先輩とは地元の駅が近いことで知り合った。俺の駅はローカル線もええとこっちゅーくらいの無人駅で、先輩はそのひとつ前の駅で下車をする。学校にその路線で通学してるやつなんて珍しいもんやったから、乗り換えのとき自然と知り合いになった。まあ、最初は挨拶程度しかせんかったけど、最近は出会ったらお互いの近況くらいは話し合う仲にはなってた。

たまたま明るいうちに終わった部活の帰り、先輩を見つけた。駅のホームでベンチに座ってじっと動かへん。なにしてんやろ思うて、近づいてみたらmp3で音楽を聴いてるみたいやった。ああ、そういえば所属してる合唱部のコンクールが近いって言いよったわ。一昨日も音楽室の前通ったら、先輩の歌声が聞えてきた。綺麗で澄んだ高音は、男には出せない神聖さがあって、思わずその場から動けなくなった。

歌ってるときのなまえ先輩は、正直なところかわいいと思う。笑顔できらきらしてて"歌うのが好き"っていうんが伝わってくる。初めて先輩の歌ってる姿を見たときから、俺は先輩に魅了されてたんやと思う。こんなこと、本人には絶対言わへんけどな。

先輩が座っとるのと背中合わせになったベンチに腰を下ろす。しばらくして俺らの乗る電車がホームに到着したんやけど、音楽に聴き入ってるせいか、先輩はまるで動こうとせん。仕方あらへんから、俺も見送ることにした。

せやけど、今日の先輩はおかしかった。本数はそれほど多くない電車をそれから何本も何本も見送って、もう何時間経つやろう。さすがに心配になってきた俺は、先輩の耳を塞ぐヘッドフォンを無理やり取り上げた。俺がやられたら絶対キレるけどな。


「なにやってんですか、先輩。」


「…あ、」


ヘッドフォンを奪われたなまえ先輩は呆気にとられたといった表情で俺を見上げた。そういうとこがかわいいって気づいてんのやろうか、この人は。だったらとんだ策士やと思う。


「あー、うん。ちょっと聞き入ってしまって…。」

「部活の?」

「そう。」


思ってた通り、表情を曇らせたままの先輩。ああもう、さっきから見てられへんっすわ。聞けばコンクールは練習試合の日が被ってて、せっかく先輩のソロが聴けると思ってた俺は、急に肩から力が抜けてしまった。ああ、残念や。ほんまは言うつもりなかったのに、思わず口から飛び出してしまった。けど先輩は、俺の方なんて見ようともせず、来なくていい、なんて、それあんまりっすわ。

相当思いつめてるとちゃうやろうか。励ますつもりやったのに、逆に言い寄ってしまって、やっぱあかん。俺ってほんま不器用なやっちゃな。せやけど、先輩ほんまに自分がどんだけ音楽に没頭したたのか気づいてへんようやった。思い返せば、最近の先輩はおかしい。なにかに押しつぶされそうな感じで目もあてれへん。こないだの音楽室のときやって、廊下で出会ったときやって、どこか元気あらへんかった。心ここに非ずって感じや。そないな先輩の姿、俺もう見とうないです。


「先輩、もう何本電車見送うてるか知ってます?」

「…へ?」


とたんに狼狽える先輩をみて、ああ声かけて正解やったと思った。もし気づかず帰っとったら、先輩、家にも帰れへんかったかもしれん。



「いつもみたくアホみたいに楽しそうに歌ってる先輩が見たいっすわ、俺。…ねえ、俺のために歌って、なまえ先輩。」



俺がなまえ先輩にできることってこれくらいしかないんですわ。


先輩は途端に泣き出しそうな顔になったけど、でも何事もなかったかのように振り払って俺の前に立った。ほんま、わかりやすすぎやで自分。本人は気づいてへんのやろうなあ。まあそこがかわいいんやけど。

大きく息を吸い込むと掠れそうな小さな歌声、


「…ハッピーバースディトゥユー」


ああこの曲、俺知ってますわ。



それより、なんで自分俺の誕生日知ってんねん。



「ハッピーバースディ、ディアひかるー」



驚きと喜びとがぐっちゃぐちゃになって気持ち悪い。なんなん、くらくらする。なんで俺の誕生日をこの人が知ってるんや。



「誕生日おめでと、光」



初めて呼ばれた名前と、歌声と、キミの笑顔。全てが予想範囲外。


心臓の音が煩い。全部がぐちゃぐちゃ混じって、俺はまた一つ年齢とともに難題な課題を課された気分やった。


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