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▼ 21



事態は驚くほどの速さで急変していた。ついこの前までの平和な雰囲気が一変、状況は悪くなる一方で未だに改善の余地が見いだせない。辺りには不穏な空気が立ち込めているようにさえ感じられた。

伏見先輩が捕縛したストレインが聴取の最中に死亡した。死因は数日経った今でも解明されておらず、このままでは分からないまま終わってしまいそうな気すらする。そして、それと同時に各地では異常な反応が見られようになった。

私は情報課ではないから詳しいことは分からない。だけど、周辺で異能力の反応が活発に確認されるようになった。ただ、それはすぐに消え、そしてまた別の場所で現れるという攪乱にも似た反応を示しているため、私たちにはまだ手を出せないままでいた。

「前例から考えてみても、これは普通じゃないな」

以前情報課にいた伏見先輩がこう言うのだから確かに事態はおかしな方向に傾き始めているのだと思う。いったいこれから何が起こるのだろうか。この嫌な予感が事件の前兆でなければいいのに。そう願っても、きっと現実は優しくないのだろう。

「…私、今回の件は前回の事件とは少し違うものなんじゃないかと思います」

前回は連続死傷事件として片付けられた。だけど今回はそうじゃない。反応を見せて自分たちの存在を誇張するだけで一般人は誰一人として被害を受けていない。もしかしたら、これから前回と同じようなことが起きるかもしれない。でも――――……

「少しは頭の回転早くなったみたいだな」
「あ、ありがとうございます。だんだん慣れてきたみたいです」

たぶん、私の考えは間違っていない。今回は前回とは違うことが起こる。だけど決して今回と前回が別の事件だということではない。この二つは確実に繋がりを持っている。そうでなければこのタイミングで起きるはずがないのだから。

「あのストレインは死ぬべくして死んだ。これは必然なんだよ」

これは所謂スタートダッシュの銃砲だ。ここから長いレースが始まり、ゴールへと向かっていく。銃砲は鳴らされなければならない。そうしなければ何も始まらない。今回の事件も同じことだ。

「伏見先輩は例のストレインは誰かに殺された、そう考えているんですね」
「それはお前もだろ」

何気なく言われた言葉にきょとんとしてから苦笑いを浮かべる。そうですね、ずっと後ろをついてきたせいかどうやら私も先輩に似てきたみたいです。少し笑いながらそう言えば伏見先輩は私の方を一瞥して軽く舌打ちをした。

聴取中に死んだストレインは突然死だったらしい。だけど、突発性の発作を持っていたわけでもなく持病を持っていたわけでもなかった。だから死因が原因不明とされていた。そして外傷もなかったことから捜査は難航している。

「能力は分からない。だが、遠距離から何らかの作用を加えられるものなら筋が通る」
「それが仲間であるなら尚更ですよね。事前に処置が施せて、いざという時に発動できれば口封じにもなりますし」

どちらにせよ厄介なことであるのには変わらない。今回の件が死んだストレインの仲間によって引き起こされているということはほぼ確実だろう。更に言えば、これが引き金となって似たような事件が併発する可能性も否めないのだ。

「少しでもあの人から情報を聞き出せれば良かったんですけどね…」
「…ああ、そういやお前も聴取したんだっけ」
「はい、流石に一度しか許可してもらえませんでしたけど」

どんな形であれ、私はあのストレインに危害を与えられた側だ。それを理由に私が彼と顔を合わせて言葉を交わす機会は一度しかもらえなかった。本当はもっと話してみたかった。もっとあの人のことを知りたかった。

結局、何も話してもらえずにこういう状況になった。でも、もし彼のことを知れていれば何か変わっていたのかもしれない。別の答えが出ていたのかもしれない。彼の澱んだ瞳の色を少しは変えてやれたかもしれない。

「あの人のこと、全然分かりませんでした。心情も、感情も。ずっと何かを蔑んで笑っているだけで…」

何を思っていたのだろう。何を考えていたのだろう。何をそんなに憎み、何を嘲笑っていたのだろう。そんなのは今となっては誰にも分からないこと。でも、悔しかった。少しもあの人を知ることができなくて。

「…あんな連中のこと理解してどうするつもりなんだよ」
「理解できていれば、少しは彼も口を開いてくれたんじゃないかなって。今更ですけど、そう思うんです」

一方的な干渉では犯罪者の心理は解き明かせない。でも、もし私が彼と同じ立場に立って話ができていれば心を許してくれたんじゃないだろうか。考え込む私を見て伏見先輩は舌打ちする。それから言った。アイツらのことなんて俺には理解できない、と。

