nowhere | ナノ


▼ 22



始まった。逆襲にも似た襲撃が。まるで窮鼠が猫に噛み付いたかのように、唐突に。これまでの鬱憤を晴らすかのように、大胆に。ただ、悪意と復讐心だけを秘めて。

能力反応の出た地点へ急行した何人かの隊員が襲われた。状況は全くもって不明。現地へ到着したという通信を最後に連絡が取れなくなり、応援部隊が駆けつけたところ全滅を確認したらしい。加害者は既に逃走しており、当然のことながら捕縛には至らなかった。

襲われた先輩隊員たちは皆、命に別状はないものの意識不明の重体の状態が続いている。話を聞くことも出来ないため、相手の情報を割り出すことも出来ない。はっきり言ってこちらは手詰まり状態で、先輩たちの回復を待ちつつ向こう側の次の手を待つしかなかった。

「完全に後手に回ったな」
「やっぱり状況は芳しくない、ですよね」

唐突だった。今までは反応があるだけで鉢合わせになることなんて一度もなかった。それなのに、どうして急に。たまたま出会ってしまったのか、それとも意図的に待ち伏せを謀ったのか。どちらにせよ、主導権は向こうにある。

次にもし反応が出て急行した場合、また襲撃を受ける可能性がある。そのことは全員が理解している。だからだろうか、室内はいつも以上にピリピリとした緊張感が漂っていて、なんとなくだけど伏見先輩も苛立っているように見えた。

これからどうなるんでしょうか。思わずそう言いかけて、呑み込む。そんなこと誰にも分かる筈がない。未来予知なんて能力を私たちは持ち合わせていない。私たちには今の状況をどうやって打開するかを考えるしかない。

「…目撃情報もナシ。なんでこんな仕組まれたみたいに上手く転がされてるんだろ」

キーボードに指を滑らせ、周辺の防犯カメラの映像をいくつも出すけれど不審人物は上がらない。完全に計画されていた犯行だったということだろうか。だとすれば、それぞれに担当が振り分けられていて、たくさんの人間が共謀していることになる。

「だとすればこれ、どう考えてもストレインの犯罪集団が出来上がっているとしか…」
「…へぇ、意外と早く気付いたな」
「はい?」

間抜けな声が喉を抜けた。今、何て仰いました?不格好に口を開けていたら伏見先輩は私のことを見て眉を顰める。すっげぇブサイク。そう言われて慌てて表情を引き締め、もう一度口を開いた。

「本当に犯罪組織が出来上がっているということですか?」
「たぶん」
「た、多分ってそんな適当な…」
「一気に犯罪者を上げられるんだから手っ取り早くていいだろ」

どうやら伏見先輩としてはストレインが集団になっていようが、危険度としてはあまり気にしていないらしい。寧ろ摘発が楽で嬉しい、と。さすがエリートとして上がってきた先輩は凄いなぁ、と一人感心する。だけど、そんな感心話で済む話ではない。

「でも、それだと少しおかしくないですか?」
「何がだよ」
「だって今回の場合、犯罪の被害者は一般人ではなく私たちじゃないですか」

犯罪組織というのは一般人への暴行、窃盗などを行うパターンか、もしくは国家に対するデモを行う二つパターンに大まかに分かれる。しかし、セプター4はどちらにも当てはまらない。どちらかと言えば国家かもしれないけれど、もし国家を相手にするなら暴力ではなく人質などを使う交渉の方が効率がいい筈だ。

だとするなら、どうしてセプター4の人間が暴行を受ける事件が犯罪組織によって引き起こされたのか。しかも予め念入りな計画を立て、仲間を殺してまでどうして。その意図がどうしても掴めないのだ。顎に手を当てて悶々と考える。そんな私を一瞥した伏見先輩は当たり前のことを言うような口振りで言葉を並べていく。

「天風、セプター4は何の為の組織だ」
「えと、対能力者治安組織です」
「で、今回の相手は」
「それはストレインの集団で…、あっ」

そこまで言って頭の隅から一つの答えが転がり込んできた。そうか、そういうことか。ほー、と声を出しながら一人納得していたら呆けた面すんなと頭を叩かれる。痛い。叩かれた場所をさすりながら伏見先輩を見上げた。

「つ、つまり私たちが相対するのは当然ということですね」
「まあ、ストレインの犯罪組織なら俺たちのやってることに不満を持とうが不思議じゃない」

ということは、今回の事件の要因は怨恨ということになる。ストレインからのセプター4に対する恨み。それが全ての根源。でも、そんなのおかしい。確かに私たちは能力者たちを取り締まることが仕事だけど、だからといってそんなの許される筈がないじゃないか。

