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▼ 13



寝苦しさのようなもので目が覚めた。身体が重い。怠い。そしてまた一番に視界に入ったのは自室の天井。デジャヴだ。前にもこんなようなことがあった気がする。ああ、そうだ。あれは私が足手まといになった時だ。

あの時のことが走馬灯のように思い返されて思わず視界を腕で覆った。もうやめて。だから思い出したくないんだってば。もし記憶の操作を出来るストレインがいるなら是非とも会ってみたい。そんなことを考えながら重たい身体を転がし、ベッドの上に横向きになった。

そして視界に入ったものを見てしばらく沈黙。機能停止。悲鳴を上げそうになった。

「(え?なんで伏見せんぱ…え、ええ?えええ!?)」

眠気はどこかに吹っ飛んだ。正直、だるさもどこか遠くへ飛んでいった。混乱する頭をなんとか沈めて冷静を装う。落ち着け落ち着け落ち着け落ち着くんだ私。どうして伏見先輩が私の隣で寝てるのか、ゆっくり考えようじゃないか。

昨日は、そう。いつも通りに過ごしていた。デスクワークで自分の仕事をした。それで夜、仮眠室であの会話を聞いた。その後、伏見先輩の部屋に行った。それで…、それ、で――――……

「〜ッ!?っ…―――!」

今度は確実に悲鳴を上げたつもりだった。でも叫び声は出てこなくて掠れた声と息が漏れただけだった。これはまさか喉、嗄れた…?それが決定的な証拠だった。逃れようのない現実を叩きつけられたような気がした。

「(わわわわ私はいったい何てことを…!?)」

顔から湯気が出ているんじゃないかというぐらいに熱い。同時に全身から冷や汗がだらだらと流れ出す。今の私は赤面しているんだろうか。それとも顔面蒼白なんだろうか。それともどっちもなんだろうか。

とりあえず離れなくては。いくらなんでもこの距離は近すぎる。そう思って身体を起こそうとした。起きれなかった。腰に先輩の腕が回っていた。ここでむやみやたらに起きたらたぶん先輩も起きる。今度こそ顔面蒼白になった。

「(ど、どうしろ、と…?)」

このまままた二度寝しろと?いやいや無理無理。もう寝れる気がしないくらい頭が冴え渡ってしまっている。これはつまり、アレだろうか。伏見先輩が目を覚ますまでこの状態で待つということだろうか。無理だ。

だって私は昨晩、先輩と――――そこまで考えて自主規制をかける。思い出すんじゃない。忘れるんだ。きっとあれは夢だったんだ。そう信じたいけれど明らかに感じる下半身の違和感にベッドに顔を埋めて悶絶した。ああ、私は本当になんてことを…。

ちらりと先輩のことを見る。寝てる。伏見先輩が寝てるところなんて初めて見た。ついでに言うなら眼鏡を外している姿もそうそう見れるものではない。だから、少し意外だった。伏見先輩もこんな無防備に眠るんだ。

「、せんぱい…」

まだ若干掠れたような声を出す。先輩は何の反応も示さない。それでようやく気付かされる。当たり前のことだけど、この人も私と同じ人間なんだって。どれだけ完璧な人であっても、こういう一面もあるんだって。

気付けば手を伸ばしていた。起こさないように静かに先輩の髪に触れ、そのまま柔らかく頭を撫でる。何してるんだろ、私。こんなことしてどうなるんだろ。分からない。

分からないけれど、伏見先輩のそばでこうしているとなんとなく温かい感じがした。胸の奥に光が灯るような、そんな感覚。

「、伏見先輩…」
「…なんだよ」
「!? うわあああ!?」

ついに叫び声が上がった。やった!声が出た!なんて喜んでる場合ではなく、飛び起きてベッドの隅の方で縮こまった。装備品は枕のみ。大した攻撃力も防御力も期待できそうにない。