確かにそうかもしれない。私は犯罪者じゃないのだからどう頑張ったって同じ目線になることは無理なのかもしれない。だけど、もしそれが可能なら犯罪者の心理分析が進み、検挙率は間違いなく向上するだろう。人を理解することが誰かを守ることにも繋がる。

「人が考えたり思うことは隠していない限り必ず表に出ます。それは私たちでもあの人のような人でも同じですよ」

同じ、人間なんですから。そう言った私を今度は正面から見据えた伏見先輩は呆れたように溜め息を吐き出した。馬鹿にされている。そう思ったけれど、そのことは自分でも分かっていることだったから別にそれでも良かった。

「たかがストレイン相手にそこまでしてやるなんてお前、相当のお人好しだな」
「…そうですね。でも、私にはそれぐらいしかできませんから」
「それぐらい、ねぇ」

どこか歯切れが悪いように感じた。いつもの先輩らしくない気がして名前を呼ぶ。伏見先輩、どうかしましたか?ただ、なんとなくいつも違ったような気がしただけだ。気のせいなのかもしれない。だけど、やっぱりその時の伏見先輩の眼はいつになく真剣なような気がした。

「…天風、お前、そのままだといつか――――」
「伏見!いつまで油を売っている。すぐに出動するぞ!」

淡島副長の声が先輩の言葉も、空気も、全てを断ち切った。そうすれば、それまでのことはなかったかのように伏見先輩はいつもの気怠げな様子に戻り、めんどくさそうに舌打ちをした。それを見て私も思い出す。ああ、そうだ。これから先輩たちは反応が出た地点に行くんだった。

当然のことながら私は留守番で、ここから次の情報を待つことしかできない。もう足を引っ張るような二の舞はしたくない。そうなるぐらいなら後ろに引っ込んでいた方がいい。だけど、本当はもっと前に出て戦いたい。歯痒い気持ちを抑えながら二人の会話をぼんやりと聞いた。

「…嵐になりそうですね」
「何か言ったかしら?」
「いいえ、別に。何でもないです」
「ならすぐに出るわ。天風、ここは任せる」
「あ、はい!頑張ります!」

急に話を振られておかしな返事をしてしまったが、状況は現状を維持してはくれない。室内の空気が慌ただしく流れ始め、淡島副長を筆頭に先輩たちが出ていく。いつか私もあそこに立てる日が来るのだろうか。そんなことをどこか上の空で聞きながら、先輩隊員の背中を見送る。

「天風」

ほとんどの人がいなくなった室内で私の名前が呼ばれる。声の主は言わずもがな伏見先輩で、私はどうかしましたか?と首を傾げる。早く行かないと淡島副長に怒られちゃいますよ。冗談半分に私は言ったけれど、伏見先輩の声は少しだけ固かった。

「お前、さっき人の感情は表に出るって言ったよな」
「えと、そうですね。そんなことを言った覚えがあります。それがどうかしたんですか?」
「いや。お前は俺の考えてることとか分かんのかって思っただけ」

突然の質問にポカーンとして、それからすぐにその意味が分かって笑ってしまった。そんな私を見て伏見先輩は訝しげに眉を寄せるけれど、私の頬は緩んだままだ。まったく、先輩は私がずっと先輩を見てきたということを知らないのだろうか。

「全部ではないですけど、分かりますよ。先輩は案外、眼に出やすいですから」
「…なら今の俺は何を考えてる?」

今の先輩が何を考えているのか。まさかそういう切り返しが来るとは思わなかったけれど、私は特別動揺することなく伏見先輩の顔を覗き込んだ。レンズの向こうにある瞳を見るために。そして、そこに映っている色を見て私は小さく笑った。

「信じろ、とでも言いたげな色をしてます。私はいつでも伏見先輩のこと、信じてますよ?」

これは本当のことだった。もう、疑う必要なんてどこにもない。この人について行けば大丈夫だと分かったから。だから伏見先輩がこれから敵と会って戦うことになったとしても、必ず無事に帰ってくると本心から思っている。

それを過信だと人は思うだろうか。でも、伏見先輩は何も言わなかった。ただ、何も言わずに私の頭に大きくて温かい手を乗せる。

「…行ってくる」
「はい。お気をつけて」

何てことはない一連の動作。それだけで私は安心できるのだ。





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