改札を抜けて駅から出る。あと少しで学校に着く、そう思って周りを見渡せば、今日はなんだか、いつもと雰囲気が違うようだった。みんな浮足立ったような、不思議な空気が流れている。おかしいな、今日は特に目立った行事はなかったと思うのだけど。

けれど、ようやく学校に着くころには、それまでの道でさんざん耳にした噂話のせいで今日が何という日なのか嫌でも思い出してしまった。いや、覚えておくつもりはなかったし、覚えてるつもりもなかったのだけど、まあ、知っていたのに違いはない。

はあ、とひとつ溜息をついて下駄箱で靴を変えていると、友達に出会った。おはよう、と挨拶をして一緒に教室へ向かう。眠い頭をじわじわ回転させてなんとなしに会話をつないだ。

いいんだ、奴とはクラスも違うし、どうせ今日は取り巻きのおかげで本人には会わずに済むだろう。会えずに悲しむ人もきっといるはずだ。そんな中でわざわざ避けていれば会う可能性なんて0に等しい。それに、できるだけ学校ではあいつと関わりたくないのだ。だってもしもなにかのはずみで、あいつと私が幼なじみということがばれたら…、あんな奴と幼なじみだったなんて、口が裂けても言えない。実は昔は私のお父さんの企業も安定して、私も裕福な家庭で育った。そのお蔭であいつとも少なからず接点があったわけだけど、ここ最近の不景気で、お父さんの企業の株は暴落。我が家はあっという間に一般家庭。それでも、元が元なだけにこの氷帝学園に通えるぐらいではあるのだけど、あいつと関わる理由は、もう私にはこれっぽちも残っちゃいない。

長かった階段をようやく上りきって教室のある階に着いたのだが、廊下に人があふれているせいで、教室までたどり着けない。3年の廊下は思っていた以上に人、人、人まみれだ。でも、教室の中に入れば、そう、中に入ればとりあえずは安全なんだ…。


「よう、なまえ」


安全なはずだった。けれど、私の席にはあの学園の王であり本日の主役、跡部景吾が座っていたのだ。偉そうに組んだ足は机の上に載っている。私の頭は一気にフル回転、ショート寸前。友達はびっくりした顔で私を見ていた。いや、私もびっくりだよ。


「…なんで、あんたが。」
「アーン、今日が何の日か忘れちゃいねーだろうな?」


いや、知ってるけどさ、途中まで忘れてたけど。というか私の質問に答えなさいよ。そこ私の席なんですけど!


「だからなんでここに」
「決まってるだろ?今日は俺様のBIRTHDAYだからだ!」


自分で言っちゃったし。ハハーンとかなんとか言っちゃってああもう知らないわよ、何なのよこいつは。それに私の質問の答えになってないでしょ、それ!


「というわけで、なまえから俺へのプレゼントを受け取りにわざわざ教室まで出向いてやったぜ。感謝しろ。」


ああ、そういうことですか。ですが、生憎ながら今日は駅のキ○スクで買ったポッキーしか持ってないんだよね。これでいいかしら。

「残念ながら、今日はこんなものしか持ってないのでね。」

さっさと席から退散してほしいがために、せっかく買ったポッキーを跡部に向かって投げつけると、パシッと音を立てて(なんでそんなにいい音がしたのかは全く持って謎だが)奴はそれを受け取った。あーあ、顔面で受けてくれればよかったのに。


「なんだ、これは?」
「ポッキー。いらなかったら返して。」

というかやっぱり返してほしい。今日はそれを生きがいに学校へ来たのだから。なんだかやけくそになって投げつけたけど、それ全然あげたくないわやっぱり。どうせ市民のお菓子では跡部様のお口には合わないでしょうから、やっぱり返してください、ソレ。


「いいだろう。もらっておく。」
「…はあ!?ちょっと待って!」


私の制止もむなしくヤツはすでにポッキーの箱を開けていた。なんて奴だ。そのまま個包装の袋も破り(さっきからいちいち効果音がデカいのは私の気のせいということにしておこう)、ついにポッキーを取り出すと、5,6本のポッキーの束を一気に口へ運んだ。ああ、またなんともすごい音が。


「あ…。」
「フン、まあまあってところだな。」


ああ、私のポッキー。さようならポッキー。一気食いだなんて、なんて贅沢なの!跡部景吾、恐ろしい子…!


「これはあれだろ?歳の数だけ食べていいってやつだな。」
「はい、その通りですよー。だから今日は15本ねー。」


アホなところも相変わらずか。まあとりあえず、誕生日おめでとう、景吾。


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テーマ「人外ファンタジー」
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