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▼ 23



どうせ私は馬鹿でアホでドジでクズな人間だ。そんなこと誰かから指摘されなくても分かっている。実際に私はいつも何もないところで転ぶわ仕事はミスの連続だわで毎日苦労ばかりかけている。でも、私も私で全力を尽くしているのだということだけは分かって欲しかった。

私は日々全力だ。だけど実戦では本当に役に立てない。だから、いつも屯所でパソコンに向かってデスクワークをして待っていることしか出来ない。それが悔しいと思う。寂しいと思う。一人で無事を祈って待っているのは、やっぱり辛い。

でも、私にはそうする以外にないと思っていた。足を引っ張るようなことは絶対にしたくない。するわけにはいかない。だから一人でここにいよう。ただ、帰りを待とう。ずっと、そう思っていた。

それが間違いだと気付くことになったのは、今からもう少しだけ後のことになる。

「…天風」

少し溜め息混じりの呼び声に肩が揺れた。目を閉じて何度か深呼吸をする。分かってます。分かっていますから。すぐに実行しますから。そう自分に言い聞かせるように呟けば頭上からは今度こそ溜め息が降ってきた。

「そろそろ手、離せ」
「そ、そうですね。はい、そうします」
「…離れてねぇんだけど」

うっと言葉を詰まらせる。確かに離れてない。だけど、一応ですけど離す努力はしている。ただ、何故か身体が言うことを聞かないというかなんというか。そんな言い訳を考えている間も、依然として私の手は伏見先輩の袖を掴んだままだった。

理由は別に手が寂しいとか、人の温かさが恋しいとかではない。私ももう子どもではないのだから流石にそんな理由で先輩のことを困らせたりはしない。もっと大切なことがこれからあるのだ。それこそ本心では伏見先輩に行ってほしくない危険な任務が。

「ぜ、絶対に気を付けてくださいね!け、怪我とかして帰ってきたりするようなら私、怒りますよ!?」
「あーはいはい、それもう聞き飽きた」
「そんな適当な返事しないでください!返事は一回でいいんです!」
「お前は俺の母親か」

額を軽く叩かれる。私はすごく本気なのに相変わらず伏見先輩はどうでもいいという顔をしている。どうしてそこまで無頓着でいられるのか、私には分からない。自分の命も懸かっているというのに。それとも本当は隠しているだけで相当緊張しているのだろうか。

あの宣戦布告の日から数日後、ついにストレイン犯罪集団に対する本格的な攻撃が行われることになった。そして今日、能力反応の出たポイントに宗像室長を始めとする精鋭部隊が投入される。その中にはもちろん伏見先輩も含まれているわけで。

「相手は犯罪組織なんですよ?何をしてきたって可笑しくないじゃないですか」
「ふーん、例えば?」
「え、えーっと、ミサイルを担いでここに突っ込んでくるとか。あとはもの凄く強い巨人のような人がボスとか」
「それは笑えないな」

言葉の割には緊張感が全く感じられない。まるでそんなことは至極当然だ、とでも言いたげに。分からない。どうしてそんな風にしていられるのか。それとも私の経験が浅いだけで、先輩にとってはこんなことは日常茶飯事なのだろうか。

いや、私がここに所属することになった時かここまで深刻な事件を見たことはないし、ここまで大規模な作戦に立ち会ったこともない。やっぱり危険な任務じゃないか。そう思って俯いた私を見下ろして伏見先輩は大きな溜め息を吐く。

「お前は何のために俺が出ると思ってんの」
「それは…、伏見先輩が強くて冷静に状況を判断できると宗像室長や淡島副長が認めているからです」
「…さすがに過大評価しすぎだろ」

過大なんかじゃない。妥当だ。先輩隊員がすでに何名かやられている状況下で伏見先輩が前線にまで引っ張られる理由はやはりそこにある。強いのだ、この人は。だから実質No.3の立場を維持し続けている。そんなこと、私だって分かってる。

「…伏見先輩のことは信じているんです。誰よりも」

この人なら絶対に生きて戻ってくる。今まで何人かの先輩隊員が殉死するのを見てきたけれど、それでも伏見先輩なら死なないという説明しようのない確信が私にはある。それが願望であり、同時に現段階での事実であることは私も理解している。

「だけど、やっぱり不安なんです。もしものことを考えると止まらなくなって…」

どうしようもなく、怖い。相手の能力も分からなくて、それでいて向こうはこっちを徹底的に潰すつもりでいる。それだけを目的に生きているような執念にすら近いものも感じられて、きっと彼らはセプター4を殲滅することに何の迷いもないし、そこで命を落とす覚悟すらしているような気がする。

そんな人たちと戦うことになったら怪我しない保証なんて、どこにもないじゃないですか。ぎゅっと先輩の袖を掴む手に力を込める。ああ、駄目だな。迷惑かけたくないって思ってるくせに困らせてる。本当に私って奴は――――……

「…ほんとに馬鹿だな、お前は」

心底呆れかえった声だった。手を振り払われて袖から指が離れる。あっと思っている間に私と先輩を繋ぐものがなくなって、そしてまた繋がった。顎を掴まれて上を向かされる。そこにあった青色は、恐ろしいほど綺麗だった。

「信じろよ、俺を」

そうして気付かされる。私はまた間違えていたのかもしれない。また伏見先輩のことをはき違えていたのかもしれない。この人は覚悟している。私なんかよりもずっと、強く。人を殺すことも殺されることも、そして何よりも生きることを。

「俺が戻るまでは昼寝でもしてろ。どうせ暇だろ」
「っそ、そんなこと出来るわけないじゃないですか!先輩が戦ってるのに、私だけそんな…」
「冗談だよ、ばーか。本気で寝てたら二度と目が覚めないようにしてやる」

だからこそ、何も出来ない自分がより一層嫌になるのだ。こんなにも強い覚悟を抱いて戦う伏見先輩を私は手伝ってやることも出来ないのだと。結局は私なんていてもいなくてもいい存在なんだと。

強くなりたいと望んだ。役に立ちたいと願った。その決意は今でも薄れていない。だけど、本当にそんなことが出来るんだろうか。私は本当に強くなれて、役に立てるようになるのだろうか。これからもずっと雑用役でしかないのではないだろうか。

「じゃあな」
「、あっ…」

手が離れて伏見先輩は踵を返して歩き出す。伸ばした手は届かなかった。どれだけ伸ばしたところで届く筈はなかった。それが私の実力だった。弱くて、どうしようもない。離れていく距離が今の私と先輩の全ての距離を表していた。

いつかその背中を守れるようになりたかった。とんだ贅沢な願望だったと今になって思う。そんなこと、出来るはずがないのに。全ては偶然から始まったんだ。偶然が重なって出来上がったのが今なんだ。でも、実力は実力であり偶然ではない。自分の力で手にしなければならないもの。

これ以上、何を望む?傍にいられるだけいいじゃないか。いつか草薙さんも言っていた。君は幸せそうだって。そうだ、私は幸せじゃないか。なのに、どうしてこんなにも悔しいのだろう。どうしてこんなにも貪欲な感情が湧き上がるのだろう。どうして――――……

「天風君」
「ッ!む、宗像、室長?」

肩が跳ねて全ての思考が遮断される。振り返れば微笑みながら私に近付く宗像室長がいた。いったいいつから。いったい今までどこに。めまぐるしく疑問が脳内を巡るが答えは出ない。ただ、直感で感じた。このままだと、何かとんでもないことを私はしてしまうと。

「ど、どうかなさったんですか?伏見先輩ならもう先に…」
「いいえ、用があるのは天風君。君ですよ」

一歩、一歩と距離が詰められる。確信した。今、この人と喋ってはいけない。自分の上司だというのに、王である人だというのに頭の中では警鐘が鳴っている。駄目だ。拙い。このままではいけない。そう思うのに逃げることが出来なかった。

何かが崩れると思った。境界線のようなものを越えてしまうと思った。その何かが何なのかまでは今の私には想像すら出来ない。でも、宗像室長は全てを知っているような気がする。私も知らない私を、この人は知っている。

「あの時の答えを知りたくはありませんか?」

誘惑だった。あの時と、同じ。手合わせした時に聞くことができなくて、もう二度と聞くことが叶わないと思っていた答え。どうして戦えない私が危険を承知の上で戦わされたのか。今までずっと不思議に思えて仕方のなかった答えが目の前にあった。

聞いてはいけない。知ってはいけない。あの時は教えてほしくてたまらなかった答えを今の私の理性は拒絶していた。だけど、本能は欲望に忠実だ。聞きたい。知りたい。そうして私は震える唇を開いていた。

「教えて、くださるんですか」
「…結構。ですが、タダで教える訳にはいきません」

分かってる。そんな簡単にいくものではないってことぐらい。現に私は一度宗像室長に負け、答えに辿り着くための道を一本塞いでしまっているのだから。緊張で足が震える。そんな私を見て、そう固くならないでくださいと宗像室長は眼鏡のブリッジを押し上げて裏の見えない顔で微笑んだ。

「天風君。君に頼みたいことがあります」

まだ私は知らない。平凡な自分がここにいられるその意義を。





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