私の名前はみょうじなまえ。立海大附属中学校に通う、ごく普通の中学三年生。学校に行けば、私はみんなとなんら変わりのない普通の女子生徒だ。しかし、私には1つだけみんなに秘密にしていることがある。そう、実は私の本当の名前は跡部なまえ。跡部財閥の跡取り息子である、跡部景吾の双子の妹なのだ。ちなみに、みょうじは母親の旧姓である。

特に隠さなくてはいけない理由はなかったのだけど、このことは私たっての要望だった。私は、跡部という名前に縛られたくなかった。どこに行っても、私はなまえとして見られるよりも、跡部家の娘として見られることが多かったのだ。だからといって、私は兄のように完璧ではなかったし、自分に対する大きな自信や統率者格を持ち合わせているわけでもなかった。私はどちらかというと、大人しく、お嬢、というよりも普通の目立たない女の子だったのだ。だから、跡部家のお嬢さんとして扱われるのは私にとってはプレッシャーだったし、ストレスだった。早い話、跡部という名前を背負うには、私は気弱すぎたんだ。

だから中学も兄とは別の、そしてなるべく私が跡部家の人間であるとばれないようにと家から遠い立海大付属を選んだ。ここなら、兄の噂も聞かないだろうし、ましてや私が跡部家の人間であるなんて誰も気づくことはないだろう。もう、跡部家の娘といって特別扱いされるのはうんざりだ。

現に今は、この立海大附属でのびのびやっている。ちゃんと友達も、私のことをなまえとして見てくれるし、クラスメートだって余所余所しいところは何もない。これこそが、私の思い描いていた生活だった。嬉しい、嬉しい、跡部という名前がないだけで、こんなにも素晴らしい生活が待っているだなんて。

さて、とさっきまで読んでいた本を鞄にしまう。今は放課後。日はもう沈みかけて、空は熟れた果実のように赤い。私は教室でひとりぽつんと自分の席に座っていた。窓側のこの席からは、彼の姿が良く見えるのだ。

「なまえ、遅くなってすまなかったな。」
「ううん、お疲れ、弦一郎。」

この人は真田弦一郎。実は1か月ほど前からお付き合いを始めた、私の恋人だ。弦一郎は厳格な人で、4月のクラス替えをしたときから、付き合いにくそうな人と同じクラスになったものだとよく思ったものだった。しかし話してみれば、弦一郎は優しい(厳しいけれど)仲間思いの良い人だとだんだん知ることができた。そんな弦一郎が頬を赤らめて私に交際を申し込んできたときには、その姿が意外すぎて、かわいくて、思わずオーケーしてしまった。それと、兄がテニスをやってるところを見ていたっていうのもあるけれど、私にはテニスをしている人はさらにかっこよく見えたのだ。彼が私のどこに惚れたのかは全くもってわからないけど、幸せだからそれでいいや。

「今度の土曜日、あいているか?」
「うん、暇だよ!」
「その日、我が学校で他校との練習試合があるのだ。その…、よかったら応援に来てはくれぬかと…、」

そういって顔を赤らめて照れる弦一郎の姿に、私はこの上なくきゅんとしてしまった。やっぱり、弦一郎はかわいい。普段は厳しくて強い人だけど、私に対しては弱い。このように照れや弱さを見せるのは私に対してだけだ。それがこの上なく嬉しいし、幸せ。そんな私は弦一郎の頼みとあっては断るはずもなく、後先も考えずに、いくよ!いくいく!と答えてから、は、と気づく。他校とはどこの学校なのだろう。そのとき兄の通っている中学の名前がふっと頭によぎった。いや、そんなはずはない。神奈川県にもテニス部をもつ中学はたくさんあるんだ。大丈夫、わざわざ東京から遠征に来ることなんてしないだろう。

「あのさ、相手ってどの学校なの?」
「東京にある、氷帝学園だ。なまえなら知っているだろう?」
「そ、そうなんだ!氷帝ね、氷帝…。」
「どうかしたのか?」
「ううん、何でもないよ!」

あー、あー、あーっ、しくった!やらかした!もういやだどうしよう…。氷帝が来るってことは必然的に部長である兄が来ることになる。そんなことになったら、弦にもクラスメートにも私が跡部の娘ということがばれてしまう。だけど、弦の応援には行きたいし…、なんとかしなきゃ。なんとか。とりあえず今はこの手の話は止そう。

「そういえばさ、弦は私のどこを好きになってくれたの?」

話を変えようと今まで引っかかっていた質問を弦一郎にすれば、彼はさっきとは比べられないほど顔を真っ赤にしなな、なななな、!と言葉にならない奇声を発した。きもいけどそこがかわいい。

「ななな何故、いきなりそのようなことを…!」
「だって弦、私に一度も話してくれたことないじゃん。なんだか気になって。」
「…それは、その…」
「ん?」
「…姿勢だ。」
「へ?…姿勢?」
「綺麗な立ち姿をしていた。一目見たときから気になっていた。それだけだ。」

初めてだった。弦一郎に何かを褒められたのは。彼は私を大切にしてくれるし、優しい。だけど具体的に何かを褒められるというのは初めてだ。というよりも、私は普段何をしても、それは兄の影に隠れてしまうので、誰かに褒められるのはなかなか経験していないことだった。姿勢が綺麗な女性…、いいじゃないか、私!バレエも日本舞踊も礼儀作法も、がんばってよかった、苦労しながらでも努力してよかった!弦一郎大好き!と彼の腕にしがみ付けば、こら離れんか!と腕を振るが、彼が本気で私を振り払う気がないのはちゃんと知っている。

そうして、帰り道はなるべく氷帝の話題に触れないようにして帰った。跡部の名を伏せている以上、私の通学手段は車送迎なんかではなく、公共交通機関だ。こうして電車に揺られながら地道に通うのは、私は嫌いじゃない。

「兄様、」
「アーン、何か用かなまえ」
「あの、お願いがあって」
「何だ」

ああ、きっとこんなこと言ったら兄様に嫌われてしまう。でも…そうよ、なまえ!ここで言わないと私は弦一郎の試合の応援に行けないんだから!

「…土曜日の立海との練習試合、休んでほしいんです!」
「はあ?何言ってやがる。」
「だって、兄様が立海に来ると困るんだもん、私が!」

勇気を出して、お願いします!と合掌して拝むと、兄様に馬鹿言ってんじゃねーと頭を小突かれた。ああ、わかってたけどさ、わかってたけど…。じゃあどうすればいいんだ。

「そんなもの、他人のフリしておけばいいだろうが。お前を傷つけるような真似はしない。」

兄様は小突いたその手で、そのまま私の頭をくしゃりと撫でた。ああ、私は兄様のこういうところが好きなんだよなあ。普通こんな境遇で育ったのなら、兄のことは嫌いになりそうなところだけど、そんなことは決してない。兄様は優しいし、かっこいいんだ。だから私はぶっちゃけたところブラコンだ。

「そっか、そうだね兄様!変なこと言ってごめんなさい。試合、頑張ってね!」

そう私は兄様に伝え、部屋に戻ってその日はぐっすりと眠りについた。







今日は練習試合当日。空は見事な晴天で絶好のテニス日和だ。試合は半分まで進み、今は弦一郎の試合がちょうど終わったところ。私たちは人気のない倉庫裏にいた。いや、決してやましいことをしているわけではなくてですね、だって、兄様に私たちが付き合っているだなんて伝えてないし、もしもそのことがばれたらばれたら弦がとんでもないことになってしまうもの!

「お疲れ、弦一郎!」
「ああ、ありがとうなまえ」

汗でびっしょりな弦をタオルで拭いてあげた。私はこうしてあげてる時が一番幸せだ。だって汗で濡れた弦一郎の髪は色っぽいし、どきどきする。


「…成る程な、そういうことだったのか真田ァ」
「え、ちょ、ちょっと」


背後から聞き覚えのある声が聴こえ、ビクッと体が跳ねた。反射的に振り返ると、そこにいたのは…、ああ、一番見つかりたくない相手にみつかってしまった。私の体から、さぁ、と血の気が引いていくのがわかる。


「何か用か、跡部」
「貴様、よくも俺様のいも」
「あー!!まって、待って跡部くん!!」
「アン?何だなまえ、跡部くんだなんて余所余所しい呼び方しやがって。」
「何言ってんの、他人のフリしようって約束したじゃない!忘れたの?」


現れたのは紛れもなく私の兄、跡部景吾だった。しかもさっそく私との約束を破ろうとしてるし…。ああもうっ、弦にばれたらどうするのよ!


「他人のフリ…?まさかなまえは…。そうか、そういうことだったか。」
「え?待ってよ弦!どこ行くの?」

…すまなかったな、なまえ。そう言い残して弦はふらふらとその場から立ち去ってゆく。何が?すまなかったって何に対して?急いで後を追おうと弦の後を追いかけるが、兄様に左手首をがしと掴まれてしまった。

「離して兄様っ!」
「待て。お前、真田とどういう関係なんだ?」
「お願い離して!!」

ぶんと思い切り手を振り払えば、あっけなくするんと手首が解放された。後で必ず説明してもらうからな。と兄様の声がした。ああ、やっぱり私は兄様のことが大好きだ。

走って弦を追いかけると、すぐに後ろ姿を発見した。名前を呼んで呼び止めると、彼は力なさそうに振り返った。ねえ、なんでそんな悲しそうな顔をしているの?

「今まですまなかったな、なまえ。お前は跡部の恋人か何かだったのだろう?俺がお前への思いを打ち明けたばかりに、お前は俺を傷つけまいと…。」
「ち、違うよ!」

弦は変わらず、真田弦一郎、一生の不覚!!とかなんとか意味の分からないこと言ってる。ああもう、勘違いだっつーのうぜぇ!!

「では、さっきの跡部との会話は何だ?」
「あのね、弦、聞いてほしいことがあるの。私、ずっと内緒にしてたんだけど…。」

ここまで来てしまったら、仕方ない。弦一郎は私の大切な人だ。いつまでも隠してるわけにもいかない。

「私ね、本当はみょうじなまえじゃなくって、跡部なまえって名前なんだ。」
「そうか、なまえ、お前は…」

弦の悲しそうな目がわずかに揺れた。流石の弦でもここまで言えば分るだろう。



「もうすでに跡部家に嫁いでいたのだな。」
「そうそう…って、ちっがーう!!」


思いもよらない言葉にずっこけそうになったけどぐっとこらえて。あーまったくここまで天然だったとは思いもしなかった!私はもう先ほどの覚悟なんて関係なしに思い切り言葉を発した。


「私は、跡部財閥の、跡部景吾の、双子の妹なの!!」

「…」

「……はぁ…。」

「何だと!初めて耳にしたぞ!」
「だから内緒にしてたっていったじゃんか!!」


なんなのよ、今日の弦一郎はやたらと疲れる。一人で拗ねてみたり、悲しんでみたり、かと思えばいきなり怒り出したり…。

「このこと、みんなには内緒ね?」

「ああ、無論だ。」

呆れかえって、とりあえずは秘密条約を取り付ける。立海で私が跡部の娘だということは、やはりまだ公にはしたくない。

「ならば、その…」
「?」

弦が顔を赤らめて話を始めた。怒ったと思ったら、今度は照れてみたり、忙しいなあ。


「これからもなまえのことを、抱きしめてもいいということだな。」


…なんだそんなの、当たり前じゃん。


「…ばか、大好き。」


そうして私は弦一郎に抱きしめられ、腕の中でキスをした。


帰ってから兄様に弦との関係を問いただされ、その後兄様が弦のことを思いっきり敵対視し始めたのは、また内緒のお話。



涙でふやけたドラマチック




(跡部の双子の妹でギャグ甘)
亜美さま、リクエストありがとうございました!
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