nowhere | ナノ


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「へぇ…、それじゃあ草薙さんと十束さんはもう随分と長い付き合いなんですね」
「せやなぁ。かれこれ8年以上連んでる気ぃするわ」
「懐かしいね。あの頃はまだ俺たちも若かったもんなぁ」

今でも十分若く見えますよ、お二人とも。口には出さず、遠くを見つめる二人を見て苦笑い。でも、8年か。そんな長い年月を特定の人と一緒にいる経験なんて私にはない。あったとしても家族ぐらいだろう。だから私には二人が羨ましく思えた。本当に仲がいいんだろうって。

「あ、実はね、俺たちの他にもう一人いるんだ。キングが」
「キング、ですか?」
「まあ、なんて言えばいいのかな。俺たちのボス猿って感じ?」

その俺たちという言葉が十束さんと草薙さんだけでなく、後ろにいる人たち全員を指しているということは何となくだけど分かった。ボス猿。動物園で飼育されている猿の中でいつも天辺にいる猿を思い出す。きっとここにいる全員から信頼されているすごい人なのだろう。そう、それは私たちで言う、宗像室長のような。

キングの写真、どっかにあると思うんだけどなぁ。暢気な声を出しながら十束さんはカメラを弄くる。その口振りからしてみるに、どうやらそのキングという人は今は出掛けてしまっているらしい。少し会ってみたい気もしたから残念。こんなに一見変わった人をまとめる人だ。いったいどんな人なのだろうか。

きっとその人は強くて、優しい人なんだと思う。そうでもなければ8年も一緒にいられる筈がないし、こんなに多くの人に囲まれることもない。尊敬と信頼と、それから愛情。その全てが向けられた人なんだろう。それが少し羨ましく感じられて息を一つ吐き出すと、そういえばと十束さんはカメラに向けていた視線を私に移す。

「渚ちゃんはさ、そういう人いないの?ずっと連んでいたいなって思う人」
「私ですか?そう、ですね。いなくは、ないですけど…」

言いごもって自然と視線を手元に落とした。連む、なんてそんな友人のようなことはしたくない。私はあの人の後ろをついて歩いていければいい。私にとって上司であり目標であり、同時に道標でもあるあの人の傍にいることが出来ればそれでいいのだから。

「青春かな?甘酸っぱいね」
「、え…?」
「渚ちゃん、さっきからものすごーく幸せそうな顔しとるで」

自分では気付いてないみたいやけど、なんて笑う草薙さんの言葉に頬が熱くなる。幸せ、なんだろうか。確かに今はずっと伏見先輩と一緒に仕事をさせてもらってて嬉しい。どうせならずっとこのままがいいとは思う。だけど――――……

「ありゃりゃ、渚ちゃん真っ赤だ。照れちゃってる?」
「なっ!そ、そんなことないですよ!?私は別に普通、です…」
「あははっ、ごめんごめん。でも初々しいよね、そういうの」

うちにはアンナはいるけど渚ちゃんみたいな年頃の女の子はいないからなぁ。残念そうに呟く十束さんは天然なんだろうか。それとも狙っているんだろうか。余計に顔が熱くなったような気がする。これじゃあココアも飲めそうにない。そんな私に向けて十束さんはとんでもない発言を飛ばしてきた。

「こうなったらいっそ、成人済みの俺たちで渚ちゃんを大人にしてあげようか」

は、と思わず間抜けな声が漏れた。聞きようによっては犯罪的なものを感じますよ、十束さん。隠していて申し訳ないですけど私、一応セプター4の人間なので法的措置も取れるんですよ。だけど、唖然としている私を見て十束さんはさらに爆弾を投下する。

「え?だって渚ちゃんはその人のこと好きなんでしょ?」
「ッ!?は、はい!?」
「だから俺たちでその人を落とせるような女の子にしてあげるんだよ。ね、面白くない?」

全然面白くないですし、それ以前に会話の内容が違う方向に飛びすぎてます。根本的にずれてる部分が多すぎます。言いたいことはたくさんあるのに動揺からか声が全く出てこなくて口をパクパクさせていれば、さすがに草薙さんも呆れたのか溜め息混じりに十束さんを止めていた。

「その辺にしとき。渚ちゃん困ってるで」
「うーん、いい案だと思ったんだけど。残念」

ま、頑張ってねと十束さんにウィンクを飛ばされたけれど素直にはいとは頷けない。頑張ってと言われましても、いったい何を頑張ればいいんでしょうか。混乱する私を見ながら草薙さんは苦笑いを漏らす。

「ま、渚ちゃんは八田ちゃん並みに顔に出やすいタイプやな。恥ずかしい時とか真っ赤になるの、そっくりやん」
「ちょっ、草薙さん何言ってんすか!?」

後ろから聞こえてきた怒鳴り声にも似たそれに思わず振り返った。ソファの辺りでたむろしている人たちの中に赤い帽子がトレードマークの人がこっちを見てわなわなと身体を震わせている。確かに顔が赤い。

「でも八田の場合は女の子に弱いっていう致命傷めいたところがあるからなぁ。渚ちゃんは俺たちに対しては普通だし」

うーんと唸りながら十束さんは考えこんでいるけれど、私にはさっぱりだ。いったい何の話ですか、これ。どんどん話が本筋から離れていっているような気がするけれど口出しできそうな雰囲気でもなく、口を噤んで成り行きを見守ることしかできない。

「八田はもっと女の子に慣れるべきだよ。いっつもまともに話せてないじゃん」
「べ、別に女子と関わる必要なんてないじゃないっすか」
「それはどうやろな。八田ちゃん、もう19なんやからこれからきっと出会いあるでー」

19歳なら私と同い年だ。ということは伏見先輩とも同じなんだな。言い方が悪いかもしれないけど、伏見先輩の方が大人びてるなぁ。それとも彼の方が年相応なんだろうか。そんなことを考え、ココアを飲みながら二人の会話をぼんやりと聞く。

「そもそも八田は童貞すぎるんだよ。女の子と男とで態度変わりすぎ」
「と、十束さんには関係ないでしょ!」

なんだか会話がヒートアップしている。でも、そっか、そういうお年頃の男の子もいるのか。セプター4は女性が少なくてほとんど男の先輩ばかりだからか、扱いはほとんど男女同等であまり性別の差というものがない。だから、なんとなく彼のような態度を珍しく感じた。

でも、悪くないと思った。周りの人はみんな彼のことを面白そうに笑っているけれど、私には面白いというよりも微笑ましく感じる。彼を笑うようなおかしなところなんて、どこにあるのだろう。首を傾げて考えるけれど、よく分からない。そんな私を見て草薙さんはどないした?と声をかけてくれた。

「別に大したことではないんですが…。八田さん、でしたか。彼のような人、私は好きだなぁって」
「へ?」
「だって裏を返せば女性に優しいってことですよね?それに感情をそのままぶつけてくれるのは、分かりやすくて安心するじゃないですか」

自分の気持ちを隠している人よりもずっと安心するし信頼できる。そう思って口にした言葉だったのだけど、どういうことだろう。室内がシーンと静まり返った。それから誰かが雄叫びのようなものを上げて拍手喝采。

「良かったっすね八田さん!ああいう女子もいるんですよ、この世界…!」
「うるせぇデブ!デカイ声出してんじゃねぇ!」
「あ、あの、私なにか変なこと言いましたか…?」

さすがにここまで全員が盛り上がっていると自分だけがアウェーに感じられてきた。思ったことを言っただけだけど、まさか馬鹿なことを言ってしまったのでは?一人不安になっている私の頭に手が乗せられる。隣を見れば十束さんが微笑みながら私を見ていた。

「やっぱり渚ちゃんは面白いね。期待を裏切ってくれないというか、なんというか」
「はあ、そうでしょうか。自分ではつまらない人間だと思うんですけど…」

そんなことないって、と十束さんは笑う。それから、八田もそう思うでしょ?と続けた。それが私への言葉ではないと分かりきっていたので、十束さんの声が向けられている方に顔を移せば真っ先に赤い帽子が目に入った。

「渚、とか言ったっけか?な、なんか悪いな。馬鹿騒ぎして」
「いえ、気にしないでください。なんだか新鮮な感じがして楽しいですから」
「…お、俺は八田美咲だ。どうせ年も近いだろうし、タメ口でいいからな」

まだ少し頬が赤い彼を見て思わず笑みがこぼれた。本当に女の人に慣れてないんだなって分かって、本当に優しい人なんだなって感じた。八田美咲。男の人にしては珍しい名前かもしれない。だけど――――……

「綺麗な名前だね」
「、は」
「美咲くん、は流石に馴れ馴れしいか。八田くんって呼んでいいかな。私も19歳だから同い年なんだ。よろしくね」

そう言い終えたのと同時にポケットの中にあった端末が音を立てて震えた。この端末に登録している連絡先は仕事関係のものしかない。ということは――――ごめんなさい、と一言断りを入れてから慌ててタンマツを取り出せば見慣れた名前が液晶に出ていて、すぐに通話をタッチする。

「はい、天風です」
『緊急事態だ。すぐにこっちに戻れ』

間髪入れずに言われた指令に一瞬思考が止まる。緊急事態?私、今日は早番なんですけど。そう言いかけた言葉を呑み込んで周りに聞こえないよう少し低めの声で何かあったんですかと尋ねる。今はそんな呑気なことを言ってる場合じゃないということはすぐに分かった。

『外線だと詳しくは話せない』
「盗聴の可能性、ですか。なんだか物騒な話みたいですね」
『分かってるなら四の五の言わずにそこ出ろ』

どこにいるかは知らねぇけど、と面倒くさそうに付け加えられた声に先輩らしいなと苦笑する。思えば、その時はまだ状況を楽観視していたのかもしれない。だけど、機械越しに聞こえてきた次の言葉で完全に意識が覚醒した。

『例のストレインが死んだ。死因はまだ分かってない』

予感はしていた。このまま平穏が続いてくれるとは思っていなかった。平和が、平凡が何よりも大切で維持することが難しいことぐらい理解していた。だけど、まさかこのタイミングで起こるだなんて。空いた左手を強く握りしめた。

「…分かりました。すぐに戻ります」

通信を切ってから小さく溜め息を吐く。それからそばに置いていたバッグを取って立ち上がった。カウンターに向き直れば雰囲気を感じ取ったのか草薙さんが私の顔を見て眉を下げた。

「仕事やな?」
「はい。少し厄介事のようなので、これで。ココア、美味しかったです。ごちそうさまでした」
「おおきに。気ぃつけてな」

まるで今日初めて会ったとは思えないくらいの優しい言葉に頬が緩む。やっぱりいい人たちだ。ここに来るまでに悩んでいたことが嘘のように私はここが気に入ってしまったらしい。

「十束さんも、今日はありがとうございました。すごく楽しかったです」
「うん、俺も。本当はもっとたくさん喋りたかったけど、仕事なら仕方ないね」

それじゃあ最後にもう一枚、と十束さんが私にカメラを向けた。本当に写真が好きなんだなと笑みをこぼす。ここにいる短時間にもう慣れてしまったフラッシュの光。シャッター音を聞き終えてから頭を下げれば、おいと声をかけられて振り返る。

「八田くんもありがとう。あんまり話せなかったけど、楽しかったよ」
「…ん。あー、なんつーか、さ」

頭を掻いく八田くんは何かを言いよどんでそっぽを向いた。どうかしたのだろうか、と首を傾げれば彼は若干顔を赤くしながら小さな声で呟く。その声は、確かに私の耳に届いていた。

「…うん、じゃあ八田くん、じゃなくて美咲くん。ばいばい」
「…おう。またな」

たった一言だったけど、嬉しかった。その言葉は私がここにもう一度来ることを許し、もう一度この人たちと会うことを許してくれた。そして私自身、もう一度ここに来てこの人たちと会いたいと思えた。

「また、ね」

それがいつになるかなんて私にはまだ分からない。それが全てを狂わせることになるなんて、まだ知らない。




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