少し蒸し暑さを増した空気は、いつもにまして気怠さを運んでくる。階段を上りきって屋上のドアを開け放つと、すこし涼しい風が髪の毛を掻き上げた。建物の中よりも、外の方が涼しくて気持ちいい。 「なんじゃ、お前さんか。」 一段高くあがった給水タンクの方へ目をやれば、銀色の髪を風に揺らしながら静かに微笑む男、仁王雅治がいた。やつは整った顔立ちと、抜群なスタイルのおかげで女子から人気が高いのだ。 「最近めっきり来なくなったから心配したぜよ。」 だったら嬉しいのにな。でもこいつは一人の子のことしか気にかけていない。そんなこと、痛いほど知ってる。だから最近避けてたんだ。私の中の、こいつへの思いに気づいてしまったから。 「嘘ばっかり。今日もD組のえりちゃんのこと考えてたんでしょ。」 かけられた梯子を上って、いつもみたいに仁王の隣に座るとふい、とそっぽを向かれた。ほら、やっぱりあんたの頭の中はえりちゃんでいっぱいなんだ。 「いいや。振られた。」 いつの間にそんなことが。いや、でもまあ当たり前といえば当たり前か。えりちゃんにはすてきな彼氏がいる。仁王とは正反対の、逞しくてしっかりした人。私にはどこがいいのかわからないけど、えりちゃんが気に入ってるならそれが一番だ。 「あたりまえじゃん。えりちゃん彼氏いるんだしさ。」 「勝てると思った。」 「ばっかじゃないの。」 仁王の言葉に冗談じみた物は感じられなかった。一体その自信はどこからくるんだろ。あーあ、えりちゃん、私と変わってよ。仁王も、えりちゃんなんかじゃなくて、私を見てよ。こんなに近くに、いるのになあ。 「こんなに好きで、堪らないのに、なんで思いって伝わらないんじゃろ。」 「なんでだろうね。」 私だって知りたいよ。 「なまえ、なまえ、つらい。痛いぜよ。」 「うん。つらいね。つらい、痛いよ、仁王。」 私に寄りかかる仁王をいつもみたいに突き飛ばすことなんてできなくて、ただただ同じ言葉を繰り返して、寄せては引いていくような感情に身を委ねていた。 お願い、今は、この弱さに甘えさせて。 |