る可能性も捨て切れませんよ」

分かってる。アイツが端から見れば異常なまでに俺に固執していることぐらい。自負してる。アイツが盲目的に俺を信じていることぐらい。そんなことはもう自他共に分かりきっていることだろう。

俺が強制すれば天風は戸惑いこそ覚えるかもしれないが、どんな命令であれ実行するだろう。誰かを裏切ることになったとしても、誰かを殺すことになったとしても。それがアイツの凄さだ。強さだ。それと同時に弱さでもある。だが、それが何だと言うんだ。

「…俺が天風を利用するとでも言いたいんですか」
「何を今更。君は現に彼女を利用しているじゃありませんか」

馬鹿馬鹿しい。何を言ってるんだ、この人は。そう笑い飛ばせれば良かったのだろうか。俺がアイツを利用して何か企んでいるとでも思っているんですか。そう室長を鼻で笑ってやれば良かったのだろうか。そんなこと、図星を突かれた俺に出来る筈がない。

「彼女の君に対する盲信。それにつけ込み、甘えたのは他でもない君でしょう」

だから嫌いなんだよ。溜め息を吐き出して隣に並んだ室長を見る。前に天風が言っていた言葉が蘇る。隠さない限りその人の考えや感情は全て表に出る、という言葉。そこにあった表情、雰囲気、そして瞳に映った俺自身の姿を見て察した。知り尽くされている、と。

「伏見君。君は天風君に嘘を吐きましたね?」

もう無理だな。これ以上誤魔化すことも出来そうにない。呆気ないほどに諦め、同時にどうしてアイツがここに来てどうして能力反応なんてものを示したのか、その理由を理解した。だからか。だからこの人は天風をここに連れてきて、そして俺をそこに連れて行こうとしている。

乾いた笑みが漏れた。ああ、そうだ。どんな嘘でも簡単にアイツは信じ込んだ。馬鹿なぐらいに、純粋に。俺の言ったことは正しいと思い込んで疑おうとはしなかった。最初こそは面白いと思った。だが、時が経つに連れてこのままだと危ういと思った。

いつの日か、俺がアイツを壊してしまうかもしれない。だから、俺は天風には本心で向き合うことにした。たった一つの嘘を除いて。

「そろそろ向き合うべきですよ。彼女も、そして君も」

知っていた。その嘘でアイツがいつも悩んでいることぐらい。気付いていた。そうして俺自身がアイツを追い込んでいることぐらい。理解していた。それがアイツの純粋さを利用した俺の私情だということぐらい。

突然の爆風のようなものに自然と足を止めた。アイツは何かとこの場所に縁があるらしい。そこは路地裏だった。奥からは声と金属音のようなものが聞こえてくる。ああ、分かっていたさ。アイツが、本当は――――……

「天風君は十分に戦えますよ。一人の隊員として、ね」

爆発のせいで巻き起こった爆発が晴れていく。思っていた以上にアイツはしっかりと剣を握りしめていた。思っていた以上にアイツは強い瞳で敵を見据えていた。思っていた以上にアイツは頼もしく見えた。それでも、やはりアイツの背中は細くて、小さい。

見たくないと思ってきた光景ではあったが既に展開を予想していたからか、簡単に受け入れることが出来た。だが、胸の奥底に溜まったどす黒いものは更に大きくなった気がする。それに気付いた時、本部から通信が入った。能力反応を多数確認したと。

「なるほど、他の鼠も動き始めているようですね。伏見君、ここは君に任せますよ」

そう言いながら俺の肩に手を置いた室長は、そのまま俺に有無を言わせる間もなく身を翻した。結局あの人は俺に何を言わせたかったのだろうか。天風を騙していました。利用していました。そう言わせたかったのだろうか。いや、どれも違う。室長が言わせたかったのはきっと俺の本心だったのだと思う。

アイツは真っ白だ。他に何もない。はっきり言って、青にも染まっていない。純白。だが、もしアイツが自ら黒くなることを望んだとしたら?誰かの色によって浸食されたら?その全てを受け入れ、もう二度と元には戻らないような気がした。

どうしてだろうか。それがどうにも耐えきれない。ただ、アイツが白から別の色に塗り替えられてしまうことが、どうしても。

「…伏見、抜刀」

どうせなら俺だけの色で染めてしまいたかった。





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