長かった一日が終わった。今日はみーちゃんのことでみんな大混乱だった。うまくいかない焦りや苛立ちは、やはりどこかで少なからずとも顔を出す。みんなどこか棘のあるような言動になる。だけど、こんな時期にあんなことが起きたんだ。仕方ない。でも誰かが流れを変えなくちゃいけない。私にそれができるんだろうか…。 夏はまだこの時間でも明るかったのに、今は見事にきれいな夕焼けだ。みんながざわざわと帰る支度を終え帰ってゆく。私も早く帰る準備をしないと。そう思って今日もらった台本を鞄にしまうのに視線を下げると、はあと小さくため息が漏れた。 「本当に引き受けるつもり?それ」 声の方をみると、幸村が鞄を肩にかけ腕を組んで窓に寄りかかって立っていた。何を今さら言っているんだこの人は。引き受けてしまったんだよ、もう。 「仕方ないじゃない、私しかいなかったんだから。」 「仕方ないで片付けるようじゃ、俺は無理だと思うな、その役。」 いちいち癪にさわる、それが幸村の言う通りなところも。けど、それ以外理由が見つからないんだもん。だって私がやらなきゃ誰がやるの?仕方ないじゃん、この場を唯一和らげるには私が引き受けるしかなかったんだもん。本当は、やりたくなんてなかったよ。でも、仕方ないよ。…ああこんなんじゃ、やっぱりいまの私に主役なんて無理だ。 「どうせ、みんなのため、とか思ってるんだろ?いつからそんな自己犠牲を鑑みるような人間になったの?」 「…だけどっ!」 幸村の眼がほんのわずか大きくなった。驚いた顔を私に向ける。自分でも気づかなかった。感情だけが先走ってしまう。 「ごめん、泣かせるつもりはなかったんだ。」 「…っ、」 「侑紀にはもっと自分を大切にしてほしかっただけ。」 ごめんね。そう言って流れた涙を幸村の手が拭う。壊れ物を扱うかのような優しい手つきで。頬を撫でる感覚にぞくぞくし、不覚にもときめいてしまった。心臓がうるさい。恥ずかしいのか、嬉しいのか、違う、全部違う、この得体のしれない思いが一体何なのか分からず、私は呆然とその場に立ちつくすことしかできなかった。今の私は、幸村されるがままだ。何が起きているか理解するよりも、頭は周りに人がいないことに安堵する法が易かった。 「ただ、やっぱり俺は心配だな。」 「…大丈夫、大道具のほうは代わりにチーフを立ててもらうし、練習だって体力的にはキツくない。」 「そうじゃなくて、」 「?」 「その、演技の方…」 幸村が言いずらそうに視線を外して答えた。なにそれ!ひどい!!せっかく人がやる気をだして頑張ろうとしてるのに!いや、だってわかりやすすぎなんだよ侑紀が嘘つくとき。隠しきれてないじゃないか。それとこれとは話は別でしょ!? 「ふう、…はは」 「…なに?」 「いや、やっといつもの侑紀に戻ったなって思って。」 そういうと幸村はいつもみたいに笑った。うわっ…、反則だ。私の心臓は一際大きく跳ね、視線が逸れる。みんなに見せる営業スマイルのほうじゃない。私たち仲間内にしか見せない幸村の本当の顔。おかしい、さっきから鼓動は高鳴りっぱなしだ。なんで、私、どうしたんだろ。幸村が本当に優しく、嬉しそうに、するから。なんでそんな顔するんだ、不意打ちにもほどがある。幸村は綺麗だ。女の私でも気が引けるくらいに。ああ、私いまどんな顔してるんだろう。 「さあ、お逃げください白雪姫。この深い森の中へ。」 「へ?」 「ほら、演技の練習。一人でやるよりいいだろう?」 「え、う、うん。えっと、…それでは、あなたが殺されてしまいます?」 幸村がいきなり大きな声を上げ、驚いた。演技の練習を、一緒にやってくれるらしい。さらに驚いたことに、彼は台本を人通り暗記しているようで、台本を見なくともさらさらと台詞を読み上げる。私の方が、途中詰まって台本を開いてしまったくらいだ。 「今のところもう少しゆっくり言った方がいいな。」 「わかった。…なぜ、扉を開けてはいけないの?」 幸村に言われた通り、台詞をゆっくりと読み直す。早い、だとか、間をとれ、だとか、いろいろと注意されながら私の悪いところを直していった。なんで演劇のほうまでそんなに精通しているのかと不思議に思ったが、そういえば去年、幸村は企画・演出・脚本の総合監督賞を貰ったとかなんとか言ってた気がする。ああ、なるほどね。ほんと、何でもできるんだな。幸村の演技は嫌らしくないし、私みたいに棒読みでもない。どんな役もなんなくこなしていく。だんだん劇も終盤に近づいていき、次は王子様の出番。きっとまた、王子様の台詞だってものにしてしまうのでしょう。 「なんて美しい姫なんだ。」 私を見つめる目が告げる。気のせい、だと思いたい。台詞に聞こえない。そんな演技力、今いらないよ。 転がり落ちたその先で、きっと運命に出会ってしまう、予感 夕日が赤い。視界全体で、感覚全体で、魅了される。 |