「犯罪者の分際で、か?」
「えっ…」
「今のお前、そう言いたげな顔してる」

言葉に詰まった。そんなことはない、だなんて言えなかった。強ち間違ってはいない。寧ろ、図星に近い。今、私は最低なことを考えた。犯罪者だから、ストレインだから。そんな理由で彼らを否定しようとしてしまった。

自分は正しいのだと思い込んだ。大義だと信じ込んだ。だけど、それは彼らからしてみれば間違いであり、害悪だ。私は正しいだなんて誰にも言えるわけ、ないのに。自分で考えたことを認めたくなくて俯く。だけど、そんな私に伏見先輩は非難の声を上げることはなかった。

「それでいい」
「先輩…?」
「…それが普通なんだよ」

それは否定ではなく肯定だった。どうしてそんなことを言えるんですか。私は最低のことを考えていたんですよ。そう言おうとして、唇を噤んだ。私には伏見先輩が何かに安堵しているように見えたのだ。それが何なのかまでは分からない。だけど――――……

扉の開く音が聞こえて自然と視線がそちらに移る。そして視界に入ったものに唖然となった。包帯を巻かれた痛々しい先輩隊員の姿がそこにあったからだ。あの人はこの前の襲撃にあった人で間違いない。良かった、目が覚めたんだ。ホッとして立ち上がり駆け寄ろうとした私の腕を伏見先輩が掴んだ。

「あの、伏見先輩?」
「…下がってろ」
「え?でも…」
「はじめまして、セプター4諸君」

いつも聞いている先輩隊員の声の筈だった。だけど、違った。確かにそれは聞き慣れた声だけど、でも全く違うものだった。誰だ、あれは。私はあんな人のこと、知らない。悪寒が背筋を走った。

「まずは置き土産はどうだっただろうか。喜んでもらえただろうか」

過去に自分の身体を乗っ取られたことを思い出す。同じだ。私の時と同じように今のあの人には別の誰かが憑依している。あの時のことは今でも私にとってはトラウマに近いものだ。純粋に、怖い。震える拳を強く握りしめた。

「私は悲しい!君たちが欺瞞に満ちた正義を振りかざし、ただひたすらに我々を悪として排除せしめんとしていることが」

怖い恐い。そこにあるのは憎悪だ。本当にそれしかない。研ぎ澄まされたまでの凶器のようなそれが私たちの目の前にある。そしてその矛先は間違いなく私たちへと向けられていた。

「我々は総力をもって貴様らを駆逐する。楽しみにしていたまえ」

そう言い終えたのと同時に今まで動いていたことが嘘のように先輩の身体は崩れ落ちた。まるで、操り人形。こんなの酷すぎる。でも、動けない。他の先輩たちが駆け寄って助け起こしている光景を見ても、周りが騒がしくなり始めても、指一本動かない。

「…宣戦布告、といったところか」

苦味を含んだ淡島副長の声が聞こえた。もう向こう側は逃げることも隠れることも出来ない。背水の陣で攻撃を仕掛けてくるだろう。そして、こちら側も相手に喉笛を狙われている状況。退くことは出来ない。だけど今の私にはそんなことどうでもいい。

怖かった。あの感覚はもう思い出したくもない。まるで自分の中身をぐちゃぐちゃにかき回されて、自分が何者なのか分からなくなるような、そんな感覚。そして意識を手離してしまえば何も感じられなくなって。自分が、内側から殺されていく。

「おい、天風」
「っは、はい!どうかしま…いたっ!?」

額に走った鋭い衝撃に思わず悲鳴にも似た声が上がる。まさかのデコピン。不意打ちだったからか余計に痛く感じる。思わず額を押さえてうずくまって、少しだけ涙目になりながら自分を見下ろす伏見先輩をキッと睨み上げた。

「き、急に何するんですか!」
「お前がぼけっと突っ立ってるからだろ」

そんな理由でまさかデコピンを喰らうことになるだなんて誰にも予測できませんよ。私だって考え事をする時ぐらいあるんですからね。少し頬を膨らませながらそう言えば伏見先輩は私の頭をがしりと掴んで顔を近付けた。

「顔真っ白にしてまで余計なこと考えんな」

そう言われてからようやく気付く。いつの間にか身体が動くようになっていることに。胸の底に沈んでいた得体の知れない真っ黒な恐怖の塊がなくなっていることに。ああ、そうか。この人は気付いていたのか。

すっと頭の中に溢れていたモヤモヤと苦しさが溶けていく。額の痛みが徐々に薄れていくのを感じながら、先ほどまでの恐怖と焦燥が嘘のように自然と笑うことが出来た。そして実感する。私は今、ちゃんとここに立っている。私として生きている。あの時、この人が私のことを助けてくれたから。

「…伏見先輩、私ってそんなに分かりやすいですか?」
「お前、考えてること全部顔に出るからな」

本当に、この人にだけは適わない。





prev / next

[ back to top ]



「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -