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▼ 18



近頃は平和な時間が流れている。少し前までの事件の喧騒はなく、まるで嵐が過ぎ去った後ののように静かだ。それがなんとなく気になった。本当にこれは嵐が過ぎた後なのだろうか。本当は大きな嵐が来る前の静けさなのではないだろうかと。

だけど、そんな心配をしたところで何も変わらなかった。変わらず静かな時間が過ぎていくだけだった。そのままでいてくれるならそれでいい。心配が杞憂に終わってくれればそれに越したことはないのだけれど、どうにも安心しきることはできなくて。

例の捕縛されたストレインは今も牢の中にいる。いろいろと事情や動機などを聴取しようとしているらしいけれど、今はまだ有力な情報が手に入らない現状らしい。口止め、なのだろうか。もしそうだとするならば彼には仲間がいて、どこかでストレインの集団が形成されているのではないだろうか。

「天風、少しいいかしら」

声をかけられて意識を現実世界に戻す。考えたところで答えは出ない。正しい答えを推測なんかで導き出すことは難しいのだから。なら、今の時間を生きなければ。いつまで続くかも分からない平穏を楽しまなければ。

「どうかしましたか?」
「貴女、確か早番だったわね。これから時間あるかしら」

淡島副長の言葉に一瞬きょとんとなりながらも素直に首を縦に振る。確かに今日はもう私は上がりだ。そしてこれと言った特別な用事もなく、いつものように自室でゴロゴロしていようかと思っていただけだった。

何か用があるのだろうか。でも、私には心当たりがなくて首を傾げる。そんな私を見て淡島副長は困ったように眉を下げ、頼まれ事を引き受けてくれないかと私に言った。

「別に構いませんが…、私なんかでよろしいんですか?伏見先輩のような人の方が確実にこなしてくれると思いますけど…」
「今回は貴女じゃないと駄目なのよ」

伏見なんて論外だわ、と溜め息混じりに淡島副長は言うので余計に疑問は深まるばかりだ。伏見先輩が駄目で私がいいっていったいどういうことなのだろう。女性じゃないと駄目なこととか?そう思って考えてみるけれど、やっぱり私には心当たりがない。

「指令なんて大層なことじゃないわ。強いて言うなら、そうね。お使いかしら」
「お使い、ですか…?」

駄目だ。ますます分からなくなった。お使いってどこかスーパーとかに行って食材やらお菓子やらを買ってくればいいんだろうか。どことなく子どものお使いを想像して瞬時にそれを打ち消す。淡島副長がそんなことを私に頼むなんて想像できない。

なら、いったい何を?頭の上に疑問符をいくつも浮かべているであろう私に淡島副長は封筒を手渡した。手紙?小切手?いろんな考えがぐるぐると頭の中を駆け巡る。その答えを出すように淡島副長は口を開いた。

「これを届けてくれないかしら。本来なら私がやるべきことなのだけど、今日はどうしても手を離せない仕事が残ってて行けそうにないのよ」
「はあ、分かりました。郵便局に出せばよろしいですか?」
「本人に渡してほしいのよ。私の行きつけのバーに行ってね」

な、なんですと…?私なんかが淡島副長の行きつけのバーに行って知り合いの方と顔を合わせてこれを渡せと?淡島副長の知り合いの方ってどんな方ですか。絶対すごい人じゃないですか。そもそもバーなんて行ったことないです。

「や、やっぱり伏見先輩に頼んだ方がいいですよ。淡島副長の信頼されてる人じゃないですか」
「伏見に行かせると厄介なことになるわ。それこそ抜刀許可が出るくらいのね」

なんですかそれ。伏見先輩が抜刀するかもしれないところに私なんかを放り込んでも状況が悪化するだけじゃないですか。私、戦えないんですよ?殺されるかもしれないじゃないですか。顔面から血の気がなくなるのを感じる。これはアレだろうか。俗に言う、死亡フラグというやつだろうか。

「安心してちょうだい。貴女が行けば戦闘にはならないわ」
「な、何を根拠に…!」
「そうね。貴女なら敵と見なされない、と言ったところかしら」

それは私が雑魚キャラだからですか。確かに弱いですけどね。最弱ですけどね。それで怖い思いをしないで済むならいいんですけど、なんだろう。嬉しいような悲しいような微妙なところだ。引きつった笑みを浮かべながら淡島副長の持っている封筒を視界に映した。

正直なところ、そんな危なそうな所に一人で行きたくはない。もし襲いかかってこられたら私にはどうしようもないからだ。だけど、仮にも淡島副長直々のお願いだ。無碍にすることは許されない。選択肢なんて最初から一つしかないのだろう。

「…分かりました。行きます」

もし私の身に何かあったら後のことはお願いします、先輩方。自分、ご臨終するかもしれません。淡島副長から手紙を受け取って溜め息を吐く。大袈裟ね、と淡島副長は呆れたように私のことを見るけれど私にとっては死活問題。最難関レベルの任務だ。

「安心しなさい。貴女がセプター4の人間だと知られない限り安全だわ」
「バレたら拙いんですか?」
「ええ。蜂の巣になっても文句は言えないわね」

やっぱり生きて戻ってこれる気がしない。セプター4だとバレないようにするということは制服姿はもちろん、帯刀も許可されないということだ。では、いざという時に何を使って応戦しろと?抜刀できないと力も使えませんよね?まあ、私は元々戦うことすら出来ませんけど。

「大丈夫よ。天風なら何の問題もない。そう思っているからこそ貴女に頼んでいるのだから」

信頼されている、と受け取っていい言葉なんだろうか。なんだか違うような気もする。だけど今さら断ることなんか出来ないわけで、何が何でも行かなければならない。たとえチンピラの風体をしたヤグザみたいな人たち数人に囲まれて袋叩きに合うことになったとしても。

「…行ってきます。場所を教えてもらってもいいですか?」

結局こうして折れるしかないんだ。もうこうなったら割り切って開き直ろう。荷物を渡して走って逃げればきっと何とかなる。淡島副長の知り合いの方なら話も通じる人だろうし、上手くいけば無傷で帰ってこれるだろう。あくまで上手くいけばの話だが。

「バーの名前はHOMRA。看板を見ればすぐに分かると思うわ」
「ほむら、ですか。…なんだか強そうな名前ですね」

かっこいいとは思うけど私が一人でそこに行くとなると話は別だ。あまりいい名前だとは思えない。もしゴロツキの溜まり場みたいな場所だったらどうしようか。でも淡島副長の行きつけだし意外とお洒落で普通のお店なのかもしれない。

そうだったらいいなぁ、と軽く笑いながら遠い目をして思いを馳せる私とは対照的に淡島副長は少し難しい顔をしていた。そして私のことを見ながら呟きにも似た声を漏らす。

「…そういえば貴女には何も話していなかったわね。いや、だからこそ貴女に頼むのだけど」
「え?それってどういう…」
「何でもないわ。気にしないで」

首を傾げる。いったい何のことだろう。でも追求してはいけないような気がして忘れることにした。結局、今の私にとって一番大切なのは任務の完遂。このお使いという名の危険度重要度共に最高ランクの任務を遂行しなければならないのだから。

「そのバーのマスターにそれを渡してくれればいいから。頼むわね」

その時に詳しく聞いていれば何かが変わっていたのかもしれない。そう思えるようになるのはまだ先のことだった。





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