ブン太とジャッカルのD2は青学ゴールデンペアを前に惨敗。これでもう後はなくなってしまった。そして迎えたS1、いよいよ幸村の、今季大会最初で最後の試合が始まる。彼の全ては、この日のため。全ては、この日のために。

「幸村!」

立ち上がりコートへ向かう幸村に大声で叫ぶ。伝えないと、今言わなきゃ、いつ言うんだ。

「応援してるから!勝って。絶対に勝って!」

「当たり前だよ。」

涙が出そうなのを堪えて幸村を見据えれば、彼は振り返って微笑んだ。いつもの優しい微笑みとは違う、どこか張り詰めた緊張感が漂う。

「さあ、始めようか、ボウヤ。」


青学ルーキーでエースの越前くんは思っていた以上に高い実力を持っていた。しかし幸村の前では、やはりただの1年生。力の差は歴然だ。よかった、これなら本当に立海が優勝しちゃうんじゃないだろうか。そんな淡い期待を寄せていたそのときだった。

ズシャッ

越前くんのミスショット。そのまま彼はバランスを崩し地面に転がった。

「あれは一体…」

ざわつく周りに、真田くんが淡々と説明を加える。

「イップスだ。幸村の本当のテニスが始まった。」

幸村のテニスは正確さゆえに、相手の五感を奪っていくものらしい。そんなの信じられないけれど、現に目の前で起きているのだ。信じるほかない。

無様にぼろぼろになった越前くんは、もうラケットを握ることすら難しかった。そんな彼に周りが棄権を促したが、それでも彼はラケットを握り締め、立ち上がる。その姿がどこか、幸村に重なった。だけれど、

「テニス、楽しんでる?」

そう言って笑った越前くん。違う。幸村とは違う。テニスに対して、幸村はそんな感情は持てなかった。いつも背中合わせの勝敗というプレッシャーに、彼のテニスへの思いは、勝利への義務感へと変わっていった。その重圧を跳ね退けながら、勝利を求め走りつづけた幸村を、私は知っている。

越前くんはこの試合中で、目に見えて成長を遂げた。テニスを楽しむ、当たり前だけど幸村に足りないもの。それを手にした彼は、強かった。


「ゲーム青学越前!優勝、青春学園!」

わあああっと会場が歓喜に湧いた。けれど、私にはなにも聞こえてなかった。なにも耳に届かなかった。一瞬視界がくらっと揺れて目の前が真っ白になる。しばらくしてこの状況を理解するとみな、客席からコートに飛び降り幸村の元へ一目散に駆けていった。わざわざ階段を使うなんて考えは思いつかなかった。

「みんな…、」

駆けつけたみんなを見て、言葉を発しようとした幸村に、真田くんがなにも言わず抱きついた。そうしたら、堰を切ったように幸村は、そのまま声を押し殺しながらも泣き崩れてしまった。その姿があまりにも切なくて、目の奥が熱くなる。鼻の奥が痛い。これでもかってくらい視界が滲んだ。終わった。全部終わったんだ。赤也は泣き出し、後ろから幸村に抱きついた。堪えられず、私の目から涙が溢れた。

「幸村、よくやった。」

「…みんな、ありがとう。」

みなが優しい笑顔で幸村を囲む。幸村は涙を拭って、みんなに微笑んだ。そして、私を近くに見つけると、こちらへ近づいて私よりも一まわり大きなその体で強く抱きしめられた。驚いて体が一瞬強ばったけれど、すぐに力は抜ける。

「幸村…」

「侑紀、キミにマネージャーを頼んで、本当によかったよ。ありがとう。」

「…お礼を言うのは、こっちだよ。」

みんなを見てきたこの夏は、暑かったし、忙しかったし、とても疲れた。けれどそれ以上に、私がみんなからもらったかけがえのない思い出は、私なんかに押し込めるにはこんなにも大きすぎて。



青くてあおくて白い世界の端を掴んでみせて



こうして、私たちの夏が終わった。
皮肉にも準優勝という結果は一生変わることはないけれど、

それでもそれが私たちの一番の思い出。





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