「い、いつから起きていらしたんですか」
「お前が百面相し始めた頃から」

ほとんど最初からじゃないですか。なんで狸寝入りなんてして人の反応楽しんでるんですか。一気に恥ずかしさが込み上げて枕に顔を埋める。ああもう穴があるなら入りたいぐらいだ。

そんな私のことなんていざ知らず、伏見先輩は目元を押さえながら欠伸をかみ殺していた。先輩、低血圧気味なんですね。なんとなく予想はしてました。一人納得する私だったけど寝起きのせいでいつもより低い先輩の声で意識をこちらに戻す。

「…今、何時」
「い、今ですか?えーっと…」

カーテンを閉めてるし電気もつけていないから隙間から入ってくる日の光を頼りに枕元を探る。確かこの辺りに目覚まし時計があるはず。指先に金属みたいなものが当たってそれを引っ張り出す。時計の針は、まだ半分も回っていなかった。

「…早過ぎたな」
「…ですね」

朝の4時。誰の声もしない筈だ。みんなまだ夢の中だよ。なんでこんな時間に起きてしまったんだ。ハァと息を吐き出して時計をもとの位置に戻す。それから枕を抱えてベッドの上で体育座りをした。

「あ、あの、なんで伏見先輩が私の部屋にいるんでしょうか」

思い切って疑問に思っていたことを聞いてみる。そもそもなんで私自身も自室にいるんだろうか。記憶が正しければ私は先輩の部屋にいたような気が。いや、それ自体も嘘であってほしいことなんだけど。

私、また何か変なことしました?そう聞いたものの先輩の顔をまともに見ることも出来ない。いくらなんでも直視することはさすがに無理だった。向き合うと思い出してしまうんだ。あの時の伏見先輩のことを。

「…昨日の夜のこと、覚えてるか」
「、はい」

私の返事に先輩は大きな溜め息を吐いた。額に手を当てて、先輩も私の方に視線を寄越そうとはしない。いつもは無表情の顔にも僅かながら感情が見られるような気がする。何の感情かと言われると難しいけれど、多分それは――――……

「お前が気を失ったから運んだ。それ以外は何もしてない」

後悔、なんだと思う。罪悪感なんだと思う。そんなものを先輩が感じる必要なんてない筈なのに。だって先輩は何も悪くないだろう。悪いのは私だけで、責任なんて背負う必要なんてどこにもない。

それでも、やっぱりこの人は優しいから。

「嘘は駄目ですよ、伏見先輩」

笑みが零れた。先輩の本質を見つけることができたからかもしれない。先輩の本音を垣間見れたからかもしれない。先ほどまでの自分が嘘のように今の私には伏見先輩の瞳を真っ向から見つめることができた。

「運んだ、だけじゃないですよね?先輩は私の身体を流してくれたし、服だって自分のを着せてくれたじゃないですか」
「、お前、起きて…」
「い、いえ、多分私はその時気を失ってました」

でも、なんとなくそんな気がした。もしかすると僅かな意識が残っていて、それが心の片隅にそのことを留めさせていたのかもしれない。だから覚えていなくても記憶はあった。だから、嘘を吐く必要なんてないんですよ。

「私はこんなちんちくりんですし頼りがいなんてないと思います。だから、私には絶対に嘘を言わないでなんて大それたことはお願いしません」

やっぱり先輩の服だから私の身体には大きすぎるなぁ、なんて考えながら苦笑いをする。でも、嬉しかった。こんな時にそんなことを考えるのはおかしいかもしれないけれど、それでも純粋に嬉しかった。

「だから、言いたい時だけでいいんです。その時は私に向かって好きなだけ本音を吐き出してください」

それかどんなものでもいい。ただ、少しでも先輩の役に立てれば私はそれでいいのだから。それに本音を言ってもらえることは、とても嬉しいことだから。私にとってそれは、かけがえのない幸せだから。

「…お前、やっぱり馬鹿だな」
「そうかもしれないです」

だからこそこの人とちゃんと向き合わないといけない。そう思えた。





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