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▼ 15



私には出来ることが少ない。誰にでも出来るようなことしか出来ない。人並み以上に出来ることがあるかと言われても、きっと何もないのだと思う。平凡で普通の人間。でも、だからこそ出来ることがあるんじゃないかと思った。

「答えは出ましたか?」

前の時と同じように気配もなく現れた宗像室長は唐突にそう聞いてきた。そして私も前の時と同様にサーベルを鞘にしまった。全く同じだった。時間も場所も行動も。でも、気持ちだけは前回と違っていた。

酷く落ち着いていた。室長が突然現れたことにも驚かないくらい冷静だった。どうしてこんな気持ちでいられるんだろう。考えてみたけれどこれだという答えは出てこない。でも、思い当たる節はあった。

「はい、決めました」

私には何も出来ない。そのことを自覚して、同時にそんな自分に出来ることを探そうと思った。そう簡単に見つかることじゃないと思う。自分の納得の出来ることにたどり着くまでには何年もかかるかもしれない。

でも、決めたんだ。自分の本当の気持ちに従って、本当にやりたいことを見つけようって。それを見つけられる場所は、きっと――――……

「私は伏見先輩のもとに残ります」

ここにしかないと思うから。だから情報課への異動の件はお受けできません。そう言って頭を下げる。私の勝手で宗像室長にも迷惑をかけてしまった。怒られても仕方がないだろう。ぎゅっと目を瞑って叱責の言葉を待った。

「そうですか。それは何よりです」

頭上から聞こえてきた言葉は叱責なんかじゃなかった。まるで、そう言うのが当然だとでも言うかのような口調だった。今度こそ驚いて顔を上げれば宗像室長は微笑んで私のことを見ていた。

「天風君も伏見君もここにいてもらわなくてはならない優秀な部下ですから。君がそう言ってくれて何よりです」
「そんな!伏見先輩はともかく、私なんて…」
「いいえ、天風君は貴重な人材ですよ」

私は君に期待していますから。続けて言われたそんな言葉に一瞬呆然となる。でも、それが自分に向けられた言葉だと気付いて慌てて頭を下げた。

「あ、ありがとうございます!ご期待に添えるよう、精進します!」

私には恐れ多い言葉だった。戦うことも出来ず、かと言ってデスクワークが飛び抜けて出来るわけでもない。そんな私にたとえお世辞だったとしても宗像室長は期待していると言った。そんなこと、この先何度あるか分からない、と喜びやら驚きやらにまみれながら浮かれている私を見て宗像室長は何かを口にする。

「…君がいないと伏見君もやる気になってくれないようですしね」
「え?なにか仰いましたか?」
「いえ、何でもありません。そんなことより、天風君は毎日のようにここで訓練していますね」

きょとんとしながらも頷く。確かに休憩時間や早番で仕事が終わった時には必ずここに来ていた。まさか宗像室長がそのことを知っていたなんて。驚きの事実を知り呆気にとられる私に宗像室長は微笑みながら言葉を続けた。どうしてそこまで必死になるのか、と。

私のこれは必死なんだろうか。自分でも分からなくて少し考え込む。でも、訓練するのは当たり前なんじゃないだろうか。だって私、弱いし。それはこの前のストレインの件で身をもって思い知らされたことだった。

「少しでも強くなりたいんです。今の私は自分の身を守ることすらまともに出来ませんから」

まして伏見先輩の助けになるなんてこと、今の私のままだったら絶対に出来ない。でも、いつかは私もあの人と同じ場所に立ちたいと思っているんだ。それなら少ない時間にも力をつけないと。

「ですが、君は剣の才能がないと伏見君から報告を受けていますが」
「…うっ、それは、そうなんですけど…」

言葉に詰まって顔を逸らす。反論できない。確かに私はここに配属されて早々に伏見先輩から戦力外通告を受けている。だから今まで前線には立っていなかった。まあ、その最長記録もこの前の騒動のせいで途絶えてしまったんだけど。

でも、才能がないからって諦めたくなかった。練習すればいつかは出来るようになる、なんて甘いことは考えないようにしているけれど、でもいつかはと淡い期待は今でも抱いたままだ。

「私は天才じゃありません。だけど、努力して上を目指すのは嫌いじゃないんです」

努力して頑張って、その先に成功が見えた時のあの達成感が私は好きだった。そして今の私の目標は伏見先輩だ。もしいつかあそこまで上り詰めることが出来るなら、そう考えればいくらでも頑張れるような気がした。

「なるほど、君は天才の道を捨て、秀才としての道を選びますか」
「秀才なんて…、そこまでいけるとは思っていませんが、人並みにはなりたいです」

私は戦闘に関しては人並み以下なので。苦笑いをこぼしながらそう言った私を見て宗像室長は少し表情を引き締めた。な、なにか可笑しなことを言ってしまっただろうか。

「…そうですね。丁度いい機会なのかもしれませんね」
「む、宗像室長?」
「天風君、君はあの時私がどうして君を前線に送り出したか。その理由を知りたいとは思いませんか?」

息を呑んだ。まさか宗像室長からその話を持ち出されるとは心にも思っていなかったからだ。いつか私の方から聞きに行くことができれば、そう思う程度だったのに。

あの時とはストレイン捕縛の時のことで間違いない。当初は人員不足のため、と報告を受けていたが今にして思えば納得できない部分が多かった。実戦慣れしていない私がああなることを宗像室長は本当に予測できなかったのか、と。

「やっぱり、あの指示には何か意味があったんですか」

それは確かに宗像室長に疑問をぶつけた言葉だったけれど、そこに問いかけの声は含まれていなかった。ほぼ確証を秘めた口調になっていた。やっぱりだと思った。室長は敢えて私をあの場に立たせていた。

でも、その意味は分からなかった。その敢えての理由は想像できなかった。宗像室長は私に何を求めたのだろう。難しい顔をしてしまっていたのか、宗像室長は今度は少し表情を緩めて微笑んだ。

「知りたいですか?」
「は、はいっ」
「それでは私に一太刀でも浴びせることができればお答えしましょう」

は?と思わず声が漏れた。今、室長はなんて言った?私たちの王である宗像室長に一太刀浴びせる?言われたことの理解に苦しんで目がぐるぐる回る。そして結論にたどり着く。無理だ。

まず立場上から考えて無理だろう。キングに手を上げるなんてこと許される筈がない。それに私なんかが宗像室長と戦ったって手も足も出ない。そんなこと、自他共に分かっているはずなのに。

「知りたくはないですか?真実を」

まるで引きずり込むかのような、誘うかのような言葉だった。どうしてそんなにも今まで伝えもしなかったことを今になって私に教えようとするのだろう。でも、興味があるのは確かだった。

「やりますか?」
「…はい」

迷いながらも頷いた。今の私には歯が立たないかもしれない。だけど、やれるだけやってみよう。そう思った。宗像室長の胸を借りるつもりで今できる限りの力を出してみよう。こまめに訓練してるし、もしかしたら昔よりは少しは強くなっているかもしれないから。

「…お願いします!」

その言葉の真意にはまだ気付くこともできず、私は剣を抜いた。





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