淀みなく流れ出す音楽が、溢れ出さないようにそっとヘッドフォンを覆った。4分の3拍子、ああ、ここはもっと軽く、軽快に。たらりたらり、たた。

蒸し暑いけど、晴れた青い空が好きで、高い太陽が好きで、夏は好きだ。白がよく映える世界。ほらこのフレーズも、ちょうど空の青と雲の白みたい。

mp3になった振動、電子化されても私の耳に届いてしまえば音になる。たらりたらり、たた。ああ、もう少し、違うもう少し、違うんだ。



あ。



実際には味わえない、ぷつんと無くなる、音。電子電子デジタル。



「なにやってんですか、先輩。」


「…あ、」


ヘッドフォンは両手をすり抜けて遥か頭上に浮遊。そして呆れ顔で微笑む財前くんがいた。


「あー、うん。ちょっと聞き入ってしまって…。」

「部活の?」

「そう。」


私の所属は合唱部。みんなで歌う、あの合唱だ。だけど再来週に控えたコンクールの曲に、なんと私のソロがある。みんなを背負って、一人で歌うフレーズがあるのだ。


「コンクール、近いんでしたっけ?」

「うん。再来週の今日。」

「…ああ、練習試合と被ってますわ。聴きに行けへん。残念や。」

「いいよ、来なくて。」


私は彼の顔も見ずに即答した。さみしいとか、悲しいとか、そんな感情とは今は無縁だ。だって財前くんが来てるって思ったら、きっと緊張して何も歌えなくなる。今でさえ、こんなんなのに。


「相当緊張してんのちゃいます?」

「…っそんなこと、ない。」

「ほら、剥きになった。」

「そんなことないからっ!」


プレッシャーに押しつぶされてるところなんて、誰にも見せたくなかった。部員にだって、見せてなかったのに。知られたくなかった。それなのに。なんで君は、全部お見通しみたいに、さらっと。


「先輩、もう何本電車見送うてるか知ってます?」

「…へ?」


駅のホーム。ローカル線なのでそんなに頻繁に列車は来ない。いつもなら、電車に間に合うように時間を何度も確かめる。でも今日は、待ち時間ができてしまったから、ホームのベンチに座ってた。ああ、あの時からどれだけ経った?

財前くんは、いつからここにいた?



「いつもみたくアホみたいに楽しそうに歌ってる先輩が見たいっすわ、俺。…ねえ、俺のために歌って、なまえ先輩。」



微笑んだ財前くんは、夏空に負けないくらい眩しくて。そんな彼を見たら、無性に泣きたくなった。私の歌を聴いてくれる人は、聴きたいと言ってくれる人は、ここにちゃんといるじゃないか。

目を瞑って、大きく一回深呼吸をした。さっきまで無意識のうちに固く結んでた口元が、ほどけて軽くなった。自然と笑顔になれた。

これも、財前くんのおかげかな。

いつからそこにいたのなんて、聞かなくてもいい。
だって、ずっと居てくれたんでしょう?


小さく唇を動かして音を紡ぐ。だんだん、だんだん軽くなって最後はびっくりするくらい、大きな声になってた。体から響く音が、こんなにもいいものだったなんてね。歌うのって楽しかったんだなあ。忘れてたよ。



「誕生日おめでと、光」



歌い終えると、目を真ん丸にして驚いた顔の財前くんがいました。


HAPPY BIRTH DAY,DEAR HIKARU!

せっかく英語なんだから、名字じゃあ勿体ないからね。



音が聞こえちゃわないか、心配なくらいどきどきしたのは、また内緒のお話。